トラウマ奴隷少女剣士は異世界でも生き延びられますか?

月見もや

文字の大きさ
7 / 29

第7話 おぞましい家

しおりを挟む
 同刻。
 淑音しとねの暮らしていた蒼月家の屋敷。
 門の前には未だに、警察車両が複数台並んでいて、事件現場特有の緊張した空気で張り詰めている。

 何しろ普段事件のない街だから、住民の不安は大きかった。
 早期の解決が望まれていたのは、言うまでもない。
 そんな期待に応えるかのように、制服に身を包んだ警察官が入口に二人。
 屋敷の出入りを鋭い眼光で見張っている。

 淑音の母親には、事情を聞くために一旦警察署に出向いてもらっている。
 それで事件以降、関係者以外の出入りは禁じられているので、屋敷内は数十人の警察関係者しかいない。

 屋敷内部、蒼月家の所有する道場内にも二人の男。

「やっぱり逃げた娘で決まりですかね」

 蒼月家で起こった事件を担当することになった比較的若い刑事竹本が言った。
 パートナーである老年の刑事高杉は、事件が起こった道場の床に座り込み何やら検分している。
 眉間と手に刻まれた深い皺が熟練の刑事であることを物語っている。

「……状況からみればそうだな」

 重々しく高杉が言う。
 無駄にしわがれた声のせいで、実際の年齢より上に見られることが多いのを、高杉は気にしていた。

「でも、あの母親もおかしなもんですよね。仮に本当に娘が殺したにせよ、もう少し娘をかばうようなことが言えなかったんですかね」

 母親は警察が現場に到着するなり、「淑音がやった」とひたすらに喚いて現場の人間を困らせた。
 そんな状況を、聞き及んでいたからこその竹本の発言である。
 そういう感想を持つのも、理解できる。

「滅多なことを言うもんじゃねえよ。証人には正直に語ってもらわねえとこっちも仕事が面倒になる」

 けれど立場上、高杉はこう言うしかない。
 竹本の軽口に釘を指したものの、高杉も妙な違和感を覚えていた。
 父親は義理だが、母親は「実」のはずだ。
 だから、すべて娘がやったと喚いていた姿はやけに印象的に記憶にこびりついている。
 どうにもきな臭い家庭だと、高杉は思う。
 高杉自身もふたりの娘がいるが、果たして娘がこんな事件を引き起こしたとして庇わずにいられるだろうかと考える。
 刑事とはいえ人間だ。
 躊躇なく正しい選択が出来るとは限らない。
 自分という人間をそこまで高く買っているわけではないのが、この高杉という人間である。

──あの母親、娘を疎んじていたのか。

 これもありえない話ではない。
 そういう親がいることも高杉は知っている。
 目をそむけたくなるような汚い感情が渦巻くのがこの世間というものだ。

 ではなぜ疎まれていたのか。
 それについても推測が付く。

「義父は半裸の状態で斬り殺されたって話でしたね。これって、つまり──」

 竹本の言葉には返事をせず、高杉は思考の海に漂っていた。
 つまり、義父は娘に手を出そうとしていたということだ。

  実の娘ではなかった。
 しかし、それでもおぞましい話である。
 状況を聞きおよぶに、義父は道場を娘が継いだことに腹を立てていたという。
 娘に対する嫉妬が、いつから劣情に転化したのか。
 いや、どちらも同時に持ち合わせていたのだろう。
 娘に劣情を燃やしていることにいつからか気づいた母親は、その怒りを夫にではなく娘に向けたのかもしれない。

「そんなやつ、言ってしまったらあれですけど……」

 竹本は言葉にしなかった。
 が、言外に「死んで当然」と言ったのがよくわかった。
 うっかり同意してしまうのをこらええつつ、高杉は言う。

「お前は口より手を動かせ」

「わかってますよ」

 竹本が大して気にした様子もなく頷く。
 娘には動機がある。
 性的な虐待がどの程度に及んでいたのかは分からないが、義父に殺意をいだくことがあってもおかしなことではなかったろう。
 耐えかねてついに、というところだろうか。

