転生王子はスライムを育てたい ~最弱モンスターが世界を変える科学的飼育法~

宵町あかり

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第31話 裏切りと信頼

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 古代遺跡の内部は、想像を超えた光景だった。

 直径百メートルはある巨大な円形ホール。壁一面に刻まれた古代文字が、淡い金色の光を放っている。そして中央には、人の背丈ほどの光の球体が静かに浮遊していた。それは、まるで小さな太陽のようだった。

「これが……古代の技術か」

 ヴァレリアのガルヴァン将軍が、剣を握りしめたまま呟いた。歴戦の勇士である彼も、この神秘的な光景には圧倒されている。

「神の御業に違いない……」

 セレスティアのメルキオール大司教が、聖歌を歌い始めた。清らかな旋律が遺跡内に響き渡る。

「商品価値、計測中——測定不能」

 東方連合のチェン・ロン会頭は、記録装置を取り出して撮影を開始した。魔道具の光が遺跡を照らす。

「わー! 光ってる~!」

 マリーナが無邪気に駆け出した。まるで子供のように、光の球体に手を伸ばそうとする。

「危ないです!」

 テラが慌てて彼女の手を掴んだ。

「……古代の装置は……予測不能です」

 レオンは研究ノートを開き、必死に記録を取っていた。プリマも興奮したようにぷるぷると震えている。

「記録、記録……素晴らしい! こんな完璧な保存状態は初めてだ!」

 その時だった。

---

「スライムは人類の敵だ!」

 叫び声と共に、黒いローブをまとった集団が隠し通路から雪崩れ込んできた。二十名ほどの武装集団——生命解放団の残党だった。

 先頭に立つ男が、フードを脱ぎ捨てた。鋭い目つきと、頬に走る古い傷跡。元幹部のザカリアスだった。

「三百年前の悲劇を繰り返すな! 覚醒個体は破壊の使者だ!」

 ザカリアスが杖を振るうと、紫色の魔法陣が展開された。対スライム用の特殊魔法——魔素を乱す結界が遺跡全体を覆う。

 フィルミナが苦痛の声を上げた。白いスライムたちが、まるで酸に触れたかのように縮こまる。

「痛い……!」

 マリーナも膝をついた。水色のスライムたちが震えている。

「……うっ」

 テラも顔を歪めた。茶色のスライムたちが、地面に沈み込んでいく。

「何をしている!」

 ガイウス隊長が剣を抜いて応戦した。帝国兵十名が続く。しかし、狭い遺跡内での戦闘は困難を極めた。

「帝国の自作自演か?」

 ガルヴァン将軍が疑いの目を向けた。

「試練の一部なのか?」

 メルキオール大司教も困惑している。

「利益にならない戦闘は回避」

 チェン・ロンは部下と共に後退を始めた。

「やはり罠だったか」

 アイゼン男爵率いる北方勢も警戒態勢を取る。

 混戦状態の中、レオンは必死に研究ノートを抱えていた。

「研究データが……! これが失われたら……!」

 プリマを守りながらも、記録を死守しようとするその姿は、まさに研究バカの極みだった。

---

「……邪魔です」

 テラが地面に両手を触れた瞬間、大地が応えた。

 ゴゴゴゴゴ——

 岩の槍が、まるで竹の子のように次々と突き出す。生命解放団の戦士たちが、一瞬で宙に釣り上げられた。誰も傷つけることなく、ただ動きを封じる精密な制御。

「……疲れました」

 テラは小さくため息をつくと、また小動物を探し始めた。戦闘など興味がないという態度で、遺跡の隅に座り込む。

「すごい……」

 レオンが感嘆の声を上げた。

「地質操作と精密制御の組み合わせ……素晴らしい!」

 しかし、ザカリアスはまだ諦めていなかった。

「まだだ! まだ終わっていない!」

