11 / 110
第11話 公開実験
しおりを挟む
早朝の陽光が魔法学院の大講堂を照らしている。通常であれば静寂に包まれているはずの巨大なホールに、今日は数百の椅子が整然と並べられていた。
レオン・アルケイオス第三王子による、史上初のスライム研究公開実験の日である。
舞台となる演台には、ガラス製の水槽と様々な実験器具が配置されている。レオンは準備を進めながら、胸中で密かに溜息をついていた。
(なぜこんな大事になったんだろう。ただ基礎研究の成果を発表するだけなのに)
昨夜までの騒動を思い返す。皇帝陛下の実験継続許可を受けて、シグレが「これは学術界に公開すべきだ」と提案したのが始まりだった。気がつけば、貴族から一般市民まで数百人の聴衆を前にした大規模な発表会となってしまった。
「レオン様、緊張されていますか?」
後ろから声をかけられ振り返ると、フィルミナが心配そうな表情を浮かべていた。今日の彼女は特別製の淡い青色のドレスを身に纏っている。スライムから進化した彼女にとって、正装は初めての体験だった。
「君の方こそ大丈夫?今日は多くの人に見られることになる」
「はい。レオン様のお役に立てるなら、何でもいたします」
フィルミナの澄んだ瞳に宿る真摯な想いに、レオンは胸が温かくなるのを感じた。彼女の存在が、今の自分にとってどれほど支えになっているか計り知れない。
---
開始時刻が近づくにつれ、講堂内の喧騒が増していく。
前列には帝国の重鎮たちが座っている。ヴァレンタス宰相の険しい表情、シグレ・マカレアの期待に満ちた眼差し、そしてユリオス第一王子の複雑な表情。
中央部には学者や魔法研究者たちが陣取り、熱心に議論を交わしている。彼らの多くは懐疑的な視線をレオンに向けていた。
「第三王子の研究が本物だとは思えんな」
「所詮は王子の道楽だろう。スライムが何の役に立つというのだ」
後列には好奇心旺盛な一般市民たちが座り、歴史の目撃者になることへの興奮を隠し切れずにいる。
時計の針が正時を指した瞬間、講堂内が静寂に包まれた。
レオンが演台に立ち上がる。
「皆様、本日はお忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます。私、レオン・アルケイオスより、スライムの基礎的な生態と培養実験について発表させていただきます」
(基礎研究の発表。それ以上でも以下でもない)
レオンの心境とは裏腹に、聴衆の視線は期待と緊張に満ちていた。
---
「まず、スライムという生物の基本的な構造について説明いたします」
レオンは手慣れた様子で、準備していた図表を示しながら解説を始めた。前世の生物学知識を異世界の言葉で翻訳し、誰にでも理解できるように噛み砕いて説明する。
「スライムの細胞構造は非常にシンプルです。しかし、そのシンプルさゆえに、環境適応能力が極めて高いのです」
聴衆の中で、学者たちがメモを取り始める。レオンの説明は理路整然としており、これまで誰も言語化できなかった観察結果を見事に体系化していた。
「そして、この適応能力こそが、スライムの真の可能性なのです。フィルミナ、お願いします」
フィルミナが小さく頷き、演台に向かって歩いていく。彼女の優雅な動作に、講堂内からざわめきが漏れた。
「こちらが、私の研究室で培養されたスライムです。フィルミナと名付けています」
(あくまで研究対象の個体名。学術的な分類のため)
レオンの意図とは関係なく、聴衆の間に驚嘆の声が響く。
「人の形をしている...」
「美しい...まるで妖精のようだ」
フィルミナは少し頬を赤らめながらも、レオンの指示に従って基本的な能力を披露し始めた。
---
「まず、形態変化能力をお見せします」
フィルミナの身体が薄い青色の光に包まれ、液体状へと変化していく。次の瞬間、彼女は水槽の中で本来のスライムの姿に戻っていた。
講堂内が静寂に包まれる。
そして再び光が生まれ、フィルミナが人型の姿を取り戻した。今度はドレスではなく、実験用の簡素な服装に変わっている。
「衣服も含めて形態を制御できるのです。これは魔素との相互作用によるものだと考えられます」