 だがまだ疑問が残る。武器として使用されたはずの真剣がどこにもなかった。
 あんな長い刀を持ち歩いていたら、いくら人通りが少ないこの街でも誰かしらが目撃するはずだ。
 そんな通報はないし、娘の行方は忽然と消えてしまった。

「おかしいよな」

 高杉の呟きに、竹本は分かっているのかどうなのか

「はい」

 と返答した。

 ***

 淑音しとね達は簡易の鉄の檻に入れられ、人の往来を眺めていた。
 都市の中心部に近いこの場所は、淑音の街よりももしかしたら賑わっているかもしれない。
 異様な熱気ともいえるものがここにはあった。

 南国の果物が露店に並べられ、店主が通り過ぎる人たちに呼び込みの声を張り上げている。
 こうした賑わいにあまり慣れていない旅人達は、そんな威勢の良い店主に捕まって、なんだか分からない果物を山ほど買わされているようだ。
 その向こうには、見るからに胡散臭い宝石を扱う露天商。
 通り過ぎる金払かねばらいの良さそうな商人や、旅人を誘い込もうと、露出の多い娼婦が、まだ昼間だというのに悩ましげな視線で誘惑している。
 とにかくありとあらゆる物が、街を行き巡っていた。
 どんな欲望でも叶うというのは、決して誇張ではなさそうだった。

 そんな中で、誰も檻に入れられた淑音たちに注目することがないのが、異様だ。
 ここの人々には大して珍しい光景ではないのだ。
 当たり前のように人が売り買いされているのが、この都市での日常。
 淑音の常識など、到底ここにはおよばない。

 肩口の痛みは徐々に引いてきているが、当然ながら淑音の心中しんちゅうは穏やかではなかった。
 それでも少しでも、自分が置かれている現状を探らなければならない。
 そういえば、ミリィに「闘技用の奴隷」について尋ねる途中だったことを思い出す。

「ミリィ。闘技用の奴隷って……」

 背後のミリィに尋ねる。
 小さな檻の中に4人の奴隷が押しこまれているので、とても窮屈だった。
 ミリィは淑音とほとんど身体が接触している距離にいる。

「……知らないの?」

 ミリィは精も根も尽きたような表情を浮かべている。
 表情からするに恐ろしいものなのだろう。

「この都市の中央にコロシアムがあるの。そこで奴隷たちは死ぬまで戦わされる。この都市はそれを見世物にして莫大な利益を得ているの」

 ミリィは言葉にするのも恐ろしいというように言った。

──なるほど、ローマの剣闘士のようなものか。
  歴史の授業で習ったことがある。

 その程度の知識でしかないが、奴隷たちが絶望に突き落とされた気持ちがよくわかった。
 同じように奴隷に身を窶した者たちが命がけで殺しあう。
 その凄惨さがどの程度のものか全ては計り知れないが、この世の地獄のような光景だろう。
 もしこの目の前のミリィと戦わなければならなくなったとして、自分はこの人を殺せるのかと考えて淑音はぞっとする。
 けれど、淑音だって他の多くの奴隷と同じように死にたくはないのだ。
 何もわからない土地で、何もわからないまま死んでいく。
 それを考えただけで叫びたくなりそうだった。

「あんたが、カーミラに逆らわなければ!」

 ミリィの後ろから声がした。
 ミリィの背後にいた男が発した声だった。
 たった一言のその言葉に心臓を鷲掴みにされたように感じる。
 理不尽だと思うが、返す言葉がなかった。
 確かにカーミラに逆らわなければ、ただの労働用の奴隷になれたのだ。
 淑音は無言で俯いた。

「淑音を責めるんじゃないよ! こんな少女に責任を押し付けるのかい!」

 ミリィは振り向いて男を責める。

「だってよ……。だって、俺にだって故郷に家族がいるんだ……。こんなところで死ぬわけにはいかねんだよ」

 男は言葉を詰まらせた。
 何も言えなかった。
 言い返す気もおきなかった。
 ただミリィだけが淑音の手を強く握ってくれていた。

「ごめんなさい……」

 淑音はそれだけ言葉を絞り出すと、あとは何も語らなかった。
 他の奴隷たちも言葉を失って沈黙だけが残る。
 賑やかな市場で淑音達だけが言葉を失っていた。

「お前、迷い人だな」

 場違いな男の声が聞こえたのはそのすぐ後だった。
 静かな落ち着いた男の声だった。
 ふと見上げると、頭まで深くかぶった長衣の男が、小柄な従者を引き連れて檻の近くまでやって来ていた。
 男はどうやら淑音に話しかけているらしい。