 懐から黒い石を取り出す。それは、禁忌とされる自爆魔法の触媒だった。

「道連れにしてやる! この遺跡ごと——」

 その時、遺跡の入り口から堂々とした声が響いた。

「弟を傷つける者は許さん」

---

 銀色の鎧に身を包んだユリオスが、帝国正規軍百名を率いて現れた。その威風堂々とした姿は、まさに帝国の剣と呼ばれるにふさわしい。

 一瞬の静寂。

 レオンとユリオスの目が合った。複雑な表情で見つめ合う兄弟。言葉が出ない数秒間が、永遠のように感じられた。

「兄上……なぜここに」

 レオンが研究ノートを背中に隠しながら問いかけた。

「父上の命だ」

 ユリオスの答えは簡潔だった。だが、その目には別の感情が宿っている。

 プリマが二人の間でぷるぷると震えた。まるで緊張を和らげようとするかのように、緑の光を放つ。

「道連れにしてやる!」

 ザカリアスが自爆魔法の詠唱を始めた。黒い石が不吉な光を放ち始める。遺跡全体が振動し始めた。

「全員退避!」

 ガイウス隊長が叫んだ。

 だが、逃げ道はない。出口は一つしかなく、そこには帝国軍がいる。

 フィルミナ、マリーナ、テラの三人が手を繋いだ。青、白、茶色の光が混ざり合い、防御結界を展開しようとする。

「でも……力が足りない……」

 フィルミナが苦しそうに呟いた。

 ユリオスが前に出た。

「私が盾になる」

「兄上!」

 レオンが叫んだ。

「レオン、お前の研究を続けろ。それが……お前の道だ」

 初めて、ユリオスが弟の選んだ道を認める言葉を口にした。

---

「兄上を失いたくない!」

 レオンの感情が爆発した。今まで抑えていた思いが、一気に溢れ出す。

 プリマが激しく脈動した。レオンの感情に完全に同調し、緑の光が爆発的に増幅される。

「プリマ、力を貸してくれ!」

 四つの光——青、白、茶、そして緑が初めて完全に共鳴した。螺旋を描いて天井へと昇っていく虹色の光。それは、新たな可能性の誕生だった。

 虹色の防御壁が、自爆魔法を完全に包み込んだ。破壊のエネルギーが、まるで綿に吸収されるように消えていく。

「なぜ……スライムなんかを……」

 ザカリアスが膝をついた。黒い石が砕け散り、魔法が霧散する。

「理解したいからだ」

 レオンが静かに答えた。

「恐怖じゃなく、理解を選ぶ。それが研究者としての私の道だ」

 ザカリアスの拳が震えた。

「綺麗事だ! 三百年前、私の村はスライムの暴走で滅びた! 家族も、友も、みんな——」

 声が震え、泣き崩れそうになる。しかし、フィルミナが前に出た。傷ついた体で、それでも優しく微笑んで。

「あなたの痛み、分かります。でも……私たちも、ただ生きたいだけなんです」

 ザカリアスが顔を上げた。その瞳に、フィルミナの真摯な姿が映る。

「だが……お前たちは兵器だ。古代の遺物で——」

「違います」

 テラが静かに言った。

「……三百年前、私は見ていました。人とスライムが一緒に笑っていた時代を。暴走は……事故でした」

 ザカリアスの中で、何かが揺らいだ。長年信じてきた憎しみ。それが、真実ではないかもしれないという可能性。

「いや……でも……」

 まだ抵抗する。三百年の憎しみは、簡単には消えない。

 その時、マリーナが無邪気に近づいた。

「ねぇ、おじさん。怖いのは分かるよ~。でもね、怖いだけじゃ何も変わらないんだよ~」

 小さな水の球を作り、ザカリアスの前に浮かべる。それは美しく、無害で、ただそこにある。

「ほら、水も溺れることもあるけど、命を育むこともできる。全部は使い方次第なの~」

 その言葉に、ザカリアスの目から涙が溢れた。

「私は……間違っていたのか……? 三百年も……憎しみ続けて……」

 プリマが彼のそばに寄り添った。緑の光が、優しく包み込む。

