転生王子はスライムを育てたい ~最弱モンスターが世界を変える科学的飼育法~

宵町あかり

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第37話番外編 日常への帰還

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 朝の光が、研究室の窓から差し込んでいる。

 ビーカーの中で虹色に散る光を眺めながら、レオンは満足そうに頷いた。机の上には、各国から送られてきた研究レポートが山積みになっている。どれも『スライム共生学』に関する最新の成果だ。

「レオン様、朝食はまだですか?」

 フィルミナが、心配そうに覗き込んでくる。青い体が朝日を反射して、まるで宝石のように輝いていた。

「あと少しで実験が——」

「ダメです。まずは栄養補給を」

 有無を言わせぬ口調で、フィルミナはレオンの手から試験管を取り上げた。助手として完璧な仕事ぶりだが、相変わらず過保護なところは変わらない。

「わーい! 新しい実験~!」

 マリーナが、隣の実験台で何やら混ぜ始めた。海色の体が弾むように動き、試験管の中身が不穏な色に変化していく。

 次の瞬間。

 ドカン!

 小規模な爆発が起き、研究室に煙が充満した。

「あら~、また失敗~」

 マリーナがケロッとした顔で言う。頭の上にススが乗っているのに、まったく気にしていない。

「...予想通りです」

 テラが窓辺で静かに呟いた。手にはじょうろを持ち、新しく植えたサボテンに水をやっている。よく見ると、小声で何か話しかけているようだ。

「成長してね...楽しみです」

 赤茶色の瞳に、以前にはなかった柔らかな光が宿っている。

 プリマが机の上で跳ねた。

「今日も賑やかだね!」

 虹色に輝く小さな体は、統合システムと繋がってから、より鮮やかになったような気がする。

---

 通信魔道具が光った。

「殿下、ガルヴァンです」

 ヴァレリア王国の鉄の将軍からの定期報告だった。画面の向こうで、彼は誇らしげに胸を張っている。

「『スライム騎兵隊』の創設が完了しました!」

 レオンは首を傾げた。

「騎兵隊...ですか?」

「はい! レオン殿下の構想通り、スライムと兵士が一体となって戦う部隊です」

 画面に映る光景に、レオンは言葉を失った。

 兵士たちが、巨大化したスライムに乗って行進している。スライムの上に鞍まで付けられていた。

「いや、僕が言ったのは共同研究で——」

「謙遜なさらずとも! 殿下の軍事的天才は、もはや世界中が認めるところです」

 通信が切れた。

 レオンは深いため息をついた。

「なんでそうなる...」

---

 次の通信は、セレスティア教国のメルキオールからだった。

「レオン様、素晴らしい報告があります」

 背景に見えるのは、荘厳な大聖堂。そして、その中央には——

「スライム像を建立いたしました。神の使いとして」

 巨大な金色のスライム像が、聖堂の中で神々しく輝いている。信者たちがその前で祈りを捧げていた。

「毎日、千人以上の巡礼者が訪れています」

「えっと...それは...」

「救世主レオン様に感謝を!」

 信者たちの声が、通信越しに響いてくる。

「アーメン!」

 レオンは頭を抱えた。

「違う...僕はただの研究者で...」

 でも、通信はすでに切れていた。

---

 東方連合のチェン・ロンからは、経済報告が届いた。

「スライム産業の利益率、300%を突破しました」

 魔道計算機を操作しながら、彼は満足そうに微笑んでいる。背景には、スライムグッズの山が見えた。ぬいぐるみ、置物、アクセサリー、果ては『スライム饅頭』まで。

「レオン殿下の経済戦略、見事です」

「経済戦略...?」

「この調子で、世界経済を掌握しましょう」

 通信が切れる前に、チェン・ロンが古い手帳——妻のレシピ帳を大切そうに撫でているのが見えた。

「君が言った通りだった。心が一番大切だって」

 彼の呟きが、かすかに聞こえた。

---

 マリーナ王国からは、アクアマリン女王直々の連絡が入った。

「レオンく~ん! 海洋スライム研究所、完成したよ~!」

 画面の向こうで、彼女が手を振っている。背景に見えるのは、巨大な水槽施設。中では色とりどりのスライムたちが泳いでいた。

「レオンくんの真似して作ったの~」

 よく見ると、研究所というより巨大な遊び場のようだ。子供たちがスライムと一緒に水遊びをしている。

「研究は~?」

「研究? 何それ~? 楽しければいいじゃない~」

 マリーナが横から顔を出した。

「女王様~! 私も遊びたい~!」

「いいよ~ 一緒に泳ごう~」

 二人の海色スライムが、仲良く水槽に飛び込んでいった。

---

 そして、意外な人物から連絡が入った。

 ヴァレンタス元宰相——いや、今はスライム保護局長官だった。

「レオン殿下、新しいデータです」

 かつての敵は、今や最も熱心な協力者となっていた。画面の向こうで、彼は白いスライムたちと共に調査を行っている。

「古代遺跡から、興味深い記録が」

 その目に、もう憎しみの色はない。贖罪と、そして新たな使命への情熱が宿っている。

