異世界召喚されたのは、『元』勇者です

ユモア

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第2章

第7話 国と影

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 地面には魔力を殆ど喰われた3人が倒れている。
 
 聖剣を使わず、手を抜いて無力化する事も出来た筈だが、先程までの俺にはそんな選択肢はなかった。
 いや、選択肢はあったが、選ぶ訳にはいかなかった。

「はぁ」

 溜め息は吐く。
 時間は過ぎた筈なのに、こっちの世界で生きた癖が抜けていない。そんな事を、周囲に残った魔力を聖剣に喰わせながら考える。

 3人にとって、今回俺と戦った事は不運な事故だった。
 だが、死を間近で感じる戦いを経験し、潜り抜けた時、人は飛躍的に成長する。
 
 戦闘の痕跡を消しながら、3人の容態を確認するが命に別状は無い。周囲に残っていた魔力を喰わせ終わり、2つの魔法を解除する。
 これだけしておけば、動ける様になった3人が国に報告しても対応は遅れる筈だ。
 俺は、その間に他国に逃げてしまえば、聖王国からの捜索は難航する。

 聖剣を消して、3人の脇を通り抜けようとした時、ズボンの裾を掴まれた。

「……」

 足下に目を向ければ、俺のズボンの裾を掴む深海の姿が目に入った。
 意識は魔力が枯渇した所為で虚ろになり、伸ばした腕は震えていた。手に力など入っておらず、どう見ても限界なのが分かる。

「……どうしてそこまでする?」
「……凍夜は…俺の……友達だから、だっ」

 『友達』、その言葉を聞いた瞬間、俺の中で押さえ込んでいたものが溢れ出した。
 信じれば、裏切られる。時間をかけ繋いだ絆に意味なんてない。その信頼や絆が大切だと思えば思う程、裏切られた時の傷は深くなり、絶望に変わる。

「……下らない」

 深海の手を無理矢理払いのけ、道を進む。


「…………」

 早乙女は別として、あの2人には少なからず情があった様に思う。
 突き放しても俺を助けようとしてくれた深海、地球にいた頃から何かと俺を庇ってくれた風巻には感謝している。 

 あの2人は優しい。優し過ぎるくらいだ。
 だが、その優しさがいずれ自分の身を追い込み、命を危険に曝すかもしれない。この世界で生き抜くのに最も必要なのは、他人からの借り物では無い。覆す事の出来ない、自分の意思と力だ。
 先程の戦いで、全力で戦った事が、俺の出来る2人へのせめてもの恩返しだと思っている。

 そろそろ王都の門が見えて来た。

「……分かってる」

 俺はかつての元仲間たちにされた様に、どんな形であれ、深海たちの心を踏み躙った。

 俺も相当な屑だ。
 それでも、これが今の俺だ。


 一度クラスメイトたちがいる王城を見て、溜め息を吐き出す。

 他人がどうなろうと知った事ではない。
 でも――。

「簡単には死ぬなよ」

 俺を追いかけて来てくれた3人の顔を思い出し、そう言葉を紡いだ。そして、城壁の外へと歩き出した。


■■■■■
 

 聖王国領のとある土地。
 そこに建てられた神殿の中には、大きめの円卓を囲む様に椅子10脚が置かれていた。
 円卓を囲む椅子には、既に、8人が腰を下ろしている。
 席に座っている者達の纏っている装備は、統一感は殆どないが、唯一全員の装備に同じ聖王国の紋章が刻まれていた。
 彼等をある者は騎士団と呼び、またある者は狂信者の殺人集団とも呼んでいる。

 しかし、本人達から言わせればどの呼び方も的を射ているとは言えない。
 彼等は『執行者』。
 神の名の下に剣を振るい、神の意志を告げる最強の戦闘部隊である。
 突然静まり帰っていた一室に、下品な嗤い声が響く。

「ぎゃははは!神託があったってのはマジかぁ?」

 彼の名は、ハーディム・クラプトラ。
 手入れのされていない緑色の髪の奥の黒目が、不気味な光を宿し、見る者を萎縮させる様な雰囲気を纏っている。

「……ハーディム、弁えろ」

 ハーディムに非難の目を向けるのは、僅かに黒みがかった青髪の壮年の男性――エーギル・ギルバーン。整えられた髭や貫禄が、彼の生真面目さを象徴していた。

「はあ?何が??」

 エーギルの言葉が気に入らなかったハーディムは、不気味な笑みを絶やす事のない表情でエーギルに視線を向けた。

「貴様も神に仕える〝執行者〟なら、それに相応しい言動を取れ」

 エーギルも迷う事なく睨み返す。

「俺は、あんた程の忠犬じゃねぇよ」

 ハーディムは、呆れた様な表情から、再度周りの人間に不快感を与える様な残虐な笑みを浮かべる。更に、両手で『やれやれ』という感情を表現する様な動作が人の神経を逆撫でするのだ。
 まるで、人の感情を手玉に取る道化師の様に次々と表情や言動を変える。

「まぁ、家畜どもを好き勝手に甚振れるんだ。忠誠くらいは誓ってるさ。ひひ、これが聞ければ満足かよ?」

 聞くものが聞けば不快でしかないハーディムの言葉だが、この場にいる全員が知っている事なのでエーギル以外は聞き流している。

「あぁあー、早く新しい玩具が欲しいなぁ」

 ハーディムは、子供の様な言動を取る。

 だが、その表情は、見た者が青褪める様な狂気の笑みを浮かべていた。

「まずは、回復の魔法をかけながら全身にナイフを突き立て、いや、操って同族を殺してその血を啜らせるのも面白かったよな。それとも、ククク……たまんねぇな、ぎゃぁははは!」

