転生王子はスライムを育てたい ~最弱モンスターが世界を変える科学的飼育法~

宵町あかり

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第18話 誘拐未遂と覚悟

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 割れた培養槽から這い出てきたのは、半透明の不定形な存在だった。

 スライムとも人とも違う、中途半端な形態。時折、人の腕のような突起が現れては溶けていく。顔らしき部分には、かろうじて目と口のような窪みがあるが、それも安定しない。

「これは……」

 レオンは驚きながらも、研究者の目でその存在を観察した。

 不完全な擬人体——おそらく、フィルミナのような完全な覚醒には至らなかった個体。しかし、確かに意識のようなものが宿っている。

「痛い……」

 フィルミナが突然うめいた。

 彼女の体が小刻みに震え、半透明の肌に波紋が走る。新しく現れた存在も、同じように震えていた。

「共鳴してる」

 レオンは即座に理解した。二つの存在が、何らかの形で繋がっている。

---

 シグレが素早く培養槽の破片を調べた。

「この培養槽、通常のものとは違います」

 彼の表情が険しくなる。

「内側に古代の術式が刻まれている。フィルミナの生体情報を盗み取って、複製を作ろうとしたようです」

 エルヴィーラが頷いた。

「でも、失敗した。フィルミナの覚醒は単純な生物学的現象じゃない」

 レオンは新しい存在に近づいた。

「君は……フィルミナの妹みたいなものかな」

 その存在は、レオンの声に反応して微かに形を変えた。口のような部分が動き、声にならない音を発する。

「失敗作なんかじゃない」

 レオンは優しく言った。

「別の可能性だ。君にも、きっと価値がある」

---

 朝になると、レオンは新しい個体の安定化に取り組んでいた。

 特殊な培養液を調合し、慎重に環境を整える。フィルミナも側で見守っていた。

「この子、怖がってる」

 フィルミナが心配そうに言った。

「私にも、その気持ちが伝わってくる」

 レオンは微笑んだ。

「じゃあ、フィルミナが安心させてあげて」

 フィルミナは恐る恐る手を伸ばした。その半透明の手が新個体に触れると、不思議なことが起きた。

 二体の間に、淡い光の粒子が行き来し始めたのだ。

「情報交換してる?」

 シグレが驚嘆した。

「いや、これは……感情の共有かもしれない」

---

 その穏やかな時間は、長くは続かなかった。

 昼過ぎ、研究室に複数の人影が侵入してきた。

 黒いローブを纏った集団——昨夜の地下からの侵入者と同じ装束。その数は五人。全員が顔を隠し、不気味な沈黙を保っていた。

「フィルミナを渡してもらおう」

 先頭の人物が低い声で言った。

「真の生命の解放のために」

 リヴィエルが即座に前に出た。

 メイド服の裾を翻し、戦闘態勢を取る。灰色の瞳に、冷たい殺気が宿った。

「坊ちゃまとフィルミナには、指一本触れさせません」

---

 戦闘が始まった。

 黒ローブの集団が一斉に術式を展開する。古代魔法の紋様が空中に浮かび上がり、不気味な光を放った。

 リヴィエルは素早く動いた。隠し持っていた投擲用のナイフが、正確に術式の要を貫く。一人目の術式が崩壊し、黒ローブがよろめいた。

「護衛隊長として、初仕事です」

 彼女の動きは、メイドとは思えないほど洗練されていた。

 しかし、敵の数は多い。二人目、三人目が同時に襲いかかってくる。

「リヴィエル!」

 レオンが叫んだ瞬間、予想外のことが起きた。

---

 フィルミナの体から、大量の粘液が噴出した。

 それは瞬時に固まり、リヴィエルと敵の間に透明な壁を作る。黒ローブたちの攻撃が、その壁に阻まれた。

「これは……」

 フィルミナ自身も驚いていた。

「体が、勝手に」

 レオンは即座に分析した。

「防御本能だ。フィルミナ、君は自分を守る力を持ってる」

 その光景を見た警備隊が駆けつけてきた。

「防衛成功!」

 グレイスンが叫んだ。

「軍事演習の成果が、実戦で証明されました!」

