失敗聖女の異世界革命 ~地味に生きたいのに、なぜか文化が変わる件~

宵町あかり

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第3話 別れと予感

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翌朝、山道に入って一時間。

馬車の揺れは街道とは比較にならないほど激しくなっていた。岩がゴロゴロと転がる道を、車輪が悲鳴を上げながら進んでいく。

「ううっ...」

セレナの顔は完全に青白くなっていた。窓にもたれかかり、必死に外の景色を見つめている。動く物を見ていると酔いが悪化すると知っているので、遠くの山を見るようにしていた。

『Google Mapで迂回路...ないか。この世界、道路整備という概念ないの?』

心の中で現代の便利さを恋しく思いながら、セレナは耐え続けた。

メアリーは相変わらず別の解釈をしている。

「セレナ様の瞑想がさらに深まっている...山の精霊と交信されているのかもしれません」

カイルが御者台から振り返る。

「この先に休憩できる茶屋があります。もう少しの辛抱です」

「...ありがとう」

セレナの声は消え入りそうだった。

リリィとローズは心配そうに見守っている。

「セレナ様、お水をどうぞ」

リリィが水筒を差し出したが、セレナは首を横に振った。今何か口に入れたら、確実に戻してしまう。

✦ ✦ ✦

三十分後、ようやく小さな茶屋が見えてきた。

山道の中腹にある、旅人のための休憩所だ。簡素な造りだが、日除けがあり、井戸水も使える。

馬車が止まると、セレナは這うようにして降りた。

「大丈夫ですか、セレナ様」

カイルが手を貸そうとしたが、セレナは自力で立ち上がった。プライドというより、支えられたら余計に気持ち悪くなりそうだったからだ。

茶屋の主人である老婆が出てきた。

「おや、高貴なお方が...」

老婆の目は鋭い。一目でセレナたちが普通の旅人ではないことを見抜いていた。

「少し休ませてもらえますか」

メアリーが交渉すると、老婆は快く承諾した。

セレナは日陰のベンチに座り、ようやく人心地ついた。

「お水を...」

差し出された水を、セレナはゆっくりと口に含む。冷たい井戸水が喉を通り、少しずつ気分が回復してきた。

その様子を見ていた村人たちが集まってきた。

「おやまあ、都のお方がこんな山道を」

年配の商人が目を丸くした。

「ほんと、まるで絵本から出てきたような美しさだね」

若い娘が憧れの眼差しで見つめる。

「水を飲む仕草も、まるで舞いみたい...」

小さな男の子が母親の後ろから覗き込んでいる。

「お母さん、あの人、光ってるよ」

「しっ、失礼よ」

母親が慌てて子供をたしなめたが、その目も同じように輝いていた。

セレナはただ必死に水分補給をしているだけなのだが、周囲にはそれが「清らかな所作」に見えていた。

メアリーは感動しながら記録する。

『山の茶屋にて。セレナ様が井戸水を口にされる姿は、まるで聖水を飲む巫女のよう』

『普通に水飲んでるだけなんだけど...』

セレナは心の中でツッコミを入れたが、今は体調回復が最優先だった。

✦ ✦ ✦

休憩中、セレナはふと不安を感じた。

山道、馬車、この展開...どこかで経験したような。

『待って、これ...ゲームの...』

記憶を辿る。確かイベントがあったはず。山道で馬車の車輪が...

「なんか嫌な予感がする...」

思わず口に出してしまった。

メアリーが即座に反応する。

「予感ですか?セレナ様、何か見えるのですか?」

「いや、そういうわけじゃ...」

しかし、説明しようとして止まった。「ゲームでプレイした記憶」なんて言えるわけがない。

カイルも真剣な表情になった。

「もしかして、危険が?」

その時、馬車の方から小さな音が聞こえた。

ギシッ...ギシッ...

車輪がきしむ音だ。

セレナは立ち上がった。

「車輪を確認して」

「え?でも、特に問題は...」

カイルは戸惑ったが、セレナの真剣な表情を見て、馬車に向かった。

よく見ると、確かに車輪の一つが少し歪んでいる。金具も緩んでいるようだ。

「これは...このまま走り続けたら危険ですね」

カイルは驚きを隠せない。どうしてセレナ様は気づいたのだろうか。

護衛騎士として数々の危機を経験してきた自分でさえ気づかなかった異常。もしセレナ様が本当に未来を見る力があるなら...いや、まさか。しかし、今朝の光といい、この予感といい、偶然にしては出来すぎている。騎士としての合理的思考と、目の前の不可思議な現実の間で、彼の心は揺れていた。

