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第3章
第8話 氷
しおりを挟む忌蟲の森に到着した夜。
闇に紛れて魔物に襲われたが、俺の魔力感知とヴィルヘルムの聴覚の警戒によって、不意を突かれて夜襲を受ける事はなかった。
だが、夜間に何度も魔物と戦闘を行っていた所為で、襲撃の合間に交代で休憩をとっても、疲労は完全には抜けずに朝を迎える。
「直ぐに調査を始めるか?」
「……いや、もう少し休んでからにしよう」
ヴィルヘルムの視線が、眠そうに目を擦るメデルに向かい「そうだな」と頷く。
リツェアも表情が優れない為、焦って行動するよりも着実に調査を行った方が良さそうだ。それから、太陽が高く昇るまで休憩を取る。
それぞれの準備を終え、今日は森の中へと向かった。
「森の中は、蟲の魔物ばかりだな」
一応、魔物の出現数や種類を紙にメモする。
「ああ」
森の中は、外よりも濃い匂いが漂い、湿度も高い。木々の合間から陽射しが差し込んでいるにも関わらず、周囲は影に覆われて見通しが良くなかった。
足場は、長い時間をかけて積み重なった落ち葉などの所為で歩き難い。それでも、戦闘を最低限にしつつ、周辺の調査を続けた。
魔物の危険度は、森の奥に行くほどに高まり、数や種類も増えて来ている。
「森の外に現れた魔物は、此処での生存競争に負けた連中かもしれないな」
ビキバキといった咀嚼音が、少し離れた位置にいる俺達の方にまで聞こえて来る。その光景を見ているリツェアとメデルは、顔色が悪い。
「こ、これは、共喰いですか?」
メデルの言葉通り、俺達の視線の先には蟲系の魔物同士が食い合っていた。
片方は大きなクワガタのような魔物。もう一方は、クワガタ型の魔物のより小さい魔物――大きめの蟻のような魔物だ。
2匹の戦いは、最初は拮抗していたが、複数匹で押す蟻の魔物が、次から次へと噛み付き相手の魔物をバラバラにしてしまった。
「それにしても、蟲系の魔物は種類が多いな」
ヴィルヘルムの言う通りだ。
蟲系の魔物は、適応能力が非常に優れており、進化の過程で様々な姿に分岐したと言われている。
嘗て、悪名高い魔王が、蟲系の魔物を『国崩し』の兵器として研究していた事もあり、種としての潜在能力は決して低くはない。
「あれ、あの魔物、こっち見てますよ?」
「気付かれたか」
「後ろからも来てるな」
「えっ?!」
驚くメデルの後ろで、ヴィルヘルムが魔物の体液を拭き取った槍先を横目で睨む。そして、俺も鞘に収めた剣に視線を向けた。
おそらくだが、魔物の体液が放つ臭いやフェロモンの様な無色透明な物質が、発信機の代わりの様な役目を果たし、魔物が俺達の位置を見つけたのかもしれない。
「迂闊だったな」
「蟲系の魔物は、光、臭い、振動、温度、色々な物に集まる特性があるから。さっき戦った魔物のどれかが、私達を逃がさない為に目標を付けてたのかもね」
「それじゃ、逃げられないって事ですか!?」
悲鳴に似た声を出すメデルに、リツェアは何も言わない。その無言を肯定と受け取ったメデルは、迫り来る魔物に怯えた様子を見せる。そして、茂みから姿を現した、全身が黒い甲羅の様な皮膚で覆われた体を持つ魔物の群れを見たメデルとリツェアは、「ひぃ」と悲鳴をあげた。
既に、数匹の蟻の魔物を倒したヴィルヘルムは、蟲系の魔物の群に表情を顰めつつ、悲鳴を上げる2人を落ち着かせようと声をかける。
「落ち着け!幾ら数が多くても、個体其の物は弱い」
「そ、そっちじゃ無いですよ!」
「??」
「見た目が無理なの!気持ち悪いの!」
「ム、蟲などどれも殆ど同じだろ?」
初めに突進して来た蟲系の魔物――中型犬程の大きさをしたゴキブリの様な魔物を、ヴィルヘルムは槍で弾く。
「?……今のは、耐性スキルの感触」
「第六階梯魔法〝暗黒魔球〟」
球体の内部と周辺を破壊する魔法――〝暗黒魔球〟は複数匹の魔物を飲み込み破壊する。
だが、予想よりダメージを受けていない個体がいる事にリツェアは気付く。
「魔法に対する耐性まで持ってるの!?」
「離れてる所から、何か飛んできます!」
メデルの声に、視線を頭上に向ければ、視界を覆う程の液体が迫っていた。
「第五階梯魔法〝光壁〟」
「第四階梯魔法〝土柱〟」
メデルの〝光壁〟で防げなかった液体を〝土柱〟で防ぐが、じゅぅ、という音と煙をあげる。
「酸か」
