転生王子はスライムを育てたい ~最弱モンスターが世界を変える科学的飼育法~

宵町あかり

文字の大きさ
20 / 110

第20話 地下への潜入

しおりを挟む
 朝靄が立ち込める研究室で、レオンは地図を広げていた。古い羊皮紙の匂いと、インクの香りが鼻をくすぐる。帝都の地下構造を示す図面は、三百年前のものだった。

「ここが最も可能性が高い」

 シグレが指差した場所は、帝都の旧市街地下だった。

「古い記録によれば、この辺りに研究施設があったはずです」

 エルヴィーラも頷いた。冷たい朝の空気が、緊張感を一層高めている。

「生命解放団の動きから推測すると、彼らもこの場所を目指している可能性があります」

 レオンは決意を固めた。フィルミナの苦しむ姿が脳裏をよぎる。昨夜から、彼女の状態は悪化する一方だった。

「今夜、潜入する」

 その言葉に、リヴィエルが反応した。

「お待ちください。護衛なしでは」

「リヴィエル、君も来てくれるかい?」

 レオンの純粋な問いかけに、彼女は一瞬言葉を失った。

(坊ちゃまは、私を信頼してくださっている)

「もちろんです」

 彼女の声には、職務を超えた決意が宿っていた。

---

 昼過ぎ、フィルミナの容態が急変した。

「熱い……体が、溶けそう」

 彼女の半透明な体から、異常な熱が放射されている。触れていないレオンの肌にも、その熱気が伝わってきた。プリマも同様に苦しんでいる。二体の間で、激しい共鳴が起きていた。

 突然、フィルミナの瞳が紫色に変わった。

「来て……地下に……母が……待って……」

 それは彼女の声ではなかった。より深く、より古い存在の声だった。

 レオンはフィルミナの手を握った。熱さに耐えながら、優しく語りかける。

「大丈夫、必ず助ける」

 彼の手の平が赤く腫れ上がっても、レオンは手を離さなかった。

(前世では、誰も助けられなかった。でも今度は)

 研究者としての好奇心と、保護者としての責任が、彼の中で一つになっていた。

---

 夕暮れ時、宰相ヴァレンタスは密かに部隊を配置していた。

「第三王子の動きを見逃すな」

 彼の表情は険しかった。

「地下で何が起きようと、帝国の安定が最優先だ」

 部下が頷いた。

「生命解放団の動きも活発化しています」

「両方を監視しろ。そして必要なら」

 ヴァレンタスは言葉を切った。しかし、その意図は明確だった。

 一方、第一王子ユリオスも独自に動いていた。

「レオンが危険に向かっている」

 彼は親衛隊長に命じた。

「密かに援護しろ。弟に気づかれないように」

(レオンは帝国の希望だ。失うわけにはいかない)

---

 深夜、レオン一行は旧市街の廃墟に立っていた。

 崩れかけた石造りの建物の間から、冷たい風が吹き抜ける。月明かりが、瓦礫の影を不気味に映し出していた。

「ここです」

 シグレが示した場所は、一見すると単なる古井戸だった。しかし、よく見ると、井戸の縁に古代文字が刻まれている。

「『生命の源へ』……そう書かれています」

 エルヴィーラが解読した。

 レオンが井戸を覗き込むと、底は見えなかった。しかし、かすかに甘い香りが立ち上ってくる。スライムの匂いだった。

「フィルミナ、大丈夫?」

 レオンの問いかけに、フィルミナは弱々しく頷いた。彼女の体は、井戸に近づくにつれて激しく震えていた。

「呼ばれて……いる……」

 プリマも同じように反応していた。

 一行は井戸に降りた。古い石段が螺旋状に続いている。壁は湿っていて、触れると冷たい水滴が手に付いた。下に行くほど、スライムの甘い香りが強くなっていく。

---

 地下深く降りると、そこには想像を超える光景が広がっていた。

 巨大な地下空間。天井は見えないほど高く、青白い光を放つ苔が壁一面を覆っている。その光が、幻想的な雰囲気を作り出していた。

 そして、無数の野生スライムが蠢いていた。

「これは……」

 シグレが息を呑んだ。

 スライムたちは、ある一点に向かって移動していた。まるで、見えない力に引き寄せられているかのように。

「向こうに何かある」

 エルヴィーラが指差した方向に、古い建造物が見えた。

 近づくにつれて、その全貌が明らかになった。三百年前の研究施設だった。石造りの建物は部分的に崩壊していたが、中央の塔だけは無傷で残っていた。

 入口には、警告文が刻まれていた。

「『生命の真理に触れし者、その代償を知るべし』」

 レオンは躊躇なく中に入った。

(真実を知らなければ、フィルミナを助けられない)

---

 施設内部は、予想以上に保存状態が良かった。

 壁には、実験の記録と思われる壁画が描かれている。人間とスライムの融合実験。しかし、それは単なる融合ではなかった。

「新しい生命体系の創造……」

 シグレが壁画を解読した。

「彼らは、人間でもスライムでもない、第三の存在を作ろうとしていた」

 フィルミナが突然立ち止まった。

「ここ……知ってる」

 彼女の瞳に、記憶の断片がよみがえる。

「白い部屋……たくさんの人……痛い実験……」

 レオンは優しく彼女を支えた。

「思い出さなくていい。今の君が大切なんだ」

 しかし、フィルミナは首を振った。

「知りたい。私が何者なのか」

 その時、奥から低い振動音が聞こえてきた。まるで、巨大な心臓の鼓動のように。

---

 最深部にたどり着いた時、一行は言葉を失った。

 巨大な培養槽があった。高さ十メートルはあろうかという円筒形の容器。その中には、青い液体が満たされている。

 そして、その中心に「それ」はいた。

 人間の女性のような上半身と、巨大なスライムの下半身を持つ存在。半透明の体は、内部の臓器のようなものが透けて見える。閉じられた瞼の下で、眼球が動いていた。

「原初の母体……」

 エルヴィーラが震え声で言った。

 フィルミナとプリマが激しく反応した。二体の体が共鳴し、培養槽の存在と呼応し始める。

 すると、母体の瞼がゆっくりと開いた。

 深い紫色の瞳が、フィルミナを見つめた。

「我が……娘……」

 その声は、直接頭の中に響いてきた。古く、悲しみに満ちた声だった。

「やっと……会えた……」

 フィルミナの体が、培養槽に向かって引き寄せられる。

「お母……さん?」

---

 その瞬間、複数の勢力が同時に到着した。

 まず、生命解放団の黒いローブの集団。

「ついに、母体の覚醒の時が来た!」

 リーダーが叫んだ。

「新たな世界の始まりだ!」

 次に、ヴァレンタスの兵士たち。

「第三王子、これ以上は危険です」

 隊長が武器を構えた。

「速やかに撤退を」

 そして、ユリオスの援軍。

「レオン様をお守りしろ!」

 三つの勢力が、培養槽を中心に対峙した。

 緊張が極限まで高まる中、母体が再び口を開いた。

「愚かな……人間ども……」

 その声と共に、培養槽の液体が激しく泡立ち始めた。

「お前たちが……私を……作った……」

 レオンは、フィルミナを抱きしめながら叫んだ。

「みんな、武器を下ろして! 話し合いで解決できるはずだ!」

 しかし、その純粋な訴えは、各勢力によって異なる解釈をされた。

(第三王子は、母体を手に入れようとしている)

(いや、破壊しようとしているのかもしれない)

(それとも、新たな実験を始めるつもりか)

 母体の瞳が、レオンに向けられた。

「お前は……違う……」

 その言葉の意味を理解する前に、培養槽に亀裂が走った。

 青い液体が溢れ出し、地下空間全体が振動し始めた。

「みんな、逃げるんだ!」

 レオンが叫んだ瞬間、天井から瓦礫が降り注いできた。

 崩壊が始まっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

世界一簡単にレベルアップ ~魔物を倒すだけでレベルが上がる能力を得た俺は、弱小の魔物を倒しまくって異世界でハーレム作る事にしました~

きよらかなこころ
ファンタジー
 シンゴはある日、事故で死んだ。  どうやら、神の手違いで間違って死んでしまったシンゴは異世界に転生することになる。  転生する際にオマケに『魔物を倒すだけでレベルが上がる』能力を貰ったシンゴ。  弱小の魔物を倒してレベルを上げ、異世界でハーレムを作る事を企むのだった。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

転生辺境の雑用兵、知らぬ間に世界最強になっていた件 〜追放されたけど美女たちに囲まれて安寧生活〜

eringi
ファンタジー
辺境軍の雑用兵として転生した青年・レオン。異世界に転生したのに、剣も魔法も地味でパッとしない日々。ところが彼の“地味な努力”が、実は世界の理をゆるがすほどの能力だと気づく者が次々と現れる。貴族令嬢、魔族の姫、神官少女──気づけばハーレム状態に。追放された元仲間が破滅していく流れの中、本人だけは「俺、そんな強いかな?」と首をかしげる。無自覚最強×ざまぁ×追放後スローライフ×英雄伝説が交錯する、異世界逆転ストーリー。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣で最強すぎて困る

マーラッシュ
ファンタジー
旧題:狙って勇者パーティーを追放されて猫を拾ったら聖獣で犬を拾ったら神獣だった。そして人間を拾ったら・・・ 何かを拾う度にトラブルに巻き込まれるけど、結果成り上がってしまう。 異世界転生者のユートは、バルトフェル帝国の山奥に一人で住んでいた。  ある日、盗賊に襲われている公爵令嬢を助けたことによって、勇者パーティーに推薦されることになる。  断ると角が立つと思い仕方なしに引き受けるが、このパーティーが最悪だった。  勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。  ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。  勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。  プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。  しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。  それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。  そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。  これは自重できない異世界転生者が色々なものを拾った結果、トラブルに巻き込まれ解決していき成り上がり、幸せな異世界ライフを満喫する物語である。

ホームレスは転生したら7歳児!?気弱でコミュ障だった僕が、気づいたら異種族の王になっていました

たぬきち
ファンタジー
1部が12/6に完結して、2部に入ります。 「俺だけ不幸なこんな世界…認めない…認めないぞ!!」 どこにでもいる、さえないおじさん。特技なし。彼女いない。仕事ない。お金ない。外見も悪い。頭もよくない。とにかくなんにもない。そんな主人公、アレン・ロザークが死の間際に涙ながらに訴えたのが人生のやりなおしー。 彼は30年という短い生涯を閉じると、記憶を引き継いだままその意識は幼少期へ飛ばされた。 幼少期に戻ったアレンは前世の記憶と、飼い猫と喋れるオリジナルスキルを頼りに、不都合な未来、出来事を改変していく。 記憶にない事象、改変後に新たに発生したトラブルと戦いながら、2度目の人生での仲間らとアレンは新たな人生を歩んでいく。 新しい世界では『魔宝殿』と呼ばれるダンジョンがあり、前世の世界ではいなかった魔獣、魔族、亜人などが存在し、ただの日雇い店員だった前世とは違い、ダンジョンへ仲間たちと挑んでいきます。 この物語は、記憶を引き継ぎ幼少期にタイムリープした主人公アレンが、自分の人生を都合のいい方へ改変しながら、最低最悪な未来を避け、全く新しい人生を手に入れていきます。 主人公最強系の魔法やスキルはありません。あくまでも前世の記憶と経験を頼りにアレンにとって都合のいい人生を手に入れる物語です。 ※ ネタバレのため、2部が完結したらまた少し書きます。タイトルも2部の始まりに合わせて変えました。

戦えない魔法で追放された俺、家電の知識で異世界の生存率を塗り替える

yukataka
ファンタジー
安全を無視したコスト削減に反対した結果、 家電メーカーの開発エンジニア・三浦恒一は「価値がない」と切り捨てられた。 降格先の倉庫で事故に巻き込まれ、彼が辿り着いたのは――魔法がすべてを決める異世界だった。 この世界では、魔法は一人一つが常識。 そんな中で恒一が与えられたのは、 元の世界の“家電”しか召喚できない外れ魔法〈異界家電召喚〉。 戦えない。派手じゃない。評価もされない。 だが、召喚した家電に応じて発現する魔法は、 戦闘ではなく「生き延びるための正しい使い方」に特化していた。 保存、浄化、環境制御―― 誰も見向きもしなかった力は、やがて人々の生活と命を静かに支え始める。 理解されず、切り捨てられてきた男が選ぶのは、 英雄になることではない。 事故を起こさず、仲間を死なせず、 “必要とされる仕事”を積み上げること。 これは、 才能ではなく使い方で世界を変える男の、 静かな成り上がりの物語。

異世界に転生したら?(改)

まさ
ファンタジー
事故で死んでしまった主人公のマサムネ(奥田 政宗)は41歳、独身、彼女無し、最近の楽しみと言えば、従兄弟から借りて読んだラノベにハマり、今ではアパートの部屋に数十冊の『転生』系小説、通称『ラノベ』がところ狭しと重なっていた。 そして今日も残業の帰り道、脳内で転生したら、あーしよ、こーしよと現実逃避よろしくで想像しながら歩いていた。 物語はまさに、その時に起きる! 横断歩道を歩き目的他のアパートまで、もうすぐ、、、だったのに居眠り運転のトラックに轢かれ、意識を失った。 そして再び意識を取り戻した時、目の前に女神がいた。 ◇ 5年前の作品の改稿板になります。 少し(?)年数があって文章がおかしい所があるかもですが、素人の作品。 生暖かい目で見て下されば幸いです。

処理中です...