女騎士は満たされない

皆月潤

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~プロローグ~

-4- 提案

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「清水用宗、余から其方に一つ提案がある」

そう言った閻王からは先程までの弛緩した雰囲気は完全に消えていた。

「聞かせてください」

全裸で鎖に縛られた状態ではあるが、それでも精一杯姿勢を正して返答を待つ。

「単刀直入に言うぞ、清水用宗、地獄ではなくここでは無い別の世界へと落ちてくれぬか?そこはこの世界と多少似ておるが、この世界ほど文明は発達しておらぬ。1番の違いと言えばマナと呼ばれるものが存在し、魔法なる法則が成り立っておる事じゃな。王道な冒険小説に憧れる者にとってはまさに理想の様な世界かもしれぬ」

閻王はそこまでを一言で説明すると、ため息を一つついて、口元を皮肉に歪める。

「尤も、閻王が地獄の代わりに落ちる事を頼む様な世界じゃ。天国であるはずがない事くらい分かろう?土地は枯れ、生き物は飢え、畜生どもが僅かばかりの権力にしがみつき蹴落とし合う。何一つ満ち足りておらぬ世界じゃ。そんな世界に其方は身一つで落ちねばならぬ、無論最低限の知識と言語能力くらいは与えてやれるが、魔法を扱う力は与えてやる事ができぬ、魔法に囚われてしまえば其方は2度とこちらに戻る事は出来ぬからの。それでも行ってくれぬか?」

閻王は言葉を紡ぎ終えるとそっと目を閉じた。

「一つ聞かせてください。何故俺にその世界に行く事を望むんですか?」

俺は真意の掴めない閻王の提案に対して慎重に言葉を返した。

「もう1000年になるかの、其奴は強情な奴だから誰にも助けなど求めんが、だいぶ煮詰まっておる。彼の世には新しい風が必要じゃなと、なに、単なる余のお節介じゃ。昔馴染みが困っておるから少しばかり助けてやりたいそれだけの事じゃ」

そう言って見せた困り顔は今までで一番慈愛に満ちていた。
そんな仕様もない理由で人の魂を弄ぶなど、余も高慢極まりないの等と恥ずかしそうに笑っている閻王の目をしっかりと見つめて俺は答えを返す。

「閻王様、俺をその世界に送ってください」
「本当に良いのか?一度落ちれば余では拾い上げてやる事はできぬぞ」
「構いません。これは俺の自己満足ですから」
「其方は本当に阿呆じゃ」

感謝する。その言葉は小さくて聞き取れなかったが、俺にはそんな風に呟いた様に聞こえた。
こほんと一つ咳払いをすると閻王は居住まいを直した。

「清水用宗、其方には異界送りを言い渡す。礼と言ってはなんだが、もしあちらの世界で余の昔馴染みを満足させるだけの何かを残す事ができたなら、この世界の好きな時代に其方を戻してやろう」

好きな時代に戻れる。
その言葉を耳が捉えると同時に、脳裏に昨夜の情景が思い浮かび、ドキリと心臓を刎ねあげる。

”それは、俺が悠香と……”

描きそうになったのは、自分が片思いの相手と結ばれる未来か、そもそも出会う事のない未来か……。
頭を振って思考をかき消す俺を他所に、閻王は優雅に立ち上がると俺の頭に手を当てる。
瞬間、意識が飛びそうな激痛とともに様々な情報が流れてきた。
椅子に縛られたまま床をのたうつ俺を見下ろしながら閻王は言葉を続ける。

「其方の頭に叩き込んだのはあちらの世界の知識じゃ、其方の助けとなるじゃろう。清水用宗、其方には期待しておる。あちらの世界でも思うまま好きに生きるが良い、また見える時を楽しみにしておるぞ」

閻王の最後の言葉を聞く前に俺の意識は闇へと落ちた。





「おい、大丈夫か?」

遠くで誰かが呼んでいる。
続いて訪れた、ガクガクと言う衝撃に、声の主が遠くにいるのではなく、自身の意識が深く沈んでいたのだと気がついた。
それと同時に引き上げられる様に意識は覚醒へと向かう。
軈て視界が戻った。
随分と久しぶりに捉えた空の色はほんの少しくすんでいる。
まだピントの合わない視線を声の方向へと向けた。

「おい、だいじっ……」

ガンッという鈍い音が響き、その声は途切れた。
先ほどまで声を発していた口は今は壊れた蛇口の様にポタポタと赤い液体を垂れ流している。
半分ほど千切れ、奇妙な方向へ曲がったその首は、声の主人が今まさに絶命した事をありありと語っていた。
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