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第2章
第11話 悪い夢
しおりを挟む目の前に広がった光景の不快さに、目を細めた。
先を歩いていた、嘗ての仲間達が振り向く。皆、笑って俺が来るのを待っている。
ありきたりな悪夢だ。
嘗ての仲間達の中に、俺の目の前で魔王に胸を貫かれ死んだ少女がいた。
死んだ少女は、一緒に地球から召喚された勇者だった。
『勇者』の称号を持たずに召喚された臆病な俺とは異なり、彼女は召喚された直後から『勇者』として世界の為、人の為に戦う事を望んで実行した。
戦闘では常に前線に立ち、敵に向かう姿を俺は今でも覚えている。
強敵に立ち向かう勇気。どんなに絶望的な状況でも、他人を励まし、前向きに仲間たちを引っ張って行く姿に俺は憧れた。
だが、少女は死んだ。
俺の目の前で、戦う覚悟のない俺を護って。
胸を貫かれ、生命《いのち》の炎が消える、その瞬間まで涙を流す俺に笑いかけ励ましてくれた。
俺は、彼女がいたから勇者になれた。
まだ、嘗ての仲間たちが俺を待っている。それでも、俺は動かない。
そうしていると、ゆっくりと目の前が霞み始めた。
目覚めが近いのだろう。
◆
目を開けると、暗い森と燃える炎が視界に入った。
炎の中で、木が爆ぜる。
其処で俺は、見張りの交代の時間を思い出す。
体を起こせば、焚き火の反対側にヴィルヘルムが火に薪をくべていた。
「悪い」
見張りは、ヴィルヘルムと俺、メデルとリツェアの2人1組で行う予定だった。
おそらく、最初に起きていたヴィルヘルムが、見張りを変わっていてくれた様だ。
元々、ヴィルヘルムとリツェアが、見張りをする時は、俺かメデルが一緒に組む様に提案したのは俺だった。
「気にしなくて良い。寧ろ、貴殿はまだ子供なんだ。寝ていても良いんだぞ?」
「子供扱いするな」
俺は、こう見えても精神年齢23歳だ。
「このロリコン虎男」
「その意味の分からない呪文は止めろ」
リツェアとヴィルヘルムと出会ってから、7日が経過した。樹海に入ってからは、10日が経過している。
予定より遅れてしまっているが、そろそろ樹海を抜けても良いはずだ。
別に急いでいる訳では無いので、焦る必要はない。
「あんたこそ、早く起きていた分、早く寝て良いぞ」
「そうか」
「……」
「だが、最近はあまり寝たくないんだ」
「疲れていない様には見えないけどな」
普段のヴィルヘルムは強がってはいるが、日々疲労が溜まっているのが分かる。
「…………」
暫く黙ったヴィルヘルムは、まるで乞うかの様な視線を俺に向けて、震える声を絞り出した。
「眠ると……俺が殺した、仲間達が夢に出てくるんだ」
「?!」
夜の森の音にすら掻き消えてしまう、呟くような声だったが、俺にはハッキリと聞こえた。
この男は、『俺が殺した、仲間達』と言った。
「……すまない。可笑しな事を言ったな」
まるで、冗談を言ったかの様な雰囲気のヴィルヘルムは、感情を押し隠す様に側に置いていた小枝を焚き火に焚べた。
「……」
「何も聞かないのか?」
「あんたが話したければ、話してくれ」
「……すまない」
それから、ヴィルヘルムは一睡もする事なく、時折周囲を見回ったり、槍の手入れをして過ごしていた。
こうして夜が明けた。
「あれ、2人とも何かありました?」
朝起きて来たメデルが、俺とヴィルヘルムの微妙な空気に気が付いた様だ。
「何でもない」
「あぁ」
「なら、さっさと出発するわよ」
リツェアの言葉で、全員が立ち上がり移動を開始する。
出て来る魔物は、ヴィルヘルムとリツェアと俺が順調に対処して行く。
メデルは、必要な時に回復や支援を行う役割を担っている。
最近は出て来る魔物の数が減って来ているので、もうそろそろ樹海を抜けられるだろう、と考えていると頭上から巨大な魔力を感じた。
森の木々に遮られた視界の遥か先――空に、巨大な魔力の塊が突然出現した。そして、魔力の塊が一点に向けて魔力を集中し始める。
突然の異変に、3人も気がつく。
「主、危険です!!何か、分かりませんが、逃げて下さい!!」
「走るぞ!!」
「一体なんなの!!」
白蛇の姿をしたメデルを首に絡ませたまま、俺達は森を全力で駆け出す。それに従って、集中している魔力の向きが、俺達を追ってくる。
天井の魔力は、時間が経過する度に魔力が膨れ上がっていた。その魔力の根源は、人の限界を凌駕している存在だと、直感する。
「狙われてる」
「私の魔法で、撹乱してみるわ!」
リツェアが、魔力を分散し狙いを付けられない様にする魔法を展開した。そして、ヴィルヘルムが両手を胸の前で撃ち鳴らす。
「魔装〝迅雷〟」
蒼みがかった雷に包まれたヴィルヘルムが、俺とリツェアを両脇に抱えて、高速で駆ける。
「歯を食い縛れ!」
巨大な魔力の塊は、遥か天井から木々の間から視界に捉えられる距離にまで迫っていた。
「何あれ!?火の塊っ!!」
ヴィルヘルムは、背後を振り返る事なく走る速度を限界まで上げる。
俺とメデルは、魔法で出来る限りの支援と火の塊が着弾した際の防御魔法の準備を進めていた。そして、火の塊が森と接触した瞬間に、爆風と熱風によって4人の体が宙に飛ばされる。
その時、空に見えたのは、召喚魔法にも似た魔法陣。そして、巨大な何かがいた筈の魔力の痕跡だけだった。
「主っ、地面です!」
泣きそうなメデルの声に、視線を高速で迫る地面へと向ける。
俺は、〝水玉〟の魔法を幾つも作り、わざと〝水玉〟にぶつかる事で落下速度を軽減し着地した。ヴィルヘルムが、火の塊が着弾した位置から距離を作ってくれていたおかげで軽傷程度で済んでいる。
だが、後方に広がっていた森の木々は全て薙ぎ倒され、残された木や枝、地面まで燃えていた。
一瞬にして、環境其の物を変えてしまう力に、寒気がする。これ程の力を持つ敵に、全盛期の自分なら兎も角、今の俺では太刀打ち出来ない。
「くっ」
倒れていた大木の影からヴィルヘルムとリツェアが姿を現す。無傷ではなかったが、大きな怪我を負っている様には見えない。
メデルが、少女の姿に変わり、2人の元へ走り出す。
「やっぱり生きてたね」
ずっと昔に何度も聞いた声に、反射的に体が振り向く。
セミロングの黒髪に二重でパッチリとした、黒目の麗しい少女。聖王国の国章が刻まれたローブと動作の邪魔にならない軽鎧を纏っている。
隙間から見える健康的で白い肌。そして、この場に似つかわしくない、親しげな微笑みに、俺は無意識に名を呼んでいた。
「明日羽」
「うん。久しぶり、凍夜」
死んだ筈の少女が現れた事に、俺の思考は止まる。
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本当に、ありがとうございます。
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