(物質の状態変化。前世の物理学で説明できる現象だ)
観客席では、口をあんぐりと開けた貴族たちの姿があった。魔法研究者たちは興奮のあまり立ち上がり、一般市民たちは息を呑んで見守っている。
「次に、治癒能力をお見せします」
レオンは小さなナイフで自分の手の平に浅い傷をつけた。血が滲み出る。
「レオン様!」
フィルミナが慌てて駆け寄り、そっと彼の手に触れる。淡い青色の光が傷口を包み込み、数秒後には完全に治癒していた。
今度は講堂内から感嘆の声が上がった。
「すごい...」
「あんな傷が一瞬で...」
レオンは冷静に解説を続ける。
「スライムの細胞再生能力を応用したものです。傷ついた組織の修復を促進します」
(細胞の再生促進。メカニズムさえ理解すれば応用は可能だ)
---
実演は予定を上回る成果を見せていた。
フィルミナは戦闘能力、物質の分解と合成、環境適応、さらには簡単な魔法まで披露した。それぞれの能力について、レオンは科学的な観点から理論的な説明を加えていく。
聴衆の反応も、最初の懐疑から驚愕、そして畏敬へと変化していた。
「最後に、最も重要な能力をお見せします」
レオンがそう言うと、フィルミナは微笑みながら演台の中央に立った。
「皆様」
フィルミナが清らかな声で語りかける。
「私は確かにスライムから生まれました。でも、今は一人の人として、レオン様への想いを抱いています」
彼女の言葉に、講堂内が再び静寂に包まれた。
「私たちスライムには、愛する心があります。学ぶ心があります。成長する心があります。レオン様が教えてくださったのです。命あるものは皆、尊いのだということを」
フィルミナの言葉が終わった瞬間、講堂内は割れんばかりの拍手に包まれた。
観客たちは立ち上がり、スタンディングオベーションを送っている。
---
(なぜこんなに喜んでいるんだろう)
レオンは困惑していた。自分としては、基礎的な研究成果を発表しただけのつもりだった。培養条件の調整、観察記録の蓄積、能力の体系化。すべて前世で学んだ科学的手法の応用に過ぎない。
しかし、聴衆の反応は彼の想像を遥かに超えていた。
「素晴らしい!」
「新時代の扉を開いた!」
「これは歴史に残る発見だ!」
シグレが興奮した表情で駆け寄ってくる。
「レオン!君がやったことの重要性がわかるか?生命創造の理論化だ!これまで不可能とされていた人工生命体の創造を、君は科学的手法で実現した!」
(生命創造...?僕はただスライムの培養条件を調整しただけなのに)
一方、ヴァレンタス宰相の表情は険しいままだった。彼はユリオス王子に近づき、何事かを囁いている。
ユリオスの表情が曇った。
(兄上には理解してもらえなかったか)
レオンは少し寂しい気持ちになったが、すぐに前向きな考えに切り替えた。研究を続けていけば、いつか理解してもらえるはずだ。
---
実験終了後、レオンとフィルミナは控室で一息ついていた。
「お疲れ様でした、レオン様」
フィルミナが優しく微笑みかける。
「君もお疲れ様。完璧な実演だったよ」
「ありがとうございます。でも...」
フィルミナが少し不安そうな表情を見せる。
「あの宰相様の表情が怖かったです。レオン様に何か悪いことが起きるのではないでしょうか」
レオンは彼女の頭をそっと撫でた。
「大丈夫。僕たちは何も悪いことはしていない。真実の追求に善悪はないんだ」
(研究者として当然の信念。これまでもこれからも変わらない)
しかし、フィルミナの不安は的中していた。
隣室では、ヴァレンタス宰相が厳しい表情で部下に指示を出している。
「あの研究は危険すぎる。帝国の根幹を揺るがしかねん。手を打つ必要がある」
---
その夜、王宮の夕食は異例の盛り上がりを見せていた。
「レオン!お前の実験は見事だった!」
皇帝陛下が上機嫌で杯を掲げる。
「ありがとうございます、父上」
レオンは素直に喜んだ。研究成果を認めてもらえたことが何より嬉しかった。
「学術界からも絶賛の声が届いている。魔法学院からは共同研究の申し出が殺到しているそうだな」
「はい。多くの先生方が興味を示してくださっています」
