最近、夫の様子がちょっとおかしい

野地マルテ

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お礼のつもりだったのに

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 翌朝、目覚めたシーラは違和感を覚える。
 瞼を開けると、そこには見知らぬ高い天井があった。
 気怠い身体をゆっくり起こす。
 シーラは何も身につけていなかった。
 全体的にうっすら肉がついた身体には、赤い痕が点々と浮かび上がっている。

(……こんなこと、私には無縁だと思っていたのに)

 シーラは真面目な女性だった。
 元夫ジョンと結婚するまで、恋人がいたことがなかった。もちろん、遊びやその場のノリで男と寝るようなこともなかった。
 若い頃は、ワンナイトラブはフィクションだと本気で信じていたぐらい、うぶだったのだ。

 シーラの隣りでは、レオポールが健やかな寝息を立てている。
 その寝顔を見つめながら、シーラは昨夜のことを思い出す。

 レオポールは、シーラが好む口当たりの良いワインを何本も用意していた。
 ワインだけでなく、彼が用意したつまみはどれも素晴らしく美味だった。
 レーズン入りのチーズや塩っ気の効いたクラッカーを齧り、微細な泡が浮く白ワインを勧められるがまま煽ったシーラは、すぐに酔っ払ってしまった。
 レオポールは舟を漕ぐシーラをひょいと抱き上げると、リビングの隣りにある寝室に運んだ。
 着ていたものを脱がされても、キスをされても、シーラは抵抗しなかった。
 レオポールの家に来た時点で、こうなることは分かっていたからだ。

 シーラは下腹を押さえる。
 昨夜のレオポールは、元夫がしなかったことばかりした。彼女は初めて、快楽の高みに昇った。あられもない声を出して、何度も背を仰け反らせた。

(……恥ずかしいところばかり見せてしまったわ)

 レオポールに身体を許したのは、お礼のつもりもあった。元夫の退職金から、浮気調査代を払おうとしたのだが、彼は受け取ってくれなかったのだ。
 だが、昨夜は乱れすぎてしまった。
 果たしてお礼になっていたのか、シーラは自信がない。

「んんっ……」

 レオポールは額に自分の腕を置くと、小さく呻き声を洩らした。
 
「……レオポールさん、起こしてしまったかしら? ごめんなさいね」
「シーラさん……」

 シーラはどんな顔をすればいいか分からないと思いながらも、寝起きのレオポールに笑顔を向けた。
 すると、眉間に皺を寄せていた彼の頬がみるみるうちに赤く染まった。
 彼はむくりと起き上がる。

「す、すまない、シーラさん、昨夜はその、がっついてしまって……」
「ううん、こちらこそ。恥ずかしい姿を見せちゃったわね」

 赤くなった顔を隠すように、レオポールは大きな手で自分の顔を覆った。
 その様子が可愛く思えて、シーラは思わず笑みを溢してしまう。

「恥ずかしいなんて……。シーラさんはとても素敵だった」
「レオポールさん……」

 シーラは色恋ごとに疎い。
 だが、それでもレオポールの気持ちを感じ取った。
 彼は自分に恋をしている。

 正直なところ、シーラはレオポールの好意を嬉しいと思った。しかし、今は彼の気持ちに応えられないと思う。
 まだ、完全に心の整理がついていないのだ。

「レオポールさん、私ね」
「待ってる」

 レオポールはシーラの目を真っ直ぐに見つめた。

「まだ、シーラさんは心の整理がついていないと思う。だから、待ってる」
「でも」
「俺は五年もシーラさんに片思いしていたんだ。一年でも五年でも、十年でも待つさ」
「五年も……私のことを思っていたの?」

 さすがにそれは気がつかなかった。
 レオポールは優しいが、探偵事務所のオーナーとしてスタッフ皆に平等に接していたからだ。

「……ああ、君が面接に来たその日に恋をしてしまった」
「……ばかね」

 レオポールは魅力的な男性だ。映画のスクリーンから出てきたような美男子で、弁護士資格を持つ探偵で、仕事ができる。ユーモアがあって優しい……素敵な人だ。
 いくらでも女性にもてるだろうに、彼はよりにもよってつい最近まで既婚者で、子持ちで、歳上の少しぽっちゃりしたごくごく普通の中年女に恋をしてしまった。
 これをばかと言わず、なんと言おうか。

 シーラは目の端に浮かんだ涙を、指先で拭った。
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