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第8話 井戸の枯渇
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朝霧がまだ村を包んでいる頃、井戸の周りに人だかりができていた。
農夫のトーマスが、桶を何度も投げ入れては引き上げる。しかし、上がってくるのは空の桶ばかりだった。
「だめだ……完全に枯れてる」
トーマスの声は震えていた。四十代の彼は去年の不作で家族が痩せ、今年の収穫に全てを賭けていた。春の種まき前のこの時期に水がないということは、村の破滅を意味する。
村長のジョセフも駆けつけてきた。七十歳の老人は、三十年前の大干ばつを生き延びた経験がある。あの時も井戸が枯れ、多くの村人が去っていった。しかし今回は違う。今度は……。
「聖女様がいらっしゃる」
ジョセフの呟きに、村人たちが一斉に振り返った。
実は、この地域の地下には複雑な水脈が走っている。春の雪解け水が地下に浸透し、時として地殻の微妙な変動で水脈が移動することがある。老人たちはそれを「大地の気まぐれ」と呼んでいたが、タイミングを予測することは誰にもできなかった。
若い農夫のピエールが興奮気味に叫ぶ。
「そうだ!聖女様なら、聖女様の新技術なら水問題も解決できるはず!」
二十代の彼は、革新を信じる若手農民だ。昨日の聖女料理の成功を目の当たりにして、伝統に縛られない新しい方法こそが村を救うと確信していた。
✦ ✦ ✦
セレナは朝食を終えたばかりだった。
メアリーとカイルが、慌てた様子で飛び込んでくる。
「セレナ様、大変です!井戸が……」
メアリーの言葉に、セレナは首を傾げた。
「井戸がどうしたの?」
「枯れてしまいました。村の井戸が完全に」
――え、水道局に電話……できないか、井戸しかないし。
セレナは立ち上がった。水がないということの深刻さは、現代人でも理解できる。とりあえず現場を見に行くことにした。
井戸に到着すると、村人たちが一斉にセレナを見つめた。
その視線には、期待と希望、そして切実な願いが込められている。
主婦のアンナが、赤ん坊を抱きながら涙を浮かべていた。
「聖女様、この子に飲ませる水が……」
四十代の彼女にとって、子供たちに水を飲ませられない恐怖は、何よりも恐ろしいものだった。聖女様に頼るしかない、その一心で見つめている。
商人のハンスも青い顔をしていた。
「水がなければ商売も成り立ちません。昨日の料理の奇跡に続き、今日も何か……」
五十代の彼は、水不足が経済に与える影響を誰よりも理解していた。このままでは村が消滅してしまう。
セレナは困り果てた。水探しなど、どうすればいいのか分からない。
――Google Mapで水源検索……できるわけない。
とりあえず、何かしなければと思い、セレナは歩き始めた。適当に村の周辺を見て回ることにする。
✦ ✦ ✦
昼過ぎ、セレナは森の近くを歩いていた。
手には、そこらで拾った棒を持っている。何となくダウジングの真似事をしてみようと思ったのだ。
しかし、棒の持ち方が逆さまだった。
Y字型の枝の、分かれた部分を下にして持ってしまっている。
「セレナ様、それは……」
メアリーが言いかけて止まった。
セレナの全行動に意味を見出すことが、侍女としての使命だと信じている彼女は、この奇妙な持ち方にも深い意図があるはずだと考えた。
――そうか、古代の水脈探知術だ。逆位相で地下の流れを感じ取る技法に違いない。
カイルも真剣な表情で見守っている。
王都での暮らしでは水不足を経験したことがない彼にとって、この危機は初めての体験だった。しかし、セレナ様なら必ず見つけられるという盲信が、不安を押し殺している。
セレナは適当に歩き回った。
どこに水があるのか全く分からないが、とりあえず動いている姿を見せれば、村人も少しは安心するだろうと思ったのだ。
――ダウジングって科学的根拠ないよね……でも信じられてる。
突然、セレナは立ち止まった。
石につまずきそうになったからだが、その姿は周囲には別の意味を持って映った。
「止まられた……ここか?」
村人たちがざわめき始める。
セレナは空を見上げた。
ただ雲の動きを眺めていただけだが、その仕草が神秘的に見える。真剣な表情で何かを感じ取ろうとしているように見えた。
