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第2話 それはまるで囚人護送の様でした。
しおりを挟む私は怒っていた。
結論から言えば昨晩はどこにも泊まらなかった。
夜通しノンストップで馬車に揺られ続けたのである。
その扱いは令嬢どころか囚人の様であった。
自分自身が所謂世間一般の貴族令嬢らしくない事など当の昔に理解しているが、この扱いはあんまりではないだろうか。
揺れなど全く軽減されない安物の馬車の中に荷物と共に詰め込まれ、横にすらなれない状況で、夜通し馬車に揺られたのである。
これを拷問と言わずに何と言うのであろうか。
私のお尻は既に限界を迎えていた。
肉付きの悪さがそれにさらに拍車をかけていた。
馬車が大きく跳ねるたびに硬いシートに打ち付けられる骨盤が悲鳴をあげる。
「ねえエミリッタ、二人でどこかに逃げ出しましょう。このままだと私、殺されてしまうわ」
故に私がそんな血迷った事を宣ってしまうのも不可抗力だと主張したい。
そんな苦行に危うく私の心が折れそうになった頃、漸く馬車が止まった。
遂にこの悪夢の様な苦行から解放されるのだ。
私は笑みに顔を綻ばせ、御者へと声をかけた。
「今夜はここに泊まるの?来た事のない街だけど、ここはどこかしら?」
「いえお嬢様、ここには泊まりませんよ。流石に馬が限界なので新しい馬と交換するんです。もう間も無く代えの馬が来るので、そしたら出発です。あと1日夜通しかければ王都に着きますよ」
もう少しで婚約者に会えますね。と実にいい笑顔で返した御者の一言は私の折れかけていた心を完全にへし折るには十分だった。
「ねえエミリッタ、おかしいと思うの。いくら家が貧乏で行き遅れかけてる私が家に負担をかけているとは言え、実の娘に対してこの仕打ちはあんまりだと思うの。馬車を引いている馬の方が丁重に扱われてるじゃない。私、次に父様と母様と会った時、まともに挨拶できる自信が無くなったわ」
あの後、直ぐに出発した馬車に再び揺られながら私は共に馬車に揺られる従者へと愚痴をこぼした。
「旦那様も奥様も一度走り出したら止まれない部類の人間ですからね。今回の件に関しては些か暴走気味ですが」
「常時こんな暴走されてたら私は多分もうこの世にいないわ。大体なんでこんなに急いでるのよ、王都まで2日っておかしいでしょ。普通なら4日はかかるわよ。1日2日遅れた所で私は腐ったりしないわ」
「お嬢様、既に腐っているものがそれ以上変化しないと言うのは些か暴論に過ぎます。腐敗は有機物が不完全分解されている状態の事ですので、時間が経てば更に分解が進みやがて完全に変質するかと」
「学術的に皮肉を言うのはやめて、今の私の精神状況じゃ貴女の嫌味は致命傷になりかねないわ。泣くわよ、泣き喚くわよ」
「失礼しました。まあ、取り繕って返答するならば、旦那様も奥様もお嬢様の嫁ぎ先には刻苦されてましたからね、漸く報われて少々舞い上がってしまったのでしょう。ですがそれも可愛い娘の将来を思えばの事でございます。些か暴走が過ぎるとは言え、愛ゆえの行為でありますれば、笑って受け止めるだけの度量は必要かと存じます」
「なるほどなるほど、で、取り繕わなければ?」
「社交に対して全くやる気の感じられない、学問にばかり現を抜かす問題児に思わぬところから婚約の話が飛び込んでこれ幸いにと飛びつき、逃げられる前にさっさと既成事実を作ってしまおうという魂胆かと。旦那様も最近は若干諦めている節がありましたので」
「うぐっ」
容赦のない言葉に私は聞くんじゃなかったと後悔した。
「エミリッタ、もしかして機嫌悪い?」
「いえ、私は従者ですからお嬢様の所為でどの様なめに会おうと決して腹をたてたりなど致しません。ただ、お嬢様が婚活をサボって学問に現を抜かしていたツケに付き合わされるこちらの身にもなって頂けたら幸いです」
「エミリッタの機嫌が悪い事だけは良く分かったわ」
そんなやりとりをしつつ、お互い会話すら億劫になる程グロッキーになった頃、私たちを乗せた馬車は漸く王都の門をくぐった。
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