『デジャブ...いや既プレイだから。攻略情報って便利』

セレナは心の中で呟いた。

老婆が近づいてきた。

「車輪の修理なら、少し先の村に鍛冶屋がありますよ」

「ありがとうございます」

メアリーは興奮を抑えきれない様子で手帳に書き込む。

彼女にとって、これは聖女の証明がまた一つ増えた瞬間だった。断罪での光、そして今回の予知。もはや疑いようがない。自分は歴史的な瞬間に立ち会っているのだ。この使命感が、彼女をさらなる確信へと導いていた。

『セレナ様の予知能力発動。車輪の異常を事前に察知。これは間違いなく未来視の力』

✦ ✦ ✦

休憩を終え、一行は慎重に馬車を進めた。

その時、後ろから馬の蹄の音が聞こえてきた。

王都からの使者だった。

「リュクス令嬢!」

使者は馬車に追いつくと、一通の書状を差し出した。

「これを」

セレナは受け取って中を確認する。

まず目に入ったのは、アレクシス王子からの正式な追放状。形式的な文面が並んでいる。

しかし、その下に小さな紙が挟まっていた。

『宰相アルフレッドより

興味深い方だ。今朝の光は印象的だった。
いずれまた会えることを楽しみにしている。

追伸:山道は危険が多い。お気をつけて』

セレナは眉をひそめた。

『宰相が私に興味?やばい、目立ちすぎた』

メアリーが覗き込む。

「宰相様からもお手紙が?」

「ええ、旅の無事を祈ってくださっているみたい」

嘘ではないが、真実でもない。宰相の真意は分からない。

カイルも考え込んでいる。

「宰相アルフレッド...王国の頭脳と呼ばれる方ですね」

彼は宰相の真意を測りかねていた。あの老獪な政治家が興味を示すということは、セレナ様の力が本物だと認めたということか。それとも、何か別の企みがあるのか。護衛騎士として、セレナ様を守る責任の重さを改めて感じていた。

「その方がセレナ様に興味を...」

リリィとローズが顔を見合わせる。彼女たちにとって、宰相の関心は誇らしくもあり、不安でもあった。セレナ様が認められるのは嬉しいが、政治に巻き込まれるのは避けたい。そんな複雑な感情が、二人の表情に浮かんでいた。

使者は役目を終えて、王都へ戻っていった。

セレナは手紙をしまいながら、不安を感じていた。こんなに注目されては、地味な生活なんて無理かもしれない。

✦ ✦ ✦

馬車に戻り、再び山道を進む。

カイルは車輪の状態を気にしながら、慎重に手綱を操っている。

「もう少しで修理できる村に着きます」

その言葉通り、三十分ほどで小さな村が見えてきた。

しかし。

ガタン!

突然、大きな音がして馬車が傾いた。

「きゃっ!」

リリィとローズが悲鳴を上げる。

セレナは予想していたので、しっかりと手すりを掴んでいた。

「みんな大丈夫?」

「はい...でも、これは...」

カイルが馬車から降りて確認すると、やはり車輪の一つが完全に外れかかっていた。

「もし山道の急カーブでこれが起きていたら...」

崖から転落していたかもしれない。そう考えると、背筋が寒くなる。

メアリーは感動で震えている。

「セレナ様の予知のおかげで、最悪の事態を免れました」

村人たちが集まってきた。

「おや、これは大変だ」

若い青年が駆け寄ってきた。

「馬車が故障して...この場所では危険です」

「まあ、怖いこと!」

太った中年女性が手を叩いた。

「この曲がり角で車輪が壊れるなんて、一歩間違えば谷底でしたよ」

小さな子供がセレナの服の裾を引っ張った。

「ねえねえ、お姉ちゃんはどうして分かったの?」

「それは...」

セレナが言いよどんでいると、村の長老が杖をついて近づいてきた。

「これは、きっと天の導きじゃ。この方は特別なお方だ」

若い青年が前に出た。

「うちの村の鍛冶屋なら直せます。すぐに父ちゃんを呼んできます!」

中年女性が続ける。

「みんなで馬車を安全な場所まで運びましょう。さあ、男衆、力を貸して!」

『JAF呼びたい...って思ったけど、人力ロードサービスもいいかも』

セレナは心の中で現代と比較しながら、村人たちの優しさに感謝した。

✦ ✦ ✦

鍛冶屋での修理の間、セレナたちは村長の家で休憩させてもらうことになった。

「まさか都の高貴な方がいらっしゃるとは」

村長は恐縮している。しかし、その恐縮の裏には期待もあった。もし噂通りの聖女様なら、この貧しい村に何か良いことが起きるかもしれない。長年、税の取り立てに苦しんできた村にとって、奇跡は切実な願いだった。

