24 / 57
第24話 見せつけからの、見せつけがえし
しおりを挟む
「大丈夫ですか? サフタール」
「申し訳ありません、アザレア……」
話し合いは長引き、一度休憩を取ることになった。
アザレアはサフタールを誘い、廊下に出た。サフタールの顔色が真っ青だったからだ。
中身がいくらクレマティスとはいえ、アザレアの姿になった彼とディルクの口づけを間近で目にしてしまったサフタールは、とてもショックを受けたらしい。
サフタールは額をおさえると瞼を閉じる。
「はは、情けないですね……。中身がクレマティス将軍だと分かっていても、心の臓がバクバクしています」
「私もとても驚きました。無理もないですよ」
乾いた笑い声を漏らすサフタール。アザレアはショックを受けてしまった彼を慰めようと考えを巡らせる。
(サフタールは、これから妻になる私がディルク様に盗られてしまったと錯覚して、ショックを受けているのよね……)
自分がサフタールの立場だったら、とアザレアは考えた。彼が別の女性と口づけを交わしている場面を想像する。
(なんだか凄くモヤモヤする……)
サフタールはたった八日前までは顔すら知らない人だったのに、いつの間にか他の人に奪われたくないと思う存在になったようだ。知らない女性が、サフタールに親しげに近づく想像をしただけでも嫌な気分になってくる。
(……奪われたくないだなんて。サフタールは物ではないのに)
自分に、こんなに利己的な部分があったなんてとアザレアは驚く。
「私も、あなたが他の女性と口づけをする場面を目にしたら、とてもショックだったと思います。一緒ですね」
「アザレア……」
「あなたに嫌な思いをさせないよう、私に言い寄る者がいたら魔法で黒コゲにします。私の唇に触れていいのは、サフタールだけです!」
サフタールを元気づけようと、アザレアは高らかに宣言する。
割と大胆なことを言っているのだが、サフタールを慰めるのに必死な彼女は気づかない。
「ありがとうございます、アザレア……」
アザレアの少々過激な発言に瞼を瞬かせたサフタールだったが、すぐにいつもの柔らかな笑みを浮かべた。
◆
「くそぉ……! イチャイチャしやがって!」
扉をわずかに開け、その隙間からアザレアとサフタールの様子を覗く者がいた。ディルクである。彼は悔しげにぎりりと歯噛みする。
アザレアをたぶらかした偽の証拠を作るため、彼は公国軍の将軍クレマティスの姿をアザレアに変え、口づけをした。
帰りの軍船の中でも偽の証拠は用意出来たが、嫌がらせのために敢えてサフタールに見せつけたのだ。
ディルクは、国同士が決めた政略結婚で、あっさりアザレアの夫の座を手にするサフタールに嫉妬したのである。
少しぐらい意地悪をしても問題ないだろうと、ディルクは今回の凶行に出たのだが……。
「アザレア、私はディルク殿の言うとおり女性経験がありません。そのせいであなたに嫌な思いをさせてしまうかもしれない……」
「そんな。私も男性とお付き合いをした経験がありませんから、気にしないでください」
「いや、女性の交際経験と男のそれでは意味合いが違うというか……」
「そうでしょうか? 男女と言っても、人間には変わりないですし、それに私はあなたと色々な経験を積めたら良いと思っています……」
ディルクからは見えないが、きっとアザレアは恥じらっているのだろう。彼女は軽く身を振った。グラデーション掛かった朱い髪が揺れている。
聞き耳を立てていたディルクは、扉の影でぷるぷると震える。
童貞だと堂々と告白するサフタールに、アザレアは健気にも気にしないと言った。しかも、色々な経験を一緒に積めたら良いとまで言ったのだ。なんと寛容なことか。
ディルクは二人の仲がほんの少し気まずくなればいいと思ってサフタールが童貞だという超個人的な秘密を暴露した。だが、結果的には逆に二人の絆を深めてしまったようだ。
(羨ましい……)
ディルクの瞳は潤んでいた。八番目とはいえ、一応帝国の王子である彼は後宮で育った。
身分の低い母親は早くに亡くなったため、彼を守る者は誰もいなかった。
彼は己を守るため、自分の身を使って愛憎渦巻く後宮を生き抜いた。成人し、帝国を出てからも自分の居場所を得るために有力貴族の女達相手に男娼の真似ごとをするなど、己をすり減らしてきたのである。
そんな汚れ切ったディルクの目には、アザレアとサフタールの二人はとても眩しく映った。彼らはこれから少しずつ愛情を育んでいくのだろう。たくさんのはじめての経験を二人で積んでいくのだ。
ディルクは女でも男でも、利用出来ると判断すれば身体を開いてきた。性的な経験だけは多いが、心から好いた相手とそういった事をしたことはない。いつも偽りの愛を囁いてきた。
ディルクの頬に一筋の涙がこぼれ落ちた、その時だった。彼の背後から呻くような声が聞こえた。
「はじめての、口づけだったのに……」
その発言に、ディルクは己の耳を疑った。
侍女のゾラは手洗いへ行っていてここにはいない。今、応接室にいるのは自分とクレマティスだけである。
(まさか、今の発言は……?)