そして、バランスを崩して転んでしまった。
地面に手をついて、そのまま動かない。
――痛い……膝擦りむいた。
しかし、その姿は祈りを捧げているように見えた。
長老のバルトロメオが息を呑んだ。
「大地に語りかけておられる」
七十代の彼は、伝統と変革の間で揺れ動いていた。しかし、この危機的状況では新しい方法を信じてみるしかない。その決断が、セレナの行動全てを神聖なものとして解釈させた。
セレナは立ち上がり、転んだ場所を指差した。
ただ痛かった場所を示しただけだが。
「ここよ」
村人たちが歓声を上げた。
✦ ✦ ✦
午後になり、村人総出で掘削作業が始まった。
男たちがスコップを手に、汗を流しながら掘り進める。
しかし、いくら掘っても水は出ない。
乾いた土が積み上がるばかりだ。
それでも誰も諦めなかった。
双子の侍女、リリとロロが水を配りながら励ます。
「セレナ様が示された場所です。必ず出ます」
都から来て村の生活に適応中の二人にとって、セレナについていけば大丈夫という信念が、不安を打ち消していた。
子供たちも手伝い始めた。
「宝探しゲームだ!」
「セレナお姉ちゃんが宝物の場所教えてくれたんだ」
大人の不安を感じ取っている子供たちだが、それをゲームとして受け入れることで、明るさを保っていた。
セレナは作業を見守りながら、内心で呟いた。
――マインクラフトなら水源すぐ見つかるのに……現実は厳しい。
作業は続いた。
穴は深くなっていくが、水の気配はない。
村の若い母親たちが、不安そうに見守っている。
「本当に出るのかしら……」
「でも、聖女様が示された場所だから」
子供の将来への不安を抱える母親たちにとって、この掘削作業は最後の希望だった。
セレナに質問が飛んでくる。
「聖女様、もっと深く掘るべきでしょうか?」
セレナは答えに困った。
分からないので、適当に頷く。
その反応の遅さを、村人たちは「深慮遠謀」と解釈した。
「聖女様は何か感じ取っておられる」
「きっと、適切な深さを計算されているのだ」
✦ ✦ ✦
夕方になり、日が傾き始めた。
作業の限界が近づいている。明日の種まきに間に合わなければ、今年の収穫は絶望的だ。
その時、掘っていた男の一人が声を上げた。
「待て……土が、少し湿ってきた」
微かな湿り気。
まだ水とは言えないが、希望の兆しだった。
セレナは穴の縁に立ち、何となく手を合わせた。
ただ、これ以上何もできないという諦めからの行動だったが。
――これって集団心理……でも否定できない雰囲気。
その姿を見た村人たちが、次々と膝をついた。
セレナの周りで輪になって、祈り始める。
「聖女様の祈りが地下水脈に届いた」
「明日には必ず水が湧く」
村の若い母親が涙を流しながら呟く。
「この湿り気は希望の証です」
皆が口々に感謝の言葉を述べる中、セレナは困惑していた。
――水、出なかったら責任重大……でももう流れに任せるしか。
完全な諦観の中にも、少しの不安が残っている。
村人たちの期待が重すぎて、逃げ出したい気持ちもあった。
しかし、もう後戻りはできない。
✦ ✦ ✦
その夜、メアリーは愛用の革装の日記帳を開いた。
『セレナ様観察日記 第八日目
今日、セレナ様は水脈探知の奇跡を示された。
逆位相ダウジング。あの独特な棒の持ち方は、古代の技術に違いない。通常とは逆の方向から地下の流れを感じ取る、失われた技法。
大地への祈り。転ばれた場所を示されたのは、そこで大地のエネルギーを最も強く感じられたから。地面に手をついて祈る姿は、まさに聖女の証。
そして微かな湿り気。これは聖女の祈りが地下深くの水脈に届いた証拠。明日の朝には、きっと清らかな水が湧き上がるだろう。
農法の革新、料理の革命、そして水脈の発見。
セレナ様の力は、日を追うごとに明らかになっていく。
私の記録は、やがて聖典となるだろう。
その日のために、全てを正確に書き留めなければ』
メアリーはペンを置き、窓の外を見た。
月明かりに照らされた掘削現場。明日の朝、そこで何が起きるのか。
期待と確信に満ちた心で、メアリーは眠りについた。
一方、セレナは寝床で不安に押し潰されそうになっていた。
――水が出なかったらどうしよう……村が滅んじゃう。
責任の重さに震えながら、それでも何もできない自分の無力さを噛みしめる。
諦めと不安が入り混じった複雑な心境で、セレナは浅い眠りに落ちた。