「償いきれませんが...少しでも」

「宰相...いえ、長官。過去は過去です」

 レオンの言葉に、ヴァレンタスは深く頭を下げた。

 彼の背後で、家族の幻影が微笑んでいるのが見えた。今は、穏やかに。

---

 午後になって、異変が起きた。

 プリマが突然、北を向いて震え始めたのだ。

「なんか...感じる」

 虹色の体が、不規則に明滅している。

「仲間...かも?」

 フィルミナが心配そうに近づいた。

「プリマ、大丈夫?」

「北の彼方から...共鳴が」

 レオンが素早く機器を操作する。魔力探知装置が、強い反応を示していた。

「極北の永久凍土...ここだ」

 地図上の一点を指差す。人類未踏の氷の大地。

「氷のスライム?」

 マリーナが首を傾げる。

「いや...もっと別の何か」

 テラが静かに言った。大地の記憶を読み取ったのか、その表情は真剣だ。

「...凍結した時間。過去と未来をつなぐ者」

 プリマが不思議な言葉を口にした。

「私たちが共鳴、循環、蓄積、統合なら、第五は...保存?」

 フィルミナが不安そうに呼びかけた。

「保存って、何を?」

「わからない。でも、きっと大切な何か」

 レオンの目が、研究者特有の輝きを放った。

「新しい研究対象だ!」

 その瞬間、研究室の全員が彼を見た。

「すぐに調査隊を編成しよう! 装備を整えて、補給物資を——」

「また危険な旅に...」

 フィルミナが心配そうに呟く。でも、その目には諦めも含まれていた。レオン様の研究熱は、もう止められない。

「冒険だ~! 楽しそう~!」

 マリーナが両手を挙げて喜ぶ。すでに出発の準備を始めている。

「...寒そう」

 テラの現実的な一言が、場の空気を少し冷やした。

「でも...会いに行こう!」

 プリマが跳ねながら言う。その声には、期待と不安が混じっていた。

---

 その夜、各国に新たな噂が広がった。

「レオン殿下が北方征服を開始するらしい」

 ヴァレリアの酒場で、兵士たちが囁き合う。

「いや、氷の軍団を作る気だ」

 セレスティアの聖堂で、修道士たちが震え声で話す。

「世界の気候を操作して、農業を支配するつもりだ」

 東方連合の商館で、商人たちが計算を始める。

 レオンは、研究室でそれらの報告を聞きながら、もはや慣れた様子で首を振った。

「なんでそうなる...」

 でも、もう気にしない。研究ができれば、それでいい。

---

 出発の朝。

 王都の門前には、大勢の人々が集まっていた。見送りに来た市民たち、そして——

「護衛部隊、準備完了です」

 各国から派遣された『護衛』という名の監視部隊が、ずらりと並んでいる。

 ガイウス隊長が、相変わらずの過保護ぶりで装備を確認していた。

「殿下、防寒具は三重に。緊急用の魔法陣も——」

「ガイウス、大丈夫だ」

「でも殿下の護衛は私の使命です」

 その顔は真剣そのものだが、どこか楽しそうでもあった。

 リヴィエルが駆け寄ってきた。

「レオン様、お気をつけて」

 執事服の襟を正しながら、彼は苦笑いを浮かべる。

「噂の火消しは任せてください」

 そして小声で付け加えた。

「...無理だと思いますけど」

---

 出発の時が来た。

 レオンは振り返り、集まった人々を見渡した。

 転生してもう2年。

 死にかけた自分を、小さなスライムが救ってくれたあの日から。

 まさか、こんなに大きな物語になるとは思わなかった。

 研究したかっただけなのに。

 理解したかっただけなのに。

 でも——

 フィルミナの献身的な眼差し。

 マリーナの無邪気な笑顔。

 テラの静かな優しさ。

 プリマの虹色の輝き。

 みんなと出会えて、本当に良かった。

「行こう」

 レオンが一歩を踏み出す。

 北へ。

 新しい研究へ。

 新しい出会いへ。

 空は青く澄み渡り、風が優しく吹いている。

 第5の覚醒個体が待つ、極北の地へ。

 物語は、まだまだ続く。

 研究は、永遠に終わらない。

---

 数日後、極北への旅の途中。

 野営地で、レオンは研究ノートを広げていた。

「第5の覚醒個体の特性予測...氷属性なら、結晶構造が——」

「レオン様、お茶です」

 フィルミナが温かい紅茶を差し出す。

「ありがとう」

 レオンが顔を上げると、満天の星空が広がっていた。

「きれいだね~」

 マリーナが寝転がって空を見上げている。

「...星も、記憶を持っています」

 テラが静かに呟く。

「みんな一緒だから、楽しい!」

 プリマが嬉しそうに跳ねる。

 焚き火を囲んで、護衛部隊の面々も思い思いに過ごしている。

 ガイウスは警戒を怠らず、でも表情は柔らかい。

 各国の兵士たちも、いつの間にか打ち解けていた。

 レオンは微笑んだ。

 これが、新しい時代。

 人とスライムが共に歩む時代。

 まだ始まったばかりだけど、きっと素晴らしい未来が待っている。

 そう信じて——

 レオンは、また研究ノートに向き直った。
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