「申し訳ありません、アザレア……」
話し合いは長引き、一度休憩を取ることになった。
アザレアはサフタールを誘い、廊下に出た。サフタールの顔色が真っ青だったからだ。
中身がいくらクレマティスとはいえ、アザレアの姿になった彼とディルクの口づけを間近で目にしてしまったサフタールは、とてもショックを受けたらしい。
サフタールは額をおさえると瞼を閉じる。
「はは、情けないですね……。中身がクレマティス将軍だと分かっていても、心の臓がバクバクしています」
「私もとても驚きました。無理もないですよ」
乾いた笑い声を漏らすサフタール。アザレアはショックを受けてしまった彼を慰めようと考えを巡らせる。
(サフタールは、これから妻になる私がディルク様に盗られてしまったと錯覚して、ショックを受けているのよね……)
自分がサフタールの立場だったら、とアザレアは考えた。彼が別の女性と口づけを交わしている場面を想像する。
(なんだか凄くモヤモヤする……)
サフタールはたった八日前までは顔すら知らない人だったのに、いつの間にか他の人に奪われたくないと思う存在になったようだ。知らない女性が、サフタールに親しげに近づく想像をしただけでも嫌な気分になってくる。
(……奪われたくないだなんて。サフタールは物ではないのに)
自分に、こんなに利己的な部分があったなんてとアザレアは驚く。
「私も、あなたが他の女性と口づけをする場面を目にしたら、とてもショックだったと思います。一緒ですね」
「アザレア……」
「あなたに嫌な思いをさせないよう、私に言い寄る者がいたら魔法で黒コゲにします。私の唇に触れていいのは、サフタールだけです!」
サフタールを元気づけようと、アザレアは高らかに宣言する。
割と大胆なことを言っているのだが、サフタールを慰めるのに必死な彼女は気づかない。
「ありがとうございます、アザレア……」
アザレアの少々過激な発言に瞼を瞬かせたサフタールだったが、すぐにいつもの柔らかな笑みを浮かべた。
◆
「くそぉ……! イチャイチャしやがって!」
扉をわずかに開け、その隙間からアザレアとサフタールの様子を覗く者がいた。ディルクである。彼は悔しげにぎりりと歯噛みする。
アザレアをたぶらかした偽の証拠を作るため、彼は公国軍の将軍クレマティスの姿をアザレアに変え、口づけをした。
帰りの軍船の中でも偽の証拠は用意出来たが、嫌がらせのために敢えてサフタールに見せつけたのだ。
ディルクは、国同士が決めた政略結婚で、あっさりアザレアの夫の座を手にするサフタールに嫉妬したのである。
少しぐらい意地悪をしても問題ないだろうと、ディルクは今回の凶行に出たのだが……。
「アザレア、私はディルク殿の言うとおり女性経験がありません。そのせいであなたに嫌な思いをさせてしまうかもしれない……」
「そんな。私も男性とお付き合いをした経験がありませんから、気にしないでください」
「いや、女性の交際経験と男のそれでは意味合いが違うというか……」
「そうでしょうか? 男女と言っても、人間には変わりないですし、それに私はあなたと色々な経験を積めたら良いと思っています……」
ディルクからは見えないが、きっとアザレアは恥じらっているのだろう。彼女は軽く身を振った。グラデーション掛かった朱い髪が揺れている。
聞き耳を立てていたディルクは、扉の影でぷるぷると震える。
童貞だと堂々と告白するサフタールに、アザレアは健気にも気にしないと言った。しかも、色々な経験を一緒に積めたら良いとまで言ったのだ。なんと寛容なことか。
