【R18】侯爵令嬢は騎士の夫と離れたくない

野地マルテ

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どうしても痩せさせたくない

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 この日、リオノーラは王城敷地内にある演習場にいた。

「はっ、はっ……」

 首にタオルを巻き、動きやすい格好をしたリオノーラは、演習場の壁に沿うように走っている。
 ランニングをする彼女の姿を、腕組みをしながらじっとアレスが見つめていた。
 視線に気がついたリオノーラは、眉尻を下げる。

「まっ、まだ走るんですか~?」
「もう一周がんばろう」
「ええ~~……」

 リオノーラは走りながら項垂れるも、また顎を上げる。

 約五分後、プラス一周を走り終えたリオノーラは、その場に座り込んだ。くるくる巻き毛のポニーテールが揺れる。

「疲れたっ! もう走れません!」
「よしよし、よく頑張ったな。はい、水」

 頭をわしゃわしゃと撫でられたあと、「はい」と木製のカップを渡される。リオノーラは水だと言われたそれを、一気に喉に流し込んだ。
 
 (ん? すっぱくて甘い……?)

 砂糖水にレモンを絞ったものだろうか。走り疲れた身体にほのかな甘みと酸味が染み渡る。
 あっという間に飲み干したリオノーラの姿を見たアレスは、おかわりの有無を聞くことなく、空になった木製のカップに追加のドリンクを注いだ。
 リオノーラはおかわりのドリンクを半分ほど飲むと、アレスに尋ねた。

「これ、水ですか……? ほのかに甘くてすっぱいような……」
「水だけでは運動時に必要なものが摂れないからな。受付でレモネードを薄めたものを貰ってきた。水がいいなら、水も貰ってくるぞ?」

 アレスはボトルを持ち上げる。よく見ると、液体の底でレモンの粒らしきものが浮いている。
 リオノーラは首を横に振った。わざわざ水を取りに行かせるのは悪いと思ったからだ。

 二人で木陰のベンチへ行き、並んで腰掛ける。
 いつもならば、アレスの部屋でまったり過ごしている時間帯なのだが、今日は違う。
 リオノーラは節制ダイエットをしたいと思い、演習場まで走りに来たのだ。
 なお、リオノーラは、アレスを自分の運動に付き合わせるつもりはなかった。
 黙々とここで一人、走るつもりでいたのだが。
 アレスは自分も付き添うと言い、わざわざ来てくれたのだ。

「ありがとうございます、旦那様。私の運動に付き合っていただいて」
「いいんだ。なかなか楽しめたからな」

 (なにが楽しめたのかしら……?)

 リオノーラは首を傾げる。
 子どもの頃に出会ってからすでに三十年になるが、いまだに夫の感性が理解できないことがある。

「しかし節制とは……いきなりどうしたんだ?」

 リオノーラにそう尋ねながら、少し困ったような顔をするアレス。
 普通、妻が節制すると言ったら夫は喜びそうなものだが、ふくよかな女性を好む彼は残念そうにしている。

「いきなりってことないですよ。私はずぅ~~と! 痩せたいと思ってますし! 痩せたいと思わない日はないです」
「やれやれ……。女性はちょっとぽっちゃりしてる方が可愛らしいし、健康的に見えるぞ?」
「……そう思っていただけるのはとてもありがたいですけど、私は痩せたいんです」

 リオノーラは先日届いたアルバムの写真を思い浮かべ、瞼を閉じる。

 (昔の私は、そう……細くて可愛かった……)

 軽やかな巻き毛に包まれた小さな顔、ほっそりとした首と腕、フリルに縁取られたスクエアネックのドレスが似合うお嬢様だった。
 それが今はどうだろう。コルセットをつけようとすると、肉が盛り上がって紐がボンレスハムのようになる。
 スクエアネックのドレスなんか、とてもではないが着れない。二重顎が目立ってしまうから。

 二十歳前後の頃の、自分のように……なるのは難しいかもしれないが、もう少しだけスマートになれたらなぁと考えているのだ。

「昔のアルバムを見たせいか?」
「そうですよ……。若い頃の自分が、記憶にある以上に可愛すぎてちょっとビビりましたね……」
「今だって、丸々していて可愛いじゃないか」
「それはマスコット的な可愛さですね……」

 今でも可愛いと言われるのは嬉しいが、丸々していて、は余計だ。
 マスコットみたいで可愛いと思われるのは心外なのだ。

「痩せたらどうするんだ?」
「痩せたら……?」
「なんの目的もなく、節制するのは辛いし、続かないぞ?」
「そうですねえ……」

 たしかにアレスの言う通りだと思った。
 闇雲に痩せたいと思い節制をはじめても、目的がなければどこかで辛くなってやめてしまうだろう。

「昔みたいに、スクエアネックのドレスが着たいですね。胸が開いていて、フリルがついた可愛いのがいいです」
「いいんじゃないか? ドレスは俺が買ってやろう」
「本当ですか!? じゃあ頑張らないといけないですね」

 この歳でスクエアネックのフリル付きドレスはどうかと思ったが、夫の前でだけ着る分にはいいだろう。

 (旦那様にドレスを買ってもらえるのが楽しみだわ……頑張らないと!)

 フンフンと鼻歌をうたいながら、リオノーラは受付へ向かった。演習場を使い終わった報告と、ドリンクを貰ったお礼を言おうと思ったのだ。

「演習場をお貸しいただいてありがとうございます。あと、レモネード風のドリンクも美味しかったです」

 リオノーラがお礼を言うと、受付係の初老の男は首を傾げた。

「レモネード……? ここでは水の準備はしておりますが、他のお飲み物は用意しておりませんが」
「えっ、でも旦那様が……」
「閣下が用意されたのでは? 売店でレモンと砂糖を販売しております。レモネード風ドリンクは体力回復にはいいのですが、砂糖とはちみつをかなり使いますので最近は敬遠されがちでして……」

 戸惑った様子の受付係の言葉に、リオノーラは戦慄する。

 (ま、まさか、旦那様は私を痩せさせないために、高カロリーなドリンクをわざわざ準備して飲ませたのでは……!?)

 頭ごなしに節制の反対をしない代わりに、太りやすい飲み物を走り終わったあとに渡すなんて。

 (旦那様……策士だわ)

 リオノーラはひとり、ぐぬぬと唸る。
 彼女の節制は前途多難であったのは言うまでもない。

 <完>

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