異世界召喚されたのは、『元』勇者です

ユモア

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第1章

1話 今のユウシャ

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  昔の俺は、他人の為に怒り、泣き、笑う事が出来た。そして、人並み以上にお人好しで、思いやりを持った世間一般的に言う――良い奴だった。

  努力すれば報われる。
 最初は分かり合えなくても、諦めなければ分かり合える。
  仲間と言うものを心から信頼出来る、と何の根拠もなくそう信じていた。

  だが、この世界で3年前に起きた事件をきっかけに俺は変わった。

 ……いや、変えられたんだ。

  あの世界で、裏切られたあの瞬間に。


■■■■■


  先生がいない自習の時間。
  クラスには俺を含め30人の生徒がいた。

「あぁ?てめぇ調子に乗ってんじゃねぇぞ!!」

  俺の腹にひざ蹴りが決まり、蹲る。

「良いぞーやっちまえ」
「「あはははは」」
「うけるー」

  蹲った俺を見下して、優越感に浸っている男子生徒――海堂響毅《かいどうきょうき》は、度を超えた虐めを面白可笑しく騒ぎ立てる周囲を一瞥して笑みを深めた。
 海堂は、虐めを行う中心人物で、見た目は金髪を刈り上げた短髪に、耳にはピアスをしている。体は周りの男子生徒よりも大きく、喧嘩になれた筋肉のつき方をしていた。
 父親が、元総合格闘技の選手だと噂で聞いた事があるが、素人とは違う無駄の少ない筋肉の付き方と人を痛め付ける暴力的な技からは、経験者の慣れ、が感じられた。

  そんな奴に目を付けられたのは、確か……目が気に入らないってだけの下らない理由だ。そんな理由で虐められる方は、たまったものではない。それに、海堂自身の才能か、経験かは分からないが、海堂は加減を知っている。
 大怪我に至る事のないギリギリのラインの暴力。その上、大人に悟られない用心深さと引き際まで理解していた。それにより、今まで海堂に虐めの標的になった生徒の噂は幾つか知っているが、問題になったという話は聞いた事がない。

 だが、この世界ではない世界――異世界で鍛えられた俺の体は、体術により受け身を反射的に取れる。その上に、肉体的、精神的にも耐性がある。それによって、今までの海堂達からの虐めを難なく耐えていた。
  海堂の指示で取り巻き2人が動き、俺を踏み付け、脇腹や足を蹴り始める。他の生徒は、素知らぬふりをしたり、隠れてニヤついたり、動画を撮って露骨に楽しんでいる者もいた。

  いつもの事だ、と燻る苛立ちを抑え込む。

「どうしたゴミ屑?強気なのはその目だけか?ああ!?」

  海堂が、俺の髪を掴み無理矢理顔を上げさせる。

 「くっ……」

  髪を掴まれた痛みと向けられた先の海堂の表情を見て、露骨に表情を歪めた。

  その時――バキッ……!

  海堂は俺の髪を掴んだまま、床に顔を叩き付けた。

 「てめぇのその目が気にいらねぇんだよ!」

  更に、俺の頭を踏み付け、グリグリと足を動かす。

 「もう俺様の我慢も限界だ」

  そう言って、海堂は狂気に取り憑かれたような笑みを俺に向ける。

 「てめぇみたいな、何の役にも立たない屑野郎は、一生俺様の様な強者に従って生きれば良いんだよ!」
「……ふ」

  俺は思わず嗤ってしまった。

 「きもっ!」
「あの状況で笑うとか、マジ引くわー」
 「こいつ立場分かってんのか?」

  周囲の生徒等が何やら言っているが、どうでも良い。そんな事よりも、海堂が自身を強者だと思い込んでいる事が嗤える程に滑稽だ。
 現代社会のその他の力で、自分を強者と奢るなら良い。
 だが、よりにもよって暴力という『俺の得意分野』で自分が強者だと思い込んでいる井の中の蛙にしては、面白い冗談だ。

 俺は、頭を踏みつける海堂の足とは別の、軸となっている左足を掴み払う。それだけで、海堂は体勢を崩す。
  俺は足がどけられた、頭や制服に付いた埃を払いながら立ち上がる。
  高校を卒業するまで我慢するつもりだったが、この辺りが限界だ。そして、立ち上がった俺を怒りを露わにして睨み付ける海堂にだけ僅かな殺気を放つ。

 「っ!」

  海堂の額に汗が浮かぶ。それに伴って、恐怖と混乱が見て取れた。

「てめぇぇえ!良い度胸だ!面貸せ、俺様にそんな生意気な態度を取って無事で済むと思うなよ!!」

  俺の胸ぐらを掴む為に、勢いに任せて伸ばされた手首を掴む。そして、相手の力を受け流し、近くの男子生徒の方に向けて押してやる。
 たったそれだけの事で、止まる事の出来ない海堂は近くにいた太った取り巻きにぶつかり、共に転倒した。

「てめぇっ!何しやがった!!」

 周りのクラスメイト達には、俺に掴みかかった海堂が勝手にバランスを崩した様に見えた筈だ。そして、海堂本人も何が起きたのか分かっていない。
 俺は、構える事なく、視線で海堂を挑発する。

「ッ!」

 勢い良く立ち上がって、海堂は再び俺に向けて手を伸ばす。
 今回は、先程よりも早く、目に油断はない。それでも、俺にとっては遅い上に、愚直過ぎる。

「?!」
 
  俺は、余裕を持って海堂の手を待ち構える。その時、この世界では感じる筈のない魔力の流れを足下から感じた。 
 魔力の流れを感じた足下に視線を向ければ、そこには3年前にも見た覚えがある魔法陣が描かれている。
 咄嗟に、海堂の手を躱し、迫って海堂の足を払う。
 普段なら聞けない間抜けな声を上げて、再び海堂は転倒した。

「くそ!!そいつを捕まえろ!早くしろ!!」
 
 呆気に取られていた取り巻きに、海堂は怒りに歪んだ顔で命令する。取り巻きの2人が、おれの脇を固めて逃げられない様に抑える。おそらく、何処かの人目のない所に連れて行こうとして、ここでやっとこの教室の異変に気付いたようだ。

 まだ、魔力の光こそ弱くしか放っていないが既に効果の一部は発動している筈だ。

 そんな俺の予想を証明する様に、海堂とその取り巻きが叫ぶ。

「あれ?」
「どうした」
「ドアが開かない!」
「はあ?何言って……どうなってんだ!?」

 海堂達の反応で、今頃になって異常に気付いた生徒達が騒ぎ始めた。

「何で開かないんだ!」
「ふざけんな、クソ!!」
「誰か助けて!」
「ちょっと、誰の悪戯よ!!」

 クラスの連中の悲鳴や罵声を無視して俺は冷静に現状を整理する。
 魔方陣内の対象の拘束、膨大な魔力、魔力が存在しない世界に出現した魔方陣。
 異世界からの召喚魔法か。

 異常事態にパニックになる教室。着々と魔力を貯め光を放ち始めた魔法陣を見ながら、俺は溜め息を吐いた。

「また、召喚か……」

 その瞬間、視界を覆い尽くす程の光を魔方陣が放ち、教室にいた30人の生徒は地球からその存在が消えた。



■■■■■


 3年前。
 俺ーー一ノ瀬凍夜いちのせとうやは、中学3年生の夏にある異世界に召喚された。そこは、人間が他種族と長い間戦争を続ける悲惨な世界だった。
 俺は、そこに人々を救う事を義務付けられた存在――勇者として召喚され、色々あったが、結局は戦争を止める為に旅に出たのだ。
 勿論、戦うのは怖かった。
 敵だとしても、他人の命を奪う事は、あの時の俺には辛い体験だった事に変わりはない。敵に剣を向け、魔法を放つ度に体が震え、言葉に出来ない罪悪感に毎日のように蝕まれ眠れない日もあった。
 初めて向けられた殺意、傷の痛み、温度を失った人の肌、どれもこれも恐ろしくて、恐くて、恐怖ばかりが積もった。
 最初は命の奪い合いの毎日が嫌で、敵だけじゃなく、味方からも逃げ出した。

 しかし、旅の途中で出会う人々を見て、少しずつ『助けたい』と思うようになった。それからも、旅を続け、戦争を撒き散らす敵を倒す事で戦争は終結した。
 その時には、15歳で召喚されてから5年が過ぎ、20歳になっていた。

 俺は、これでやっと世界が平和になる。そう確信していた。
 ――あの時までは。

 戦争を終結させ、他種族の王達と和平条約を結び人間の国に戻った俺を待っていたのは、卑劣な裏切りだった。
 その結果、俺は全身に深手を負いそのまま元の世界に送還された。

 しかし、気がつくと俺は異世界に召喚される直前の年齢と時間に戻っていた。

 だが、俺の姿は同姓同名の別人の様に変わっていた。茶髪だった髪は黒く染まり、肌も引きこもりの様に白くなっていた。顔立ちは、一般的ものから若干端整な物に変わっていた。
 不思議な事に、周囲の人達が俺の変化に対して気にする事はなかった。

 両親でさえも、「あれ?イメチェンでもしたの?」みたいな感じだった。

 しかし、異世界から帰還した俺は、外見だけでなく、内面にも大きな変化が起きていた。
 他人が苦しむ姿に何も感じなくなっていた。寧ろ、他人の不幸や痛みに苦しむ姿を愉悦の様に感じてしまう程だ。だから、今なら命を奪う事も躊躇なく出来る確信が持てる様にもなっていた。

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