ディルクは二人の仲がほんの少し気まずくなればいいと思ってサフタールが童貞だという超個人的な秘密を暴露した。だが、結果的には逆に二人の絆を深めてしまったようだ。
(羨ましい……)
ディルクの瞳は潤んでいた。八番目とはいえ、一応帝国の王子である彼は後宮で育った。
身分の低い母親は早くに亡くなったため、彼を守る者は誰もいなかった。
彼は己を守るため、自分の身を使って愛憎渦巻く後宮を生き抜いた。成人し、帝国を出てからも自分の居場所を得るために有力貴族の女達相手に男娼の真似ごとをするなど、己をすり減らしてきたのである。
そんな汚れ切ったディルクの目には、アザレアとサフタールの二人はとても眩しく映った。彼らはこれから少しずつ愛情を育んでいくのだろう。たくさんのはじめての経験を二人で積んでいくのだ。
ディルクは女でも男でも、利用出来ると判断すれば身体を開いてきた。性的な経験だけは多いが、心から好いた相手とそういった事をしたことはない。いつも偽りの愛を囁いてきた。
ディルクの頬に一筋の涙がこぼれ落ちた、その時だった。彼の背後から呻くような声が聞こえた。
「はじめての、口づけだったのに……」
その発言に、ディルクは己の耳を疑った。
侍女のゾラは手洗いへ行っていてここにはいない。今、応接室にいるのは自分とクレマティスだけである。
(まさか、今の発言は……?)
40
あなたにおすすめの小説
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
婚約破棄された氷の令嬢 ~偽りの聖女を暴き、炎の公爵エクウスに溺愛される~
ふわふわ
恋愛
侯爵令嬢アイシス・ヴァレンティンは、王太子レグナムの婚約者として厳しい妃教育に耐えてきた。しかし、王宮パーティーで突然婚約破棄を宣告される。理由は、レグナムの幼馴染で「聖女」と称されるエマが「アイシスにいじめられた」という濡れ衣。実際はすべてエマの策略だった。
絶望の底で、アイシスは前世の記憶を思い出す――この世界は乙女ゲームで、自分は「悪役令嬢」として破滅する運命だった。覚醒した氷魔法の力と前世知識を武器に、辺境のフロスト領へ追放されたアイシスは、自立の道を選ぶ。そこで出会ったのは、冷徹で「炎の公爵」と恐れられるエクウス・ドラゴン。彼はアイシスの魔法に興味を持ち、政略結婚を提案するが、実は一目惚れで彼女を溺愛し始める。
アイシスは氷魔法で領地を繁栄させ、騎士ルークスと魔導師セナの忠誠を得ながら、逆ハーレム的な甘い日常を過ごす。一方、王都ではエマの偽聖女の力が暴かれ、レグナムは後悔の涙を流す。最終決戦で、アイシスとエクウスの「氷炎魔法」が王国軍を撃破。偽りの聖女は転落し、王国は変わる。
**氷の令嬢は、炎の公爵に溺愛され、運命を逆転させる**。
婚約破棄の屈辱から始まる、爽快ザマアと胸キュン溺愛の物語。
これで、私も自由になれます
たくわん
恋愛
社交界で「地味で会話がつまらない」と評判のエリザベート・フォン・リヒテンシュタイン。婚約者である公爵家の長男アレクサンダーから、舞踏会の場で突然婚約破棄を告げられる。理由は「華やかで魅力的な」子爵令嬢ソフィアとの恋。エリザベートは静かに受け入れ、社交界の噂話の的になる。
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる