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第1話 それはそれはドナドナしておりました。

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王都へと向かう馬車の中、私は頭を抱えていた。
気分はまさに売られていく家畜のそれである。
思えば今日という日は私、メリッサ・アーレンハイムのそれほど長くない人生の中でも一番の厄日かもしれない。
朝起きたら目の上にものもらいができていたし、毎日其れなりに丁寧に世話をしていた鶏は、薄情にもたいして飛べもしないくせに大空へと羽ばたいてしまった。
お気に入りのカチューシャは日曜学校に通うクソガキのせいでその短い生涯に幕を閉じ、昼食後に食べようと取っておいたアップルパイはいつの間にか母親のお腹の中へと消えていた。
そして……、ほんの数刻前の出来事を思い返して私はため息を吐く。
それは麗らかな午後の事であった。
母との交渉の末、アップルパイの代わりに洋梨のタルトを勝ち取った私は、自宅の居間で紅茶とともにそれを優雅に味わっていた。
朝から怒涛の不運に見舞われていた私であったが、この時はそんな不幸も忘れて実に幸せな気分であった。
しかし、そんな些細な幸福もドタドタと慌ただしく居間へと現れた父によっていとも容易く壊された。

「メリッサ喜べ、お前に婚約の申し込みがあったぞ。それもなんとアルトシュタイン公爵家からだ」

父のその発言に我が家の居間は蜂の巣を突いた様な騒ぎとなった。
侍女からは黄色い悲鳴が上がり、母は「こうしてはいられないわ」と呟いたかと思うと飲みかけの紅茶を放置したまま居間を飛び出し、父は行き遅れなくて良かったと安堵の呟きと共に涙を流していた。
そんな周りの様子を私は至って冷静に、且つ頬を引きつらせながら眺めていた。

”父様、母様落ち着いてください。きっと裏がありますよ。もしくは騙されてます。公爵家の当主がわざわざこんな田舎の貧乏子爵の三女を嫁に欲しがる訳がないでしょ。18にもなって未だに婚約のこの字すら話題になった事のない様な娘ですよ。そんな美味しい話が来るはずがありません。現実をみてください”

等と心の中で思っても、浮かれまくる両親や従者を前にとても口には出せなかった。
周囲とのあまりの温度差にため息を着けば、私付きの侍女であるエミリッタが苦笑いを浮かべる。

”父様も母様も完全に乗り気になってしまっているけれど、なんとかならないかしら?”

そう視線で問いかけるが、無情にも首は横に振られた。
私はもう一度ため息をつくと味のしなくなったタルトと紅茶を急いで平らげた。


その後、まるで夜逃げの準備でもするかの様な慌ただしさで準備が進められ、私は荷物とエミリッタと一緒に馬車に詰め込まれる。
その乱雑な扱いと言ったらまるで家畜の出荷の様であった。
気分は完全にドナドナである。

「王都についたらモンロー伯を頼りなさい。伯爵夫人も偉く乗り気で協力は惜しまないとの事だ、きっと素晴らしい場を用意してくれるだろう。私たちはシーズンが始まったらそちらに向かうから、少しの間一人でおとなしくしているんだよ。エミリッタも苦労をかけるがメリッサの事を頼む」
「未来の婚約者様に失礼の無い様にね、礼儀正しくするのですよ」

父様と母様はまくし立てる様にそう言うと、こちらの意思など一切伝える暇などなく馬車は出発してしまった。
対面に座るエミリッタに視線をやれば、なんとも言えない苦笑いが張り付いている。
父様によって爆弾が投下されて以降、彼女の顔にはずっとその苦笑いが張り付いていた。
このままでは苦笑いがデフォルトになってしまいそうだ。
私は窓から外を眺めるともう一度ため息を吐く。
車窓から見える太陽は既にだいぶ傾いていた。

「これ、今日はどこに泊まればいいのかしら」

その呟きは誰に拾われる事もなく車窓から外へと溢れた。
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