各々の特性を活かしつつ、役割を担っている戦闘スタイルは、まるで人のパーティーの戦っている様な感覚だ。
戦って負ける事はないが、厄介である事に変わりはない。
「3人は、動かないでくれ」
「「「?」」」
「後で、解凍するのが面倒だからな」
「「「!?」」」
「第七階梯魔法――」
俺たちはできるだけ、魔物の気配から遠ざかった位置で休憩を取ることにした。そして、太い木の根に腰を下ろしたヴィルヘルムが口を開く。
「危なく、氷漬けにされる所だった……」
「急に動くからだ」
ヴィルヘルムから向けられている視線を黙殺し、違う方向に視線を向ける。
「そんな事より、厄介な状況になってるみたいだ」
「そんな事……」
「厄介な状況ですか?」
「2人は気付いたか?」
「ええ」
「ああ」
自分以外が俺の言葉の意味を理解していると分かって、メデルは焦った様に考え出す。
「さっきの魔物達ですか?」
「そうだ」
「た、確かに、戦い方が他の魔物とは違いました」
「まさかとは思うが、冒険者の戦いを学習して真似ているのか?」
忌蟲の森には、環境と魔物同士の生存争い意外にも、蟲系の魔物を変化させる因子が介入している。
「その可能性はあるな」
「待って下さい。冒険者と言っても、あんなに大勢いるんですよ」
メデルの指摘は正しい様で、少し外れている。
「幾ら冒険者の人数が多くても、魔物との戦闘の基本は、大体同じなのよ」
リツェアの言う通り、魔物との戦闘の基本は前衛と後衛に分かれて戦闘を行うのが基本だ。
前衛が斬撃や殴打などによる攻撃、後衛が魔法や弓矢による攻撃。しかも、相手が蟲系の魔物になれば、効果的な戦闘手段も自然と狭まる。
例外として、人外の領域に踏み込んだ実力者達がいるが、その数は少ない。
「そ、それじゃ……」
「この森の魔物達が、冒険者を狩ることに適応していても、不思議じゃない」
俺の言葉を3人は否定しなかった。
◻︎◻︎◻︎◻︎
先程まで帰路に着いていた俺達は、森の中でぶつかる魔力に気付き、状況を確認する為に進んでいた。
「……聞こえた。近いぞ」
流石に、獣人族であるヴィルヘルムの聴覚は、俺達より優れているようだ。
俺も魔力感知で、はっきりと先の気配を感じ取っている。
「近いぞ」
俺達は、一旦速度を緩めると気配を抑える。そして、ゆっくりと木の幹や茂みを利用して距離を詰めて行く。
俺達の視線の先では、種類の違う蜘蛛系の魔物が木の上に張り巡らせた糸の上を動き回りながら、冒険者と思われる3人と相対していた。
通常、種類の違う魔物同士が群れを作る事は、殆どない。これも敵が多いこの森で生き抜く為に、適応した成果なのかもしれない。
例外として、同種の上位種が群れを統率する例はある。
「うわ、魔物が一杯です……」
メデルが驚くのも無理はない。
蟲系の魔物の弱点である、火属性に耐性のある魔物――ウォータル・スパイダーや死ぬ程ではないが、神経に作用する毒ガスを広範囲に放てる魔物――スモッグ・スパイダーは厄介な魔物だ。
中でも、スモッグ・スパイダーは、住む環境によって毒ガスの強さや効果が変わるので、警戒が必要だ。そして、遠距離から固めた糸玉を弾丸のように放ち、素早い動きが特徴の魔物――ショット・スパイダーは、見た目や大きさは他の蜘蛛たちと比べて小型だが、魔物の群れの中では特に危険度が高い。
「冒険者さん、頑張って」
小声で戦っている冒険者を応援しているメデルの声で、視線を魔物から冒険者達に移す。
冒険者は、若いエルフの少女2人と鬼族の男だった。
エルフの少女達の装備からして、1人は弓使い、もう1人は魔導師だ。鬼族の男性は、二本ある右側の角が根本近くから折れている事から見覚えがある。
少しの間、戦闘を見ていた俺達にメデルが何度も視線を送って来ていた。
「どうします?」
メデルの問いに、リツェアとヴィルヘルムが答える。
「しょうがないわね」
「借りを作っておくのに、越した事はない。そうだろ?」
ヴィルヘルムは、俺に向けて口の端を持ち上げる。
「人の真似をする魔物は、俺達にとっても未知の敵だぞ?」
「今後も、手の内を知り尽くした敵ばかりと戦う訳ではないだろ?」
「それに、此処まで来て、目の前で死なれても目覚めが悪いしね」
確かに、未知な部分が多い敵ではあるが、俺達が遅れを取る程の魔物ではない。
「……そうだな。行くぞ」
3人は、冒険者の元に駆け出す。
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