転生王子はスライムを育てたい ~最弱モンスターが世界を変える科学的飼育法~

宵町あかり

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第19話 変革の種が芽吹く時

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 朝の光が研究室に差し込む中、レオンは新たな実験に取り組んでいた。培養液から立ち上る甘い香りが、部屋全体に広がっている。

 農業応用の発見から三日。帝都近郊の農場から、続々と成果報告が届いていた。

「北部農場での小麦収穫量、前年比二百八十パーセント」

 シグレが報告書を読み上げる。

「東部の果樹園では、通常三年かかる成長を一年で達成」

 レオンは培養液を調整しながら頷いた。

「濃度と散布間隔の最適化が必要だね。植物の種類によって、反応が違うから」

 その純粋な研究者の姿勢が、また新たな誤解を生んでいることに、彼は気づいていなかった。

 商人ギルドの緊急会議が開かれていた。熱気で室温が上がり、興奮した商人たちの声が壁に反響する。

 エリーゼが興奮気味に説明する。

「この技術の経済的影響は計り知れません」

 彼女は試算表を示した。

「食糧価格の安定、輸出増による外貨獲得、そして何より——帝国の食糧自給率が三百パーセントを超える可能性があります」

 商人たちがざわめいた。

「第三王子は、軍事力ではなく経済力で帝国の覇権を」

「いや、これは人道的支援の布石だ。飢餓のない世界を作ろうとしている」

 執務室で、宰相ヴァレンタスは報告を聞いていた。

「民衆の支持が急速に広がっています」

 部下が伝える。

「『最弱の王子』から『豊穣の王子』へ。街では、レオン様を讃える歌まで生まれています」

 ヴァレンタスの表情は複雑だった。

(第三王子の影響力が、予想を遥かに超えている)

 彼は立ち上がった。

「皇帝陛下への謁見を申請する」

---

 フィルミナとプリマは、温室で植物の世話をしていた。湿った土の匂いと、成長する植物の青い香りが心地よい。

 プリマはまだ不安定な形態だったが、フィルミナと一緒にいると落ち着いているようだった。

「見て、プリマ」

 フィルミナが指差す先で、スライムの粘液を与えた苗が、見る見るうちに成長していく。

 プリマも真似をして、粘液を分泌した。すると、別の苗が反応を示す。

「プリマのも効果があるんだ」

 フィルミナが嬉しそうに言った。

 二体の間に、温かい共鳴が生まれる。姉妹のような絆が、日に日に深まっていた。

---

 昼過ぎ、東方連合の使節が再度訪れた。

 今度は、軍事的な警戒ではなく、別の提案を持ってきていた。

「技術協力協定を結びたい」

 使節団長が真剣な表情で言った。

「我が国の砂漠地帯での農業開発に、スライム技術を導入させていただきたい」

 レオンは目を輝かせた。

「砂漠での農業! それは面白い研究テーマですね」

 彼の純粋な反応に、使節は戸惑った。

(駆け引きも条件提示もなく、即座に興味を示すとは)

 カドリア王国からも、同様の申し出があった。

「我が国の山岳地帯は、農業には不向きです」

 王国の代表が説明する。

「しかし、スライム技術があれば、段々畑の生産性を飛躍的に向上させられる」

 レオンは頷いた。

「高地での応用は、また違った調整が必要ですね。気圧と温度の影響を考慮して」

 彼はすぐに計算を始めた。

 その姿を見て、代表は思った。

(これが帝国の新たな外交戦略か。技術を餌に、各国を取り込む)

 民衆の間でも、変化が起きていた。

 帝都の市場では、「レオン様の野菜」と呼ばれる農産物が飛ぶように売れていた。スライム技術で育てられた作物は、大きく、美味しく、そして安価だった。

「最弱の王子様が、俺たちを豊かにしてくれる」

 農民が感謝を口にする。

「もう、飢える心配はない」

 子供たちも歌っていた。

「スライムさん、スライムさん、畑を豊かにしてくれる」

 その様子を見ていたリヴィエルは、複雑な気持ちだった。

(坊ちゃまは、本当に帝国を変えようとしている)

---

 夕方、レオンは皇帝に呼ばれた。

 謁見の間で、父である皇帝アウレリウスが温かい笑みを浮かべていた。大理石の床がひんやりと冷たく、香炉から漂う白檀の香りが荘厳な雰囲気を演出している。

「レオン、お前の研究が民を幸せにしている」

 皇帝の言葉に、レオンは恐縮した。

「父上、私はただ、興味のあることを研究しているだけです」

 その謙虚な態度に、皇帝はさらに感心した。

「だからこそ、真の革新が生まれる」

 皇帝は立ち上がった。

「お前に、新たな称号を与えよう。『豊穣の探究者』の称号を」

---

 しかし、全てが順調なわけではなかった。

 シグレとエルヴィーラの調査で、不穏な動きが明らかになってきていた。

「生命解放団の活動が活発化しています」

 シグレが報告する。

「彼らは、スライム技術の『真の目的』を知っていると主張し、支持者を集めています」

 エルヴィーラも頷いた。

「古文書によれば、三百年前の実験は、単なる融合実験ではなかった」

 彼女は文書を示した。

「『新たな生命体系の創造』——それが真の目的だったようです」

 その夜、レオンは研究室で考え込んでいた。

 フィルミナが心配そうに近づいてきた。

「レオン、どうしたの?」

「フィルミナ、君は自分がどこから来たか、覚えてる?」

 突然の質問に、フィルミナは首を傾げた。

「覚えてない。でも時々、夢を見るの」

 彼女の瞳が遠くを見つめる。

「大きな水槽の中で、たくさんの光に包まれている夢」

 レオンは優しく彼女の手を取った。

「君の過去が何であれ、今の君が大切なんだ」

---

 深夜、帝都の地下で密会が行われていた。湿った石壁から滴る水音が、不気味な静寂に響く。

 黒いローブの集団が円を作り、中央には奇妙な装置が置かれていた。

「計画は順調に進んでいる」

 リーダーらしき人物が言った。

「第三王子は、知らずに我々の目的に貢献している」

 別の人物が頷いた。

「農業応用で民衆の支持を得た今、次の段階に移行する時期だ」

 装置が不気味な光を放ち、低い唸りのような音を発した。

「真の母体の覚醒まで、あと少し」

---

 翌朝、異変が起きた。

 フィルミナが突然、苦しみ始めたのだ。

「頭が……割れそう」

 彼女の体が激しく震え、半透明の肌に亀裂のような模様が走る。フィルミナの体から発する熱が、触れていないレオンにも伝わってきた。

 プリマも同じように苦しんでいた。二体の共鳴が、暴走し始めている。

「フィルミナ!」

 レオンが駆け寄った瞬間、フィルミナの瞳が一瞬、別の色に変わった。

 深い紫色——それは、人間のものでも、スライムのものでもない、何か別の存在の瞳だった。

「助けて……」

 フィルミナの口から、彼女のものではない声が漏れた。

「私たちを……解放して……」

 シグレが緊急の報告を持ってきた。

「大変です! 帝都の各所で、野生のスライムが異常行動を」

 彼の顔は青ざめていた。

「全てが同じ方向——帝都の地下に向かって移動しています」

 エルヴィーラも息を切らして駆け込んできた。

「古文書の続きを解読しました」

 彼女の手が震えていた。

「三百年前の実験で作られた『原初の母体』——それが、まだ生きているかもしれません」

 レオンは決意を固めた。

「地下に行く」

 彼の瞳に、強い意志が宿った。

「フィルミナを救うために、そして真実を知るために」

 宰相ヴァレンタスは、密かに兵を動かしていた。

「第三王子の動きを監視しろ」

 彼の表情は険しかった。

「必要なら、『保護』の名目で拘束する」

 第一王子ユリオスも、独自に動き始めていた。

「弟が何かに巻き込まれている」

 彼は配下に命じた。

「全力でレオンを支援しろ」

 帝都全体が、見えない緊張に包まれていた。

 変革の種は芽吹いた。しかし、それが花を咲かせるか、それとも毒草となるか——

 運命の歯車が、大きく動き始めていた。
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