転生王子はスライムを育てたい ~最弱モンスターが世界を変える科学的飼育法~

宵町あかり

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第17話 地下からの脅威

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 轟音の正体は、すぐに判明した。

 研究棟の地下実験場——通常は魔導機器の実験に使われている第三区画から、黒煙が立ち上っている。警備隊が慌ただしく駆け回り、緊急の鐘が鳴り響いた。

「爆発……?」

 レオンは窓から煙を見つめた。しかし、その表情に恐怖はない。むしろ、研究者特有の好奇心が宿っていた。

「実験の失敗かな? 昨日、誰か危険物を扱ってたっけ」

 エルヴィーラが鋭い視線を向けた。

「殿下、これは実験の失敗ではありません」

 彼女の紫の瞳が、危険な光を帯びる。

「これは計画的な侵入です。爆発の規模と位置が、あまりにも正確すぎる」

---

 研究室の扉が勢いよく開いた。

 シグレが飛び込んでくる。その表情は、いつもの悠然とした様子とは違い、明らかに焦燥していた。

「レオン、すぐに防衛準備を!」

「防衛?」

 レオンが首をかしげる。

「誰かが地下に侵入したようです。狙いは——」

 シグレの視線がフィルミナに向けられた。

 その瞬間、フィルミナの体が小さく震えた。

「私……何か、感じます」

 彼女の声は不安げだった。

「下から……冷たくて、怖い何かが……」

---

 リヴィエルが素早く動いた。

 メイド服の裾を翻しながら、隠し持っていた魔導器を取り出す。それは小型の防衛用結界発生装置だった。

「坊ちゃま、フィルミナを研究室の奥へ」

 彼女の灰色の瞳に、プロフェッショナルな冷徹さが宿る。

「ここは私たちが守ります」

 しかし、レオンは動かなかった。

「待って、みんな」

 彼は落ち着いた声で言った。

「まず状況を確認しよう。憶測で動くのは科学的じゃない」

 その天然な発言に、全員が呆れた。

(この状況で科学的って……)

