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#003

学校の悪魔5

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 連絡を取る手段がメールよりもラインの方が主流の世代である俺には、自分のメールアドレスや携帯番号は知っていても誰かに連絡を取る際にそれを介して行うなんてことは、今まで俺が取った百点満点の答案用紙の枚数と同じくらい全くと言ってもいいほどなかった。つまり、一切なかった。実際、メールアドレスなんてゲームアプリや他のSNSの登録くらいにしか使ったことないからな。

 だからという訳ではないが、俺が家族以外で誰かとメールアドレスや携帯番号を交換したのはこれが初めてだった。まさか俺のアドレス張に初めて刻まれる女子の名前がこんな血の気の多いやつになるとはな。

  女は俺の腹を蹴り上げたことなどなんとも思っていないのか、謝罪の言葉よりも先に「連絡先を寄越しなさい」と言うと、不慣れな手つきで自分のスマートホンに俺のアドレスを打ち込んだ。ちなみに一つ下の妹の連絡先はラインすら持ってない。

「同じ高校にも通ってるのに?ふーん、変わってるわね」

 あんただけには言われたくはないがな。

「今どきメールでやり取りする方が変わってると思うぜ」

 最近は教師からの一斉連絡もラインの時代なのに、どういう訳かこの女は「ライン」という便利なSNSアプリを使っていないようだった。

「『あんた』じゃないでしょう?星ヶ丘先輩と呼び敬い崇めなさい」

「敬うのは百歩譲って了承したとして、なぜ崇めにゃならんのだ」

 俺はそんな真っ当な悪態を吐きつつ、ついさっき蹴られ痛む脇腹を擦りながら自らを「星ヶ丘ユウキ」と名乗った目の前の女を今一度見た。

 俺と同じかそれ以上の身長に、スカートから伸びる長い脚。モデルだと言われても何の疑いも持たない細身のスタイルだ。この華奢な身体のどこに男子高校生を蹴り飛ばせる力があるんだろうな。そんな見た目だけは全校女子の憧れにほど近い星ヶ丘ユウキは縒れたセーラーのシワを伸ばして、

「それはそうでしょう。私は一つ上の三年生。あなた、天野ヶ原君って言ったっけ?あなたはまだ二年生だもの」

 どうだと言わんばかりに自慢げに胸元の校章を見せつけつつ、ふんっと鼻を鳴らした。まるで理由になってないな。

「理由なんてちっぽけなものどうでもいいわ。そんなことよりも気にしないといけない事がこの世界には溢れ返っているのだから」

 ふむ、と納得したのも束の間、なんだかとんでもなく壮大なことを言っているようだが、適当なこと言って話を誤魔化されただけだった。俺は会話をすることを半分以上に諦めながら、

「……それで、結局俺は何故ゆえ星ヶ丘先輩と連絡先を交換する事になったのでしょうか?」

 遅れて額から流れてきた汗を拭いつつ、

「というか、これは一体何なんですか?」

 目の前のこの状況全てを指して聞いた。だいぶ落ち着きを取り戻して来てはいたが、俺は未だこの事態について理解出来ていない事ばかりなのだ。分かっていることと言えば地理教師に似て非なるものを自称「学校の悪魔」の女生徒が殺した、という事実だけだ。

 逆に、それ以外は何も分かっちゃいなかった。この地理教師の偽者みたいなのは何なのか、何故そんなものが存在するのか。何故あんたはそれを殺したのか。何故あんたが殺したのか。そこの所を知らずして俺の頭ではこれ以上の情報を処理できそうになかった。

 しかし、星ヶ丘ユウキは肩にかかった長い黒髪を手で払い風になびかせると、

「星ヶ丘先輩はさすがに長いわね。やっぱり先輩と呼びなさい。あなた以外に私を先輩と呼ぶ人はいないからね。あと、敬語も別にいらないわ。言葉使いなんてただの形式に過ぎないし」

 それにしては「先輩」呼びをさせたがるんだな。

「でも、敬うべき私が言ったことは絶対に遵守しなさい。私の方が一つも歳上なんだから私が言ったことの方が正しいに決まってるもの」

 暴論だ。しかし、ここでなんやかんやと言い返してこれ以上の注文が増えるのを嫌った俺は、星ヶ丘ユウキの怒涛の言いつけに「さいですか」と軽く頭を下げて返した。

「それはそうと、あなた部活動もしくはアルバイトとかやってるかしら?」

 というか、俺の質問はと言うとまるっきり無かったことになっているようだった。「それはそうと」で片付けられちまった。なんだ、俺とこの人の間には言葉の壁でもあるのか?日本語で話してるはずなのに外国人と会話している気分だぜ。翻訳機が欲しいところだな。だがここは一応日本語で否定の意を示す言葉を返しておいた。