(相変わらず訳の分からない奴だ。しかし、こいつの強さは疑いようがない)

 エーギルは、最近彼が連れて来た玩具の事を思い出す。

「貴方の意思なんてどうでも良い」

 そう言ったのは、目に光を宿さない一部に白髪の髪が混ざったブロンド色の髪の少女だった。嗤っていたハーディムも、自分より上位者の言葉を受け嗤うのを止める。
 執行者には、それぞれに席次と称号が与えられる。そして、少女こそ、この場にいる〝執行者〟最高位に座する存在。
 執行者第三席――ジャンヌ・フィトロ・ダルクニス。

「必要なのは結果。神の名の下に敵を倒す。私達はその道具。私の言いたい事、分かる?」

 表情が一切動かない顔で見つめられたハーディムは、相変わらずの笑みで返す。

「勿論だ」

 その言葉を聞いたジャンヌは、最早ハーディムから興味を失ったかの様に光を宿さない目を閉じた。そして、この場が再び静寂に包まれる。
 その時、一室の両扉が勢いよく開かれた。
 全員の瞳が開かれた扉の奥に立っている2人の男女に向けられる。常人なら戸惑ってしまう部屋の空気を気にもせず、2人は悠然と歩みだし空いていた席に座る。そして、肌がピリピリするような静寂をものともせず、黒髪の少女が口を開く。

「それじゃ、会議を始めようか!ウィルスレッド、説明よろしく!」
「隊長、威厳」

 白髪の美青年であるウィルスレッドは、隊長と呼んだ黒髪の少女に呆れた視線を送る。

 だが、当の本人は「あはははは」と笑って誤魔化している。誤魔化すつもりがあるのかすら疑問だ。

「ほら、私の事より説明して!」
「……分かりました。今回の僕達『執行者』に下された任務は、脱走した異世界人の確保です」

 青年が言葉を言い終わると途端に部屋の温度が数度下がった。

 いや、そう錯覚する程の殺気が部屋を満たしたのだ。それでも、青年は顔色一つ変える事はない。

「はぁあ~?何じゃ、そりゃ?」
「ハーディム、少し黙れ」

 ハーディムとエイギルの2人の視線が、再び交差する。

「話はまだ終わっていないだろ」
「チッ」

 話が終わったのを確認して、ウィルスレッドが話を再開する。

「国から脱走した少年の名前は、トウヤ・イチノセ。容姿の特徴は、黒髪黒目のやせ型。魔力の測定結果は、赤。固有スキルは『治癒の手』と情報が上がっています」

 名前を聞いた執行者の数人が苦笑を浮かべた。

「それが神託ですか?」
「はい。……いえ、隊長の己意な感情も若干含まれているのは否定しません」

 質問をしたエーギルも開いた口が塞がらない、と言った状態だ。

「隊長、魔人は送還魔法でこの世界から消えた。……この意味、分かりますよね?」
「忘れたー」

 問われた黒髪の少女は即答し、隣に立つウィルスレッドに視線を向けた。

「この世界には本来、送還魔法など存在しません。あれは世界から魔人を討つ為に創られた魔法。対象となった者を莫大な量の魔力を糧に世界の狭間に転送し、消滅させる魔法です」
「知ってるよ」
「つまり、どんなに名前や姿が似ていても、トウヤ・イチノセは隊長が知る勇者とは全くの別人ですよ」

 ウィルスレッドが、黒髪の少女に断言する。
 他の〝執行者〟も同じ考えのようだ。

「それはどうかな?彼なら、何とかしたかもしれないよ?」
「ぎゃははは!それは良い!」

 ハーディムの邪悪な笑みが深くなる。

「元仲間だから分かる勘って奴ですか?隊長」

 目にかかっていた黒髪をかき上げ、そこから現れた強い光を宿した黒目が真っ直ぐにハーディムを捉える。その瞬間、ハーディムの首筋に冷や汗が流れ、笑みが僅かに引き攣った。

「どちらにせよ、これは神託。何かしらの行動を起こす必要がある」
「まぁ、確かに」
「それではこの後、任務を与える者を決めます」
「んじゃ、俺が殺る」

 その言葉に部屋にいた数名は目を見開き驚いたり、溜め息を吐いたりしていた。

「ハーディム、自分の立場を考えろ」

 エーギルとハーディムが共に睨み合う。

「相手が何者か分からない以上、上位席のお前が動くのは得策ではない」

 エーギルの言葉が正論な事を知っているハーディムは、舌打ちをしたが、直ぐに表情が元に戻る。

「ぎひひひ、安心しろ。俺の玩具を使う」

 残虐な笑みを深くし、エーギルを睨み付ける。
 エーギルもそれなら問題無い、と反論はしなかった。


 会議はまだまだ続いている。

 だが、執行者第一席暁明日羽あかつきあすはの考える事は、10年前に共に召喚された戦友にして、死別した一ノ瀬凍夜に再開する事で一杯だった。

(あー、早く彼に会いたい!……でも、ただ会うだけじゃつまらないよね?)

 思考する明日羽の顔には、狂気に染まりきった笑みが張り付いていた。



 
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