(やっと研究仲間が見つかる。これまでの孤独な研究から解放される)
しかし、ユリオスだけは沈黙を守っていた。
食事の後、ユリオスがレオンを呼び止める。
「レオン、少し話がある」
二人だけになると、ユリオスの表情が真剣になった。
「今日の実験は確かに素晴らしかった。しかし、同時に非常に危険でもある」
「危険?何がでしょうか」
「お前が生み出したフィルミナという存在だ。あれは既存の秩序を根底から覆す可能性がある」
レオンは首をかしげた。
「秩序?僕には理解できません」
「そこがお前の危うさだ」
ユリオスの声に憂いが滲んだ。
「お前は純粋すぎる。研究以外のことが見えていない。だが、政治は違う。お前の研究成果は必ず悪用される」
(悪用...?科学的知識に善悪はないはずなのに)
「でも、知識の発展は人類の進歩につながります」
「その楽観主義が心配なのだ」
ユリオスは深く溜息をついた。
「ヴァレンタス宰相は既にお前を危険視している。今後、さらなる圧力がかかるだろう」
---
その頃、フィルミナは自分の部屋で今日の出来事を振り返っていた。
(多くの人に見られて緊張したけれど、レオン様のお役に立てて良かった)
しかし、宰相の険しい視線が脳裏に焼き付いて離れない。
(レオン様を守らなければ)
彼女の中で、新しい感情が芽生えていた。愛する人を守りたいという、人間らしい強い意志。
窓の外を見上げると、星空が広がっている。
(明日からどうなるのだろう)
レオンもフィルミナも、この公開実験が帝国全体を巻き込む大きな変革の引き金となることを、まだ知らずにいた。
新時代の幕は、静かに、しかし確実に上がろうとしていた。
---
翌朝、帝国各地から驚きの報告が届き始める。
昨日の実験を見た商人たちが、スライムの商業利用について問い合わせを始めたのだ。治癒能力を使った医療事業、形態変化を活用した建設業、分解能力を応用した清掃業。
(想像もしていなかった応用分野だ)
レオンは届いた大量の手紙を前に、改めて自分の研究の影響力を実感していた。
「レオン様、これらの問い合わせにはどうお答えしますか?」
リヴィエルが効率的に手紙を分類しながら尋ねる。
「まずは学術的な検証を進めたい。商業利用はその後の話だ」
(基礎研究が第一。応用は十分な検証の後で)
しかし、世間の期待は既にレオンの想像を超えて膨らんでいた。
市民たちは口々に語り合っている。
「第三王子様が新しい時代を作ってくださる」
「あのスライムの娘さんは美しかった」
「これで我が帝国も安泰だ」
(なぜ帝国の安泰に結びつくんだろう)
レオンには理解できない反応ばかりだった。しかし、その純粋さこそが、さらなる奇跡を生み出す原動力となることを、彼はまだ知らない。
第一章の終わりと共に、真の物語が始まろうとしていた。
レオン・アルケイオス第三王子による、史上初のスライム研究公開実験の日である。
舞台となる演台には、ガラス製の水槽と様々な実験器具が配置されている。レオンは準備を進めながら、胸中で密かに溜息をついていた。
(なぜこんな大事になったんだろう。ただ基礎研究の成果を発表するだけなのに)
昨夜までの騒動を思い返す。皇帝陛下の実験継続許可を受けて、シグレが「これは学術界に公開すべきだ」と提案したのが始まりだった。気がつけば、貴族から一般市民まで数百人の聴衆を前にした大規模な発表会となってしまった。
「レオン様、緊張されていますか?」
後ろから声をかけられ振り返ると、フィルミナが心配そうな表情を浮かべていた。今日の彼女は特別製の淡い青色のドレスを身に纏っている。スライムから進化した彼女にとって、正装は初めての体験だった。
「君の方こそ大丈夫?今日は多くの人に見られることになる」
「はい。レオン様のお役に立てるなら、何でもいたします」
フィルミナの澄んだ瞳に宿る真摯な想いに、レオンは胸が温かくなるのを感じた。彼女の存在が、今の自分にとってどれほど支えになっているか計り知れない。
---
開始時刻が近づくにつれ、講堂内の喧騒が増していく。