翌朝、村人たちが見たものは――
農夫のトーマスが、桶を何度も投げ入れては引き上げる。しかし、上がってくるのは空の桶ばかりだった。
「だめだ……完全に枯れてる」
トーマスの声は震えていた。四十代の彼は去年の不作で家族が痩せ、今年の収穫に全てを賭けていた。春の種まき前のこの時期に水がないということは、村の破滅を意味する。
村長のジョセフも駆けつけてきた。七十歳の老人は、三十年前の大干ばつを生き延びた経験がある。あの時も井戸が枯れ、多くの村人が去っていった。しかし今回は違う。今度は……。
「聖女様がいらっしゃる」
ジョセフの呟きに、村人たちが一斉に振り返った。
実は、この地域の地下には複雑な水脈が走っている。春の雪解け水が地下に浸透し、時として地殻の微妙な変動で水脈が移動することがある。老人たちはそれを「大地の気まぐれ」と呼んでいたが、タイミングを予測することは誰にもできなかった。
若い農夫のピエールが興奮気味に叫ぶ。
「そうだ!聖女様なら、聖女様の新技術なら水問題も解決できるはず!」
二十代の彼は、革新を信じる若手農民だ。昨日の聖女料理の成功を目の当たりにして、伝統に縛られない新しい方法こそが村を救うと確信していた。
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セレナは朝食を終えたばかりだった。
メアリーとカイルが、慌てた様子で飛び込んでくる。
「セレナ様、大変です!井戸が……」
メアリーの言葉に、セレナは首を傾げた。
「井戸がどうしたの?」
「枯れてしまいました。村の井戸が完全に」
――え、水道局に電話……できないか、井戸しかないし。
セレナは立ち上がった。水がないということの深刻さは、現代人でも理解できる。とりあえず現場を見に行くことにした。
井戸に到着すると、村人たちが一斉にセレナを見つめた。
その視線には、期待と希望、そして切実な願いが込められている。
主婦のアンナが、赤ん坊を抱きながら涙を浮かべていた。
「聖女様、この子に飲ませる水が……」
四十代の彼女にとって、子供たちに水を飲ませられない恐怖は、何よりも恐ろしいものだった。聖女様に頼るしかない、その一心で見つめている。
商人のハンスも青い顔をしていた。
「水がなければ商売も成り立ちません。昨日の料理の奇跡に続き、今日も何か……」
五十代の彼は、水不足が経済に与える影響を誰よりも理解していた。このままでは村が消滅してしまう。
セレナは困り果てた。水探しなど、どうすればいいのか分からない。
――Google Mapで水源検索……できるわけない。
とりあえず、何かしなければと思い、セレナは歩き始めた。適当に村の周辺を見て回ることにする。
✦ ✦ ✦
昼過ぎ、セレナは森の近くを歩いていた。
手には、そこらで拾った棒を持っている。何となくダウジングの真似事をしてみようと思ったのだ。
しかし、棒の持ち方が逆さまだった。
Y字型の枝の、分かれた部分を下にして持ってしまっている。
「セレナ様、それは……」
メアリーが言いかけて止まった。
セレナの全行動に意味を見出すことが、侍女としての使命だと信じている彼女は、この奇妙な持ち方にも深い意図があるはずだと考えた。
――そうか、古代の水脈探知術だ。逆位相で地下の流れを感じ取る技法に違いない。
カイルも真剣な表情で見守っている。
王都での暮らしでは水不足を経験したことがない彼にとって、この危機は初めての体験だった。しかし、セレナ様なら必ず見つけられるという盲信が、不安を押し殺している。
セレナは適当に歩き回った。
どこに水があるのか全く分からないが、とりあえず動いている姿を見せれば、村人も少しは安心するだろうと思ったのだ。
――ダウジングって科学的根拠ないよね……でも信じられてる。
突然、セレナは立ち止まった。
石につまずきそうになったからだが、その姿は周囲には別の意味を持って映った。
「止まられた……ここか?」
村人たちがざわめき始める。
セレナは空を見上げた。
ただ雲の動きを眺めていただけだが、その仕草が神秘的に見える。真剣な表情で何かを感じ取ろうとしているように見えた。
そして、バランスを崩して転んでしまった。
地面に手をついて、そのまま動かない。
――痛い……膝擦りむいた。
しかし、その姿は祈りを捧げているように見えた。
長老のバルトロメオが息を呑んだ。
「大地に語りかけておられる」
七十代の彼は、伝統と変革の間で揺れ動いていた。しかし、この危機的状況では新しい方法を信じてみるしかない。その決断が、セレナの行動全てを神聖なものとして解釈させた。
セレナは立ち上がり、転んだ場所を指差した。
ただ痛かった場所を示しただけだが。
「ここよ」
村人たちが歓声を上げた。
✦ ✦ ✦
午後になり、村人総出で掘削作業が始まった。
男たちがスコップを手に、汗を流しながら掘り進める。
しかし、いくら掘っても水は出ない。
乾いた土が積み上がるばかりだ。
それでも誰も諦めなかった。
双子の侍女、リリとロロが水を配りながら励ます。
「セレナ様が示された場所です。必ず出ます」
都から来て村の生活に適応中の二人にとって、セレナについていけば大丈夫という信念が、不安を打ち消していた。
子供たちも手伝い始めた。
「宝探しゲームだ!」
「セレナお姉ちゃんが宝物の場所教えてくれたんだ」
大人の不安を感じ取っている子供たちだが、それをゲームとして受け入れることで、明るさを保っていた。
セレナは作業を見守りながら、内心で呟いた。
――マインクラフトなら水源すぐ見つかるのに……現実は厳しい。
作業は続いた。
穴は深くなっていくが、水の気配はない。
村の若い母親たちが、不安そうに見守っている。
「本当に出るのかしら……」
「でも、聖女様が示された場所だから」
子供の将来への不安を抱える母親たちにとって、この掘削作業は最後の希望だった。
セレナに質問が飛んでくる。
「聖女様、もっと深く掘るべきでしょうか?」
セレナは答えに困った。
分からないので、適当に頷く。
その反応の遅さを、村人たちは「深慮遠謀」と解釈した。
「聖女様は何か感じ取っておられる」
「きっと、適切な深さを計算されているのだ」
✦ ✦ ✦
夕方になり、日が傾き始めた。
作業の限界が近づいている。明日の種まきに間に合わなければ、今年の収穫は絶望的だ。
その時、掘っていた男の一人が声を上げた。
「待て……土が、少し湿ってきた」
微かな湿り気。
まだ水とは言えないが、希望の兆しだった。
セレナは穴の縁に立ち、何となく手を合わせた。
ただ、これ以上何もできないという諦めからの行動だったが。
――これって集団心理……でも否定できない雰囲気。
その姿を見た村人たちが、次々と膝をついた。
セレナの周りで輪になって、祈り始める。
「聖女様の祈りが地下水脈に届いた」
「明日には必ず水が湧く」
村の若い母親が涙を流しながら呟く。
「この湿り気は希望の証です」
皆が口々に感謝の言葉を述べる中、セレナは困惑していた。
――水、出なかったら責任重大……でももう流れに任せるしか。
完全な諦観の中にも、少しの不安が残っている。
村人たちの期待が重すぎて、逃げ出したい気持ちもあった。
しかし、もう後戻りはできない。
✦ ✦ ✦
その夜、メアリーは愛用の革装の日記帳を開いた。
『セレナ様観察日記 第八日目
今日、セレナ様は水脈探知の奇跡を示された。
逆位相ダウジング。あの独特な棒の持ち方は、古代の技術に違いない。通常とは逆の方向から地下の流れを感じ取る、失われた技法。
大地への祈り。転ばれた場所を示されたのは、そこで大地のエネルギーを最も強く感じられたから。地面に手をついて祈る姿は、まさに聖女の証。
そして微かな湿り気。これは聖女の祈りが地下深くの水脈に届いた証拠。明日の朝には、きっと清らかな水が湧き上がるだろう。
農法の革新、料理の革命、そして水脈の発見。
セレナ様の力は、日を追うごとに明らかになっていく。
私の記録は、やがて聖典となるだろう。
その日のために、全てを正確に書き留めなければ』
メアリーはペンを置き、窓の外を見た。
月明かりに照らされた掘削現場。明日の朝、そこで何が起きるのか。
期待と確信に満ちた心で、メアリーは眠りについた。
一方、セレナは寝床で不安に押し潰されそうになっていた。
――水が出なかったらどうしよう……村が滅んじゃう。
責任の重さに震えながら、それでも何もできない自分の無力さを噛みしめる。
諦めと不安が入り混じった複雑な心境で、セレナは浅い眠りに落ちた。
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