【R18】侯爵令嬢は騎士の夫と離れたくない

野地マルテ@2月27日『帝国後宮録』発売

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魔王と恩知らずの妻




「……こうして、魔王と女の子はいつまでも二人きりで仲良く暮らしましたとさ、おしまい」

 この日、リオノーラは詰所のフリースペースで、次女と三女に読み聞かせをしていた。
 本のタイトルはそのまま、「魔王と女の子」。両親を亡くし、一人だった女の子が、魔界の王──魔王に召喚されたことをきっかけに仲良くなり、数年後愛し合うようになるという女児向けの本ではよくある物語だ。

 (私はこういう話、あんまり好きじゃないのよね……)

 魔王は強大な力を抱えているがゆえに周囲から恐れられ、日々孤独感を募らせている男で、人里離れて一人寂しく暮らすことに耐えきれず、異界から女の子を召喚する。女の子は妙に物分かりが良く、すぐに魔王に心を許す。
 いや、もっと葛藤しなさいよ! とリオノーラは心の中でいつもツッコミを入れているのだ。
 だが、こういう話が好きな人の気持ちも分からないでもない。この物語の魔王のような、寂しがりの男性(美形)を放っておけない女性はそれなりにいるだろう。

 (私も、そういうタイプだし)

 ただ、この手の話のラストにありがちなのが、誰もいない土地で二人きりで暮らすというものだ。
 リオノーラはおのずと、自分の夫を思い浮かべる。

 (旦那様と二人きりで暮らす……それも誰とも関わらずに)

 正直に言えば、辛い、と思う。
 夫のことは好きだが、関われる人間が夫だけという状況は辛い。夫は自分とは正反対の気質の持ち主で、感情の起伏があまりなく口数も少ない。静かで穏やかな生活は送れそうだが、二人きりの生活はきっと退屈に思うに違いない。

「ねぇ、ママはさー。パパと二人きりでいつまでも一緒に暮らすのってどう思う?」

 物語のヒロインと自分を重ね合わせて考えていると、次女のエカテリーナが顔を覗き込んできた。

「……エリ、パパは魔王じゃないわ」

 この流れだと、エカテリーナ──エリは父親のことを魔王だと思っているのかもしれない。
 リオノーラはきっぱり否定する。

「似たようなものだと思いますわ、お母様」

 エリの後ろから、三女のターニャがひょっこり顔を出す。

 (に、似たようなものって……)

 三女の言い草に文句を言いたくなったが、自分も「魔王と女の子」の話を読んで、夫との二人暮らしを想像してしまっている。人のことはまったく言えなかった。
 リオノーラはごほんと一つ咳払いをする。そして、貼り付けたような笑顔を浮かべながら娘二人にこう言った。

「ママはパパとの二人暮らしでも、楽しく暮らせると思うわよ」
「えー、他に誰とも話せなくても?」
「ええ、パパさえいてくれたら幸せよ。もちろん、あなた達がいたらもっと楽しいと思うけど……」

 子ども達の手前、本音は言えなかった。
 彼女達の父親との二人暮らしが、想像するだけで息が詰まりそうだなんてそんなこと、口が裂けても言えるわけがない。

 (だいたい、旦那様とは三十年来の付き合いがあるのに)

 愛し合っているとしても、さすがに「二人で一緒にいられてたら、他に何もいらない」なんて、そんなお花畑なこと考えられない。そんな時期はとうの昔に過ぎてしまった。

 母親の本音を隠した言葉に、次女のエリは父親そっくりの目元をぱちぱち瞬せながら、こう言った。

「ふーーん……。パパに聞いたら『俺と二人きりなんて、ママは半日も持たないぞ』って言ってたけど?」
「えっ……」

 次女から告げられた衝撃の言葉に、リオノーラは絶句する。リオノーラはおろおろしながら、二人に尋ねる。

「え、エリ、ターニャ……。この御本、まさかパパにも読ませたの?」
「そうだよー」
「お父様は女の子を召喚した魔王に憤慨されていましたわ。ご自分のことは棚に上げていました」
「だからターニャ、お父様は魔王じゃないわ」
「似たようなもんだよ。パパ、お城でいつも遠巻きにされてるもん」
「うう……」

 夫は一見すると文官のようだが、実は歴戦の騎士だ。すらりとした涼やかな容姿とは裏腹に、他の追随を許さないほどに戦果を上げている。
 左右対称の完璧過ぎる面立ちに、しなやかな筋肉がついた均整の取れた体躯。腰の位置は高く、脚は嫌味なほど長い。人間離れした美貌と戦果を持つ夫は、人から近寄りがたいと思われがちなのか、遠巻きに見られていることが多い。
 魔王も当然というかなんというか、物語では超絶美形に描かれている。強大な力を持った、遠巻きにされている美形。うちの夫はもしかしたら魔王かもしれない。

 リオノーラが混乱していると、部屋の引き戸がいきなりがらりと音を立てて開いた。

「エリ! またお前は学校のおたよりを出さなかったな!」
「ひっっ」

 開いた扉の向こうには、件の夫がいた。リオノーラは思わず悲鳴を上げる。
 しかし夫は妻の悲鳴に気が付かなかったのか、ずんずん歩を進め、丸めた書類の先で次女の頭をぽこんと軽く叩いた。

「ごめんなさーい」
「ったく、鞄の奥でぐちゃぐちゃになってたぞ! 急いで有給取ったわ!」
「お父様、明日工作の授業がありますの」
「何がいるんだ? エリも、他にいるものがあったら言えよ」
「へーい」

 子どもが帰ってくる時間帯に合わせて王城から戻ってきた夫は、要件だけ済ますとまた颯爽と部屋から出ていった。

「……パパ、いつもああなの?」
「そうだねえ、いつも忙しそうだよ」
「でも、私達がお願いすれば御本も読んでくださいますし、遊びや買い物にも連れていってくださいますわ」

 (ああ……)

 自分はなんて恩知らずなのかとリオノーラは自己嫌悪に陥る。どれだけ忙しくても子どもの世話を欠かさない夫に対し、物語のように二人きりで暮らすなんて息が詰まると考えてしまった。
 しかもそんな風に考えるだろうなと夫からも思われている。『俺と二人きりなんて、ママは半日も持たないぞ』と夫は娘らに言っていたらしい。最悪だ。

「……エリ、ターニャ、パパに言っておいてちょうだい。ママはパパと二人きりの状況に二日は耐えられるって」
「「いや、変わらないから!」」

 年子の娘二人の声が重なった。
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