「……いや、やってないが」

「放課後には必ずスーパーへ立ち寄ってから家に帰って、仕事で忙しい家族の分までブラコンのツンデレ妹と夕食を作ったりとかそういった習慣は?」

 誰の入れ知恵かは知らんが偉い具体的だな。しかも偏っている。そんな事聞いてどうする。

「質問に答えなさい」

 直感的に働いた嫌な予感が首を横に振れと警告していた。だが、運悪く俺はラノベ主人公よろしく仕事でいつも家に両親がいないわけでも風呂に一緒に入るほど妹と仲が良いわけでもなかったので―――この地球上のどこかにそんなやつがいるかと思うと腹が立ってくるな―――しぶしぶ正直に「はい」とだけ答えた。

「……へぇー」

 先輩はそう呟いてほんの数秒考え込むと、ふんっと鼻を鳴らしてから、

「暇なら手伝いなさい」

 言うと思ったぜ。多分だが俺が「No」と言える人間だったとしてもこの人は同じセリフを吐いたと思うね。たぶんさっきのはほんの数秒も考え込んじゃいない。ありゃ、考えてるフリだ。

 期待はしていなかったが、俺は一応その旨を尋ねてみた。

「大丈夫よ、だいたい毎日動くけど日付が変わる前には帰してあげるから」

 案の定俺の話を聞いてない上に、全然大丈夫じゃない予定を突きつけられちまった。

「だが、ちょっと待ってくれよ。俺にもそれなりに予定があるぞ」

「ならそのそれなりの予定を言ってみなさいよ」

 ……突かれて嫌なとこはちゃんと話を聞いてやがる女だぜ。

「それは、そのレベル上げだったり武器素材の収集だったりで……」

「という訳だから連絡手段は必要なのよ」

 何が、という訳なんだ。消費者契約法がばっちり適用されるレベルに説明不足が過ぎるぜ。

「メールは基本使わないけど、電話の方は頻繁に使うと思うわ。必ずスリーコール以内に出ること」

 加えて、テレビでみためんどくさいヤンデレ彼女のような事を言い出した。

「ちなみにだが、その理由は教えて貰えるのか?」

「緊急事態を容易に知らせるためよ。スリーコール以内に出なければ出られない状況にいるということを示すわけ。分かった?」

 つまり、そんな状況にいつ何時でも出くわす可能性があるというわけか。この目の前の惨状がいい例だろう。

 まったく、それだけを聞かされて簡単に「なるほど」と頷ける人間がどこにいるというんだ。虫は飛んで火に入ったりしないぜ普通は。

「……で、俺は何を手伝えばいいんだ?」

 ―――だが、一人いたわけだ。

 何を隠そう、俺自身だった。事件に遭遇した時から身の危険を感じながらも、いち女子高生が一人で背負うにはあまりに重すぎる事態を目の前にどうにもこうにも放っておけなかった。実際、今まさに大人の男を女子が一人で運ぶのは難しいだろうしな。

 一年前と同じように、厄介事に首を突っ込んでしまっている自覚はある。後から枚方に揶揄されるのも目に見えている。、宮之阪を頼ることになっちまうかもしれない。だが、困ってるやつを見過ごすのは違うだろう。

 ……いや、これはあくまで自分の普通の日常を取り戻すためだ。そのための手伝いだ。避けられない事態なのでしょうがない。

「……俺に出来ることなら手伝ってやるが、警察に捕まるような事だけは勘弁だぜ」

「じゃあさっそくだけどコレを体育倉庫に運んでくれるかしら」

 ……否定しろよ。

 星ヶ丘ユウキはそう言うと、地面にピクリとも動かず倒れている地理教師だったものの片腕を自らの首に回した。

 よくよく考えれば棚から出てきたぼた餅なんてカビが生えているに決まっているのにな。

 あーあ、人間というのはどこまでいっても好奇心には逆らえない生物らしい。今なら押したら爆発するかもしれない真っ赤なボタンをつい押しちまうやつの気持ちが分かるぜ。

 こんな死体を運ぶところなんて他の人に見られてしまえば一発アウトだと頭では分かっているにもかかわらず、俺は「早く手伝いなさい」と急かされるままに死体のもう片方の腕を自分の首に回し、自分で前振りでもするように聞いた。

「……ちなみにだがこれから一体何をするんだ?」

「決まってるじゃない。アリバイ工作よ」

「そんなことを堂々と言うな」



 かくして俺は「学校の悪魔」の片棒を担ぐこととなった。

 俺には重すぎるぜ、まったく。
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