そこへ、一人の老人が入ってきた。

「聞きましたぞ。光の奇跡を起こした令嬢がいらっしゃると」

「光の奇跡?」

村長が首を傾げる。

老人は続けた。彼は三十年前、似たような光を見たことがあった。あの時も特別な力を持つ者が現れ、村を救った。歴史は繰り返すのかもしれない。その期待と過去の記憶が重なり、セレナを聖女として見させていた。

「王都で断罪の際に、天から光が降りたという。そして車輪の故障を予知したとも」

噂は既にここまで広まっていたのだ。しかも、話は大きくなっている。

「まさか、聖女様では...」

村人たちがざわめき始める。それぞれが自分の苦しみからの救済を求め、セレナに希望を見出していた。

セレナは慌てて否定しようとしたが、メアリーが先に口を開いた。

「セレナ様は謙虚な方ですから、ご自分では何もおっしゃいませんが...」

「メアリー!」

セレナが制止しようとしたが、もう遅かった。

村人たちの目が輝き始める。

「やはり聖女様だったのか」

「都から聖女様がいらっしゃった」

『違う、違うから!普通の追放令嬢です!』

セレナは心の中で叫んだが、もはや流れは止められない。

✦ ✦ ✦

夕方、車輪の修理が終わった。

「これで大丈夫です。新品同様ですよ」

鍛冶屋の親方が自信満々に言う。

セレナは修理代を払おうとしたが、村人たちは受け取らなかった。

「聖女様からお代なんていただけません」

「それどころか、うちの村に来てくださって光栄です」

困ったセレナだったが、無理強いするわけにもいかない。

「では、お言葉に甘えます。ありがとうございました」

深々と頭を下げる姿に、村人たちはさらに感動した。

「なんて謙虚な...」

「本物の聖女様だ」

宿に戻る道中、カイルが考え深げに呟いた。

「セレナ様、本当に未来が見えるのですか?」

「...さあ、どうかしら」

曖昧な返事をしながら、セレナは夕焼けを見つめた。

カイルも困惑を隠せない。護衛騎士として長年仕えてきたが、今日のような光景は初めてだった。

しかし、彼の中には小さな違和感もあった。セレナ様の「予感」は、まるで以前にも同じことを経験したかのような確信に満ちていた。未来を見るというより、過去を思い出しているような...その違和感を言葉にできないまま、彼は考え続けていた。

騎士としての論理的思考が、この不可思議な現象を理解しようと必死に働いていた。もしかしたら、セレナ様には誰も知らない秘密があるのかもしれない。それが良いものか悪いものかはわからないが、少なくとも人々を救っている。それだけは確かだった。

『ゲームの記憶があるだけなんだけどな。これって予知能力にカウントされるの?』

メアリーは今日の出来事を日記に詳細に記録していた。

『山道にて

セレナ様の予知が的中。車輪の故障を事前に察知し、最悪の事態を回避。

村人たちも、セレナ様の聖女としての資質に気づき始めている。

宰相アルフレッド様からの手紙も興味深い。きっとセレナ様の真価を見抜いているのだろう。

明日はいよいよ最後の行程。辺境の地に到着する。

新しい生活の始まり。きっとそこでも奇跡は続くはずだ』

その夜、セレナは宿の簡素なベッドに横になりながら考えていた。

『明日は車輪イベントの本番...確か急カーブで...』

ゲームの記憶を辿る。このままいけば、明日の昼頃に急カーブで危険な場面があるはずだ。

『事前に止めれば大丈夫...のはず』

不安はあったが、今は休むことが大切だった。

窓の外では、満月が山々を照らしている。

静かな山村の夜。虫の音だけが聞こえる中、セレナは目を閉じた。

明日、運命の瞬間が訪れることを、まだ完全には理解していなかった。

一つの予知が、さらなる誤解を生み、聖女伝説を加速させることになるとは。

そして、カイルの中に芽生えた小さな疑問が、後に重要な意味を持つことになるとも、まだ誰も知らない。

山道の旅は、もうすぐ終わりを迎える。

しかし、セレナの「普通の生活」への道のりは、まだ始まったばかりだった。
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