前列には帝国の重鎮たちが座っている。ヴァレンタス宰相の険しい表情、シグレ・マカレアの期待に満ちた眼差し、そしてユリオス第一王子の複雑な表情。
中央部には学者や魔法研究者たちが陣取り、熱心に議論を交わしている。彼らの多くは懐疑的な視線をレオンに向けていた。
「第三王子の研究が本物だとは思えんな」
「所詮は王子の道楽だろう。スライムが何の役に立つというのだ」
後列には好奇心旺盛な一般市民たちが座り、歴史の目撃者になることへの興奮を隠し切れずにいる。
時計の針が正時を指した瞬間、講堂内が静寂に包まれた。
レオンが演台に立ち上がる。
「皆様、本日はお忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます。私、レオン・アルケイオスより、スライムの基礎的な生態と培養実験について発表させていただきます」
(基礎研究の発表。それ以上でも以下でもない)
レオンの心境とは裏腹に、聴衆の視線は期待と緊張に満ちていた。
---
「まず、スライムという生物の基本的な構造について説明いたします」
レオンは手慣れた様子で、準備していた図表を示しながら解説を始めた。前世の生物学知識を異世界の言葉で翻訳し、誰にでも理解できるように噛み砕いて説明する。
「スライムの細胞構造は非常にシンプルです。しかし、そのシンプルさゆえに、環境適応能力が極めて高いのです」
聴衆の中で、学者たちがメモを取り始める。レオンの説明は理路整然としており、これまで誰も言語化できなかった観察結果を見事に体系化していた。
「そして、この適応能力こそが、スライムの真の可能性なのです。フィルミナ、お願いします」
フィルミナが小さく頷き、演台に向かって歩いていく。彼女の優雅な動作に、講堂内からざわめきが漏れた。
「こちらが、私の研究室で培養されたスライムです。フィルミナと名付けています」
(あくまで研究対象の個体名。学術的な分類のため)
レオンの意図とは関係なく、聴衆の間に驚嘆の声が響く。
「人の形をしている...」
「美しい...まるで妖精のようだ」
フィルミナは少し頬を赤らめながらも、レオンの指示に従って基本的な能力を披露し始めた。
---
「まず、形態変化能力をお見せします」
フィルミナの身体が薄い青色の光に包まれ、液体状へと変化していく。次の瞬間、彼女は水槽の中で本来のスライムの姿に戻っていた。
講堂内が静寂に包まれる。
そして再び光が生まれ、フィルミナが人型の姿を取り戻した。今度はドレスではなく、実験用の簡素な服装に変わっている。
「衣服も含めて形態を制御できるのです。これは魔素との相互作用によるものだと考えられます」
(物質の状態変化。前世の物理学で説明できる現象だ)
観客席では、口をあんぐりと開けた貴族たちの姿があった。魔法研究者たちは興奮のあまり立ち上がり、一般市民たちは息を呑んで見守っている。
「次に、治癒能力をお見せします」
レオンは小さなナイフで自分の手の平に浅い傷をつけた。血が滲み出る。
「レオン様!」
フィルミナが慌てて駆け寄り、そっと彼の手に触れる。淡い青色の光が傷口を包み込み、数秒後には完全に治癒していた。
今度は講堂内から感嘆の声が上がった。
「すごい...」
「あんな傷が一瞬で...」
レオンは冷静に解説を続ける。
「スライムの細胞再生能力を応用したものです。傷ついた組織の修復を促進します」
(細胞の再生促進。メカニズムさえ理解すれば応用は可能だ)
---
実演は予定を上回る成果を見せていた。
フィルミナは戦闘能力、物質の分解と合成、環境適応、さらには簡単な魔法まで披露した。それぞれの能力について、レオンは科学的な観点から理論的な説明を加えていく。
聴衆の反応も、最初の懐疑から驚愕、そして畏敬へと変化していた。
「最後に、最も重要な能力をお見せします」
レオンがそう言うと、フィルミナは微笑みながら演台の中央に立った。
「皆様」
フィルミナが清らかな声で語りかける。
「私は確かにスライムから生まれました。でも、今は一人の人として、レオン様への想いを抱いています」
彼女の言葉に、講堂内が再び静寂に包まれた。