---

 黒ローブたちは撤退を始めた。

 しかし、最後の一人が不気味な言葉を残した。

「これは始まりに過ぎない。真の母体が目覚めれば、すべてが変わる」

 そして、煙幕と共に姿を消した。

 レオンは拳を握りしめた。彼の表情に、今まで見せたことのない怒りが浮かんでいた。

「許さない」

 その声は、静かだが確かな決意を帯びていた。

「もう二度と、大切なものを失わない」

 一瞬、彼の脳裏に前世の記憶がよぎった。研究を否定され、孤独の中で死んでいった自分。

 でも、今は違う。

---

 シグレが近づいてきた。

「レオン、私も本気で動きます」

 彼の金色の瞳に、決意が宿っていた。

「独自に調査を進めていますが、『生命解放団』という組織の存在を確認しました」

 エルヴィーラも頷いた。

「私の古代魔法の知識と合わせれば、彼らの正体を暴けるはずです」

 レオンは二人を見た。

「ありがとう。でも、まずはフィルミナの安全を」

 彼は研究台に向かった。

「防御を強化する新しい研究を始めます」

---

 その様子を見ていた視察団の一人が呟いた。

「軍備増強か」

 東方連合の武官が感心する。

「襲撃を受けて、即座に防衛力を高める。さすがは帝国の王子」

 カドリア王国の学者も頷いた。

「学術調査と言いながら、実は諜報活動も?」

 誤解は深まる一方だったが、レオンには気にしている暇はなかった。

---

 翌日、意外な発見があった。

 襲撃で破壊された研究棟の温室を片付けていた作業員が、驚きの声を上げた。

「これを見てください!」

 破壊された温室の床に散乱したスライムの粘液。その周辺の植物が、異常な成長を見せていたのだ。

 昨日まで苗だったトマトが、すでに実をつけている。小麦も、通常の三倍の速度で成長していた。

「農業応用の可能性」

 レオンが呟いた。

「スライムの粘液が、植物の成長を促進してる」

---

 商人ギルドのエリーゼが目を輝かせた。

「これは革命です!」

 彼女は興奮を隠せなかった。

「食糧問題の解決、農業生産性の飛躍的向上。帝国どころか、大陸全体を変える技術です」

 視察団も色めき立った。

「最弱が帝国を養う」

 東方連合の代表が感嘆した。

「軍事力ではなく、食糧生産で覇権を握るつもりか」

 レオンは首をかしげた。

「覇権? いや、みんなが豊かになればいいだけですよ」

---

 その頃、新個体の状態も安定してきていた。

 フィルミナが提案した。

「この子に名前をつけたい」

 レオンは微笑んだ。

「いいね。フィルミナが決めて」

 フィルミナは少し考えてから言った。

「プリマ。私の妹」

 プリマと名付けられた新個体は、その名前に反応するように形を変えた。少しだけ、笑っているように見えた。

「プリマ、よろしくね」

 フィルミナが優しく話しかける。

 二体の間に、温かい共鳴が生まれた。お互いの存在が、相乗効果を生み出し始めている。

---

 夕暮れ時、レオンは研究室のバルコニーに立っていた。

 リヴィエルが紅茶を持ってきた。

「坊ちゃま、お疲れ様です」

「リヴィエル、今日はありがとう」

 レオンは感謝の気持ちを込めて言った。

「君がいなかったら、フィルミナが」

 リヴィエルの頬が赤くなった。

「当然のことをしたまでです」

 でも、その瞳には複雑な感情が宿っていた。

(坊ちゃまがフィルミナを見る目は、研究対象以上のものになってきている)

---

 シグレとエルヴィーラは、夜遅くまで調査を続けていた。

「三百年前の禁忌実験」

 エルヴィーラが古文書を広げる。

「人間とスライムの融合を試みた狂気の研究」

 シグレが頷いた。

「その末裔が、今も活動している」

 二人は顔を見合わせた。

「レオンに報告しましょう」

 しかし、その時——

 エルヴィーラが持ち帰った古文書の一ページが、突然光を放った。

 そこに浮かび上がった文字を見て、二人は息を呑んだ。

 その夜、帝都の地下深くで、巨大な培養槽が脈動を始めた——
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