「どこから来た?」

 男が尋ねる。
 今まで何度かあった問答をまた繰り返すのかと、少しうんざりしたが淑音は素直に答えた。

「日本からです」

「やはりな」

 男の返答は意外なものだった。
 今まで誰も、奴隷仲間も含めて、「日本」という国を聞いたことがないとの返答だった。
 その答えに淑音は大きく目を見開いた。

「日本をご存じなのですか!?」

「ああ、実際には知らないが、かつて誰かから聞いたことがある」

 見知らぬ土地で初めて足がかりとなりそうな情報に出会えたことで、淑音の胸は高鳴った。

「お前のような『迷い人』を探していた。その見たこともない服装。『迷い人』に違いない」

「わたしは淑音です! あなたは?」

「俺はロウドだ。連れはチサトと言う」

 小柄な連れが小さく頭を下げた。
 まだ幼い少女のようにも見える。
 その姿は、ローブに覆われていてよく見えない。

「ロウド様。どうかわたしたちを助けてください!」

 淑音は藁にも縋る思いで懇願した。
 せっかく声のぬしに繋がりそうな人物に出会えたのだ。
 みすみす死ぬわけにはいかない。

「恰好を見る限りかなりの裕福な方とお見受けします。なんでもします。ですからどうかわたしを買ってください」

 目の前のこの男が、そんなことをして何の得になるというのか。
 淑音には、そんな諦めが付きまとっていたが、例えこの身を差し出すことになったとしても、仲間の奴隷を助けるべきだと、淑音を突き動かすものがあった。

「わたしだと。まさかとは思うが、そこにいる4人全員を買えというのか。言っては何だが俺はお前以外いらん」

「ですから、なんでもしますと言っています」

 天井からもたらされたたった一つの蜘蛛の糸を手放すわけにはいかなかった。
 ここの人たちを救うためには、自分の命以外の何もかもを投げ出さなければならないかもしれない。
 しかし、ここの人たちの命が危ぶまれているのは自身の責任もあると、淑音は思っていた。
 ロウドは目を細めて、淑音をそして後ろの数名を見遣る。
 ロウドは何かを考慮しているかのようで、淑音にとっては息が詰まりそうな沈黙だった。

「……だが、お前の持ち主はもはや、別の誰かと交渉を終えたようだが」

 淑音がロウドの背後にいるカーミラを見つける。
 カーミラは淑音達の方は見ておらず、手元に小さな小袋を握ってお金を数えているようだった。
 金銭のやり取りがすでに終わったようで、これから淑音達奴隷を新たな主人の元に引き渡すつもりでいるらしい。
 背後から背の高いふたりの男が連れだっている。
 淑音は愕然とした。

──間に合わなかった……。

 目の前が真っ暗になる。

「3日待て。あの新しい主人から俺が買い戻してやる」

 ロウドはカーミラが戻る前に急いで告げた。
 淑音は顔を上げて今聞いた言葉の意味を咀嚼そしゃくし直す。

「買い戻す」と確かにそう言った。
 たった一本の細く千切ちぎれそうな糸はまだ繋がっていた。

「お願いします。ロウド様」

「それまで生きていろ」

 それだけ言うとロウドと連れは人込みの中に消えて行ってしまった。
 姿が消えてしまったことがとても心細く感じた。
 書面にしたわけでもないただの口約束。
 反故ほごにされないとも限らない何の保証もない言葉に、今は縋り付くしかない。
 無力感が全身にまとわりわりついていた。
 だが、全くの暗闇でもないと淑音は自分を鼓舞した。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。 異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。 一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。 娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。 そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。 異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。 娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。 そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。 3人と1匹の冒険が、今始まる。 ※小説家になろうでも投稿しています ※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!  よろしくお願いします!

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。

秋田ノ介
ファンタジー
  88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。  異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。  その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。  飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。  完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。  

処理中です...