---

 結局、レオンの提案で調査隊が編成された。

 レオン、シグレ、エルヴィーラ、そして護衛として警備隊長のグレイスン。リヴィエルはフィルミナと共に研究室に残ることになった。

 地下への階段を降りると、焦げ臭い匂いが鼻をついた。

「魔導機器の焼けた臭いですね」

 シグレが分析する。

「いや、違う」

 エルヴィーラが首を振った。

「これは古代の術式が暴走した時の臭いです」

 レオンは興味深そうに匂いを嗅いだ。

「へえ、古代魔法って独特の臭いがするんだ」

 その場違いな感想に、護衛のグレイスンが苦笑した。

---

 第三区画に到着すると、その惨状に全員が息を呑んだ。

 実験用の魔導装置が破壊され、床には大きな穴が開いている。まるで、地下から何かが這い出てきたような痕跡だった。

「これは……」

 シグレが破壊された装置を調べる。

「データ保管庫が狙われています」

 レオンが慌てて確認すると、確かにスライム培養に関するデータの一部が盗まれていた。

「培養データが盗まれた」

 その言葉に、グレイスンが顔面蒼白になった。

「軍事機密の流出ですか!」

---

 エルヴィーラが床の穴を調べていた。

「この痕跡……」

 彼女の表情が険しくなる。

「地下深くから掘られています。少なくとも数週間はかけた計画的な侵入です」

 シグレが頷いた。

「しかも、狙いが明確すぎる。スライムのデータだけを狙うなんて」

 レオンは首をかしげた。

「でも、盗まれたのは初期の培養データだけだよ? フィルミナの覚醒に関するデータは無事だし」

「それでも十分危険です」

 グレイスンが警告した。

「これが敵国に渡れば、生物兵器開発に利用される可能性が」

---

 その時、壁に何かが刻まれているのを発見した。

 血のような赤い文字で、不気味なメッセージが残されている。

『真の生命を解放する』

 エルヴィーラの顔が青ざめた。

「この紋章は……」

 彼女は文字の横に描かれた奇妙な紋章を見つめた。それは、蛇が自らの尾を噛む円環の中に、歪んだ生命の樹が描かれたものだった。

「古代の禁忌実験を行っていた組織の紋章に似ています」

 シグレが驚いた。

「三百年前に滅びたはずでは?」

「その末裔が、まだ活動しているのかもしれません」

---

 突然、調査中の兵士の一人が叫び声を上げた。

 瓦礫に足を取られ、鋭い金属片で太ももを深く切ってしまったのだ。血が勢いよく噴き出す。

「動脈をやられた!」

 グレイスンが慌てる。

「医療班を呼べ!」

 しかし、レオンはすでに動いていた。

「シグレ先生、培養槽のスライムを!」

 シグレは即座に理解し、近くの小型培養槽からスライムを取り出した。

「これを傷口に」

 レオンは躊躇なくスライムの粘液を傷に塗布した。

---

 驚くべきことが起きた。

 スライムの粘液が傷口を覆うと、出血が瞬時に止まった。さらに、粘液が徐々に透明になり、傷口が見る見るうちに塞がっていく。

「信じられない……」

 兵士が呆然と呟いた。

「痛みも、もうほとんどない」

 グレイスンが目を見開いた。

「これは……軍事医療への革命的応用だ!」

 レオンは首をかしげた。

「軍事? いや、これは普通の治療ですよ。スライムの粘液には細胞再生を促進する成分があるんです」

 彼は無邪気に続けた。

「前から知ってたけど、実演する機会がなかっただけで」

---

 その頃、研究室では異変が起きていた。

 フィルミナが突然立ち上がり、培養槽の方を見つめている。

「どうしたの、フィルミナ?」

 リヴィエルが心配そうに声をかける。

 フィルミナの瞳は、どこか遠くを見ているようだった。

「みんなが……同じ方向を向いてる」

 その言葉通り、研究室中の培養槽のスライムたちが、全て同じ方向——南西の方角を向いていた。

「何かが来る」

 フィルミナの声が震えた。

「怖い何かが、こっちに向かってる」

---

 リヴィエルは即座に警戒態勢を取った。

 しかし、視察団の残留メンバーたちは違う解釈をしていた。

「軍事訓練だ」

 東方連合の武官が感嘆する。

「全てのスライムが一斉に同じ方向を向くなんて、完璧な統制訓練の成果じゃないか」

 カドリア王国の学者も頷いた。

「しかも、脅威を事前に察知する能力まで……これは高度な警戒システムだ」

 リヴィエルは反論したかったが、フィルミナの様子が気になってそれどころではなかった。

---

 レオンたちが研究室に戻ると、特別委員会の緊急会議が召集されていた。

 マルクスが深刻な表情で口を開く。

「地下組織の存在が確認されました。彼らの狙いは明らかにフィルミナです」

 委員長のアウレリウスが頷いた。

「直ちに防衛体制を構築する必要がある」

 レオンは提案した。

「フィルミナには24時間の護衛をつけましょう。でも、研究は続けたいんです」

「研究と防衛の両立か」

 マルクスが考え込む。

「難しいが、不可能ではない」

---

 レオンは続けた。

「それと、リヴィエルを護衛隊長に推薦します」

 その発言に、全員が驚いた。

「メイドを護衛隊長に?」

 アウレリウスが眉をひそめる。

「彼女はフィルミナを一番理解しています」

 レオンは真っ直ぐな瞳で答えた。

「技術も確かだし、何より信頼できます」

 リヴィエルの頬が微かに赤くなった。

(坊ちゃまに、そんな風に思われていたなんて)

---

 その時、商人ギルドのエリーゼが手を挙げた。

「私たちも協力させていただきます」

 彼女の翠緑の瞳が、計算高く輝く。

「商人ギルドの情報網なら、地下組織の動きも掴めるかもしれません」

 マルクスが驚いた。

「商人ギルドが、そこまで?」

「だって、スライム技術は未来の巨大市場ですから」

 エリーゼは微笑んだ。

「投資先を守るのは、商人として当然です」

---

 会議が終わり、夜が更けた。

 フィルミナは研究室のベッドで眠りについたが、その表情は安らかではなかった。

 夢の中で、彼女は奇妙な光景を見ていた。

 暗い地下室で、黒いローブを着た人々が円を描いて立っている。その中心には、巨大な培養槽があり、その中で何かが蠢いていた。

「姉妹よ」

 声が響いた。

「目覚めの時は近い」

 フィルミナは恐怖で震えた。

 しかし、その声は優しく続けた。

「恐れることはない。我々は、真の生命を求める者たち」

---

 そして最後に、声は告げた。

「お前は最初の成功体。だが、最後ではない」

 フィルミナが目を覚ますと、研究室の培養槽の一つから、奇妙な音が聞こえた。

 ピシッ、という小さな音。

 振り返ると、培養槽の表面に細い亀裂が走っていた。

 その亀裂は徐々に広がり、やがて——

 パリン、と音を立てて、培養槽が割れた。

 中から出てきたのは——
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