「私たちスライムには、愛する心があります。学ぶ心があります。成長する心があります。レオン様が教えてくださったのです。命あるものは皆、尊いのだということを」
フィルミナの言葉が終わった瞬間、講堂内は割れんばかりの拍手に包まれた。
観客たちは立ち上がり、スタンディングオベーションを送っている。
---
(なぜこんなに喜んでいるんだろう)
レオンは困惑していた。自分としては、基礎的な研究成果を発表しただけのつもりだった。培養条件の調整、観察記録の蓄積、能力の体系化。すべて前世で学んだ科学的手法の応用に過ぎない。
しかし、聴衆の反応は彼の想像を遥かに超えていた。
「素晴らしい!」
「新時代の扉を開いた!」
「これは歴史に残る発見だ!」
シグレが興奮した表情で駆け寄ってくる。
「レオン!君がやったことの重要性がわかるか?生命創造の理論化だ!これまで不可能とされていた人工生命体の創造を、君は科学的手法で実現した!」
(生命創造...?僕はただスライムの培養条件を調整しただけなのに)
一方、ヴァレンタス宰相の表情は険しいままだった。彼はユリオス王子に近づき、何事かを囁いている。
ユリオスの表情が曇った。
(兄上には理解してもらえなかったか)
レオンは少し寂しい気持ちになったが、すぐに前向きな考えに切り替えた。研究を続けていけば、いつか理解してもらえるはずだ。
---
実験終了後、レオンとフィルミナは控室で一息ついていた。
「お疲れ様でした、レオン様」
フィルミナが優しく微笑みかける。
「君もお疲れ様。完璧な実演だったよ」
「ありがとうございます。でも...」
フィルミナが少し不安そうな表情を見せる。
「あの宰相様の表情が怖かったです。レオン様に何か悪いことが起きるのではないでしょうか」
レオンは彼女の頭をそっと撫でた。
「大丈夫。僕たちは何も悪いことはしていない。真実の追求に善悪はないんだ」
(研究者として当然の信念。これまでもこれからも変わらない)
しかし、フィルミナの不安は的中していた。
隣室では、ヴァレンタス宰相が厳しい表情で部下に指示を出している。
「あの研究は危険すぎる。帝国の根幹を揺るがしかねん。手を打つ必要がある」
---
その夜、王宮の夕食は異例の盛り上がりを見せていた。
「レオン!お前の実験は見事だった!」
皇帝陛下が上機嫌で杯を掲げる。
「ありがとうございます、父上」
レオンは素直に喜んだ。研究成果を認めてもらえたことが何より嬉しかった。
「学術界からも絶賛の声が届いている。魔法学院からは共同研究の申し出が殺到しているそうだな」
「はい。多くの先生方が興味を示してくださっています」
(やっと研究仲間が見つかる。これまでの孤独な研究から解放される)
しかし、ユリオスだけは沈黙を守っていた。
食事の後、ユリオスがレオンを呼び止める。
「レオン、少し話がある」
二人だけになると、ユリオスの表情が真剣になった。
「今日の実験は確かに素晴らしかった。しかし、同時に非常に危険でもある」
「危険?何がでしょうか」
「お前が生み出したフィルミナという存在だ。あれは既存の秩序を根底から覆す可能性がある」
レオンは首をかしげた。
「秩序?僕には理解できません」
「そこがお前の危うさだ」
ユリオスの声に憂いが滲んだ。
「お前は純粋すぎる。研究以外のことが見えていない。だが、政治は違う。お前の研究成果は必ず悪用される」
(悪用...?科学的知識に善悪はないはずなのに)
「でも、知識の発展は人類の進歩につながります」
「その楽観主義が心配なのだ」
ユリオスは深く溜息をついた。
「ヴァレンタス宰相は既にお前を危険視している。今後、さらなる圧力がかかるだろう」
---
その頃、フィルミナは自分の部屋で今日の出来事を振り返っていた。
(多くの人に見られて緊張したけれど、レオン様のお役に立てて良かった)
しかし、宰相の険しい視線が脳裏に焼き付いて離れない。
(レオン様を守らなければ)
彼女の中で、新しい感情が芽生えていた。愛する人を守りたいという、人間らしい強い意志。
窓の外を見上げると、星空が広がっている。
(明日からどうなるのだろう)