「憎しみを手放すのは、勇気がいる。でも、その先には新しい世界がある」

 ザカリアスは長い間、黙っていた。そして、やがて——

「……もう、疲れた」

 三百年の憎しみに囚われていた男は、ついに武器を手放した。死んではいない。ただ、長い悪夢から解放されたかのように、安らかな表情を浮かべていた。

---

 戦闘が終わり、静寂が戻った。

 ユリオスとレオンは、まだ向かい合っていた。

「お前は変わった」

 ユリオスが口を開いた。

「昔のお前なら、研究ノートだけを守ろうとしただろう」

「兄上も変わりました」

 レオンが答えた。

「昔の兄上なら、私の研究を認めなかったはずです」

 ユリオスが苦笑した。

「父上はお前を認め始めている。だが、気をつけろ。敵は内にもいる」

「ヴァレンタス宰相ですか」

「……さあな」

 二人は握手をしなかった。まだ、そこまでの関係ではない。だが、背中を預けられる程度には、お互いを理解し始めていた。

 プリマが二人の間でぷるぷると震えた。まるで「仲良くして」と言っているかのように。

「一緒に研究を……」

 レオンが提案しかけたが、ユリオスは首を横に振った。

「それは無理だな。私には私の道がある」

 だが、その表情は以前より柔らかかった。

---

 その時、中央の光の球体が反応した。

 四体共鳴の余波を受けて、球体が虹色に輝き始める。古代文字が流れるように変化し、現代語へと変換されていく。

『調和を求めし者たちよ』

『過去の過ちから学べ』

『統合への鍵は理解にあり』

 空中に、光の地図が浮かび上がった。大陸各地に点在する遺跡の位置。五つの鍵の在処。そして中央に記された「始まりの地」の文字。

「これは我が国のものだ!」

 ガルヴァン将軍が叫んだ。

「いや、神の啓示は我らに!」

 メルキオール大司教も負けじと主張する。

「商業的価値を平等に分配すべきだ」

 チェン・ロン会頭が記録装置を向ける。

 小競り合いが始まろうとした、その時——

「みんなで……分けませんか?」

 テラが純粋な瞳で見つめた。

「争いより……協力の方が……楽しいです」

 その無垢な提案に、大人たちは言葉を失った。

「情報は全て公開します」

 レオンが宣言した。

「皆で謎を解きましょう。真実は一つですが、解釈は人それぞれ。それでいいじゃないですか」

 本音を言えば、研究仲間が増えるのは大歓迎だった。データは多い方が良いに決まっている。

---

 各国の代表たちは、渋々ながらも情報の共有を受け入れた。記録装置で地図を撮影し、それぞれの解釈で動き始める。

「ヴァレリアは西の鍵を探す」

 ガルヴァン将軍が宣言した。

「セレスティアは東を」

 メルキオール大司教が十字を切る。

「東方連合は南だ」

 チェン・ロンが算盤を弾く。

「じゃあ私たちは北~!」

 マリーナが手を挙げた。アクアマリン女王の使者として、正式に探索に加わることになった。

 五つの鍵を巡る競争が始まった。だが、それは対立ではなく、奇妙な協力関係の始まりでもあった。

 ユリオスが帝国軍を率いて撤収を始めた。去り際、彼は振り返ることなく言った。

「レオン、死ぬなよ」

「兄上こそ」

 短い言葉の交換。だが、そこには確かに兄弟の絆があった。

「さあ、研究の続きだ!」

 レオンが研究ノートを広げた。プリマがぷるぷると喜びの震えを見せる。

 三体の覚醒個体も、それぞれの方法で準備を始めた。フィルミナは祈るように、マリーナは踊るように、テラは……また小動物を探していた。

 古代遺跡に、新たな希望の光が灯った。

 だが、帝都では暗い影が動き始めていることを、まだ誰も知らない。
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