レオンもフィルミナも、この公開実験が帝国全体を巻き込む大きな変革の引き金となることを、まだ知らずにいた。
新時代の幕は、静かに、しかし確実に上がろうとしていた。
---
翌朝、帝国各地から驚きの報告が届き始める。
昨日の実験を見た商人たちが、スライムの商業利用について問い合わせを始めたのだ。治癒能力を使った医療事業、形態変化を活用した建設業、分解能力を応用した清掃業。
(想像もしていなかった応用分野だ)
レオンは届いた大量の手紙を前に、改めて自分の研究の影響力を実感していた。
「レオン様、これらの問い合わせにはどうお答えしますか?」
リヴィエルが効率的に手紙を分類しながら尋ねる。
「まずは学術的な検証を進めたい。商業利用はその後の話だ」
(基礎研究が第一。応用は十分な検証の後で)
しかし、世間の期待は既にレオンの想像を超えて膨らんでいた。
市民たちは口々に語り合っている。
「第三王子様が新しい時代を作ってくださる」
「あのスライムの娘さんは美しかった」
「これで我が帝国も安泰だ」
(なぜ帝国の安泰に結びつくんだろう)
レオンには理解できない反応ばかりだった。しかし、その純粋さこそが、さらなる奇跡を生み出す原動力となることを、彼はまだ知らない。
第一章の終わりと共に、真の物語が始まろうとしていた。
20
あなたにおすすめの小説
世界一簡単にレベルアップ ~魔物を倒すだけでレベルが上がる能力を得た俺は、弱小の魔物を倒しまくって異世界でハーレム作る事にしました~
きよらかなこころ
ファンタジー
シンゴはある日、事故で死んだ。
どうやら、神の手違いで間違って死んでしまったシンゴは異世界に転生することになる。
転生する際にオマケに『魔物を倒すだけでレベルが上がる』能力を貰ったシンゴ。
弱小の魔物を倒してレベルを上げ、異世界でハーレムを作る事を企むのだった。
家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~
北条新九郎
ファンタジー
三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。
父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。
ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。
彼の職業は………………ただの門番である。
そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。
二月から週二回更新になります。お気に入り・感想、宜しくお願いします。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする
初
ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。
リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。
これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。
社畜のおじさん過労で死に、異世界でダンジョンマスターと なり自由に行動し、それを脅かす人間には容赦しません。
本条蒼依
ファンタジー
山本優(やまもとまさる)45歳はブラック企業に勤め、
残業、休日出勤は当たり前で、連続出勤30日目にして
遂に過労死をしてしまい、女神に異世界転移をはたす。
そして、あまりな強大な力を得て、貴族達にその身柄を
拘束させられ、地球のように束縛をされそうになり、
町から逃げ出すところから始まる。
猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる
暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。
授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる