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#002
妙案
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時計の針はちょうど正午を指し示し、こちらの生活サイクルに慣れていた私の身体は空腹を訴えていた。
「……朝食をきちんと摂ったはずなのに」
人間の身体の燃費の悪さに思わず舌打ちしてしまう。まったく、人間というのは本当に不便だ。
しかし、今日の私には昼ご飯を食べている時間はかった。この昼休みの一時間のあいだに村野コウイチを人気のない所へ連れ出し、ナり変わらなければならない。放課後でもよかったのだが、昼休みという短い期間に彼にナり変わった方が異変を感じ取られにくいのではないかと判断してのことだ。
私は二年の教室へ早足で向かいつつ、携帯で村野コウイチのクラスに潜伏している同胞にメッセージを飛ばした。内容は「村野コウイチに規定時間に利尿薬を飲ませたか」というものだ。
ほんの数秒後に返ってきた返信を見て、私は二年棟の男子トイレに足を向けた。案の定、村野コウイチは授業後すぐにトイレへと向かったらしい。私が村野コウイチと接触している所を見られるリスクを少しでも減らすために必要な手順だった。
そして、私は村野コウイチがトイレから出てくるタイミングを見計らって彼に接近した。
出来るだけ恥ずかしそうに、それでいて大胆に事に及ぶ。言葉は、多くは必要ない。
「村野コウイチ先輩。少しだけお時間貰えませんか?」
そうとだけ言うと、私は他の人間に見えないように村野コウイチの手を取り自分の―――河内森キョウコの胸へと押し付けた。さらに、自分の手を村野コウイチの手に重ね、胸を揉みしだく。ここまですれば普通の男子高校生なんてイチコロだろう。
それから私は「行きましょ?」と言って人祓いを済ませて置いた理科準備室へと向かおうと彼の手を引いた。
後は、なるべく目立たないように移動するだけだった。
「—————河内森キョウコはそんな事はしないよ」
次の瞬間、私はすばやく村野コウイチの首元を掴みそのまま男子トイレへと押し込むと、念の為胸元に潜ませて置いたカッターナイフを彼の首へと突きつけた。
「ぐうっ!……ほ、本当に君みたいなやつがいるとはね」
「……カマをかけたのか」
いつ、どこでバレたのかは知らないが、村野コウイチはこちらの存在に端から気がついていたようだった。
「でもまさか、じ、自分が狙われるなんて思いもしなかったよ」
「……っ!」
私は動揺して思わずカッターナイフを村野コウイチの肩へと突き立ててしまった。焦りから取ってしまった軽率な行動に、背中を冷や汗が伝っていくのが分かる。
「うっぐぅぅうっ…!い、痛いじゃないか。で、でも、いいのかい?今僕が大声を上げれば君はおしまいだろ?」
「その前にお前を殺す」
しかし、どうしようも無い状況に陥ってしまったのは事実だった。本来であれば人気のないところで村野コウイチを殺す予定だった。にもかかわらず、ここは人が頻繁に出入りするトイレだ。今だって、いつ人が入って来てもおかしくない状態である。それに、仮に今、村野コウイチを殺したとしても、その後の処理にはそれなりに時間を要する。昼休み中では人に見られる可能性の方がはるかに高い。
「……しょ、勝負に出て正解だったみたいだな」
「黙れッ!」
私は振り向きざまに、たった今男子トイレ入って来た名前も知らない男子生徒の喉元にカッターナイフを突き刺した。男子生徒は声も上げられず血を噴き上げ、そのまま絶命する。
「怒りで物事を判別出来なくなったかい?」
村野コウイチはうっすらと血が滲む肩元を抑えながら、私に向かって挑発するようにそう言った。
確かに、今の私は冷静ではない。当初の計画から事態は大きくそれてしまっている。トイレの中も血塗れだ。状況を打開する策を今すぐ考えたいところだったが、もはやどうすることも出来そうになかった。
しかし、何があっても最悪の事態だけは避けなければならない。我々の存在が表沙汰になるような事だけは。
「……。」
であれば―――
「……『河内森キョウコ』はシリアルキラーだった」
河内森キョウコは元々人殺しを好む狂気的な女で、学校で突発的に発生したその衝動を抑えきれなくなった為に偶然近くにいた男子生徒二人を殺害した。そういうシナリオだ。それなら私が然るべき施設に収容されるだけで、ついでに口封じも出来る。
「……へ、へぇ?肉を切らせて骨を断つ、というわけか」
「……死ね」
私はカッターナイフを持ち直すと、村野コウイチへと刃先を向けてそう言った。手に込める力強くし、勢いよく突き刺す。
しかし、村野コウイチは自らの手が切れる事も恐れず私の手をカッターナイフごと受け止めると、痛みに耐え口元を歪めつつ私にこんなことを言った。
「……っ!よ、よく聞け化け物。取引しようじゃないか。僕に妙案がある」
「……朝食をきちんと摂ったはずなのに」
人間の身体の燃費の悪さに思わず舌打ちしてしまう。まったく、人間というのは本当に不便だ。
しかし、今日の私には昼ご飯を食べている時間はかった。この昼休みの一時間のあいだに村野コウイチを人気のない所へ連れ出し、ナり変わらなければならない。放課後でもよかったのだが、昼休みという短い期間に彼にナり変わった方が異変を感じ取られにくいのではないかと判断してのことだ。
私は二年の教室へ早足で向かいつつ、携帯で村野コウイチのクラスに潜伏している同胞にメッセージを飛ばした。内容は「村野コウイチに規定時間に利尿薬を飲ませたか」というものだ。
ほんの数秒後に返ってきた返信を見て、私は二年棟の男子トイレに足を向けた。案の定、村野コウイチは授業後すぐにトイレへと向かったらしい。私が村野コウイチと接触している所を見られるリスクを少しでも減らすために必要な手順だった。
そして、私は村野コウイチがトイレから出てくるタイミングを見計らって彼に接近した。
出来るだけ恥ずかしそうに、それでいて大胆に事に及ぶ。言葉は、多くは必要ない。
「村野コウイチ先輩。少しだけお時間貰えませんか?」
そうとだけ言うと、私は他の人間に見えないように村野コウイチの手を取り自分の―――河内森キョウコの胸へと押し付けた。さらに、自分の手を村野コウイチの手に重ね、胸を揉みしだく。ここまですれば普通の男子高校生なんてイチコロだろう。
それから私は「行きましょ?」と言って人祓いを済ませて置いた理科準備室へと向かおうと彼の手を引いた。
後は、なるべく目立たないように移動するだけだった。
「—————河内森キョウコはそんな事はしないよ」
次の瞬間、私はすばやく村野コウイチの首元を掴みそのまま男子トイレへと押し込むと、念の為胸元に潜ませて置いたカッターナイフを彼の首へと突きつけた。
「ぐうっ!……ほ、本当に君みたいなやつがいるとはね」
「……カマをかけたのか」
いつ、どこでバレたのかは知らないが、村野コウイチはこちらの存在に端から気がついていたようだった。
「でもまさか、じ、自分が狙われるなんて思いもしなかったよ」
「……っ!」
私は動揺して思わずカッターナイフを村野コウイチの肩へと突き立ててしまった。焦りから取ってしまった軽率な行動に、背中を冷や汗が伝っていくのが分かる。
「うっぐぅぅうっ…!い、痛いじゃないか。で、でも、いいのかい?今僕が大声を上げれば君はおしまいだろ?」
「その前にお前を殺す」
しかし、どうしようも無い状況に陥ってしまったのは事実だった。本来であれば人気のないところで村野コウイチを殺す予定だった。にもかかわらず、ここは人が頻繁に出入りするトイレだ。今だって、いつ人が入って来てもおかしくない状態である。それに、仮に今、村野コウイチを殺したとしても、その後の処理にはそれなりに時間を要する。昼休み中では人に見られる可能性の方がはるかに高い。
「……しょ、勝負に出て正解だったみたいだな」
「黙れッ!」
私は振り向きざまに、たった今男子トイレ入って来た名前も知らない男子生徒の喉元にカッターナイフを突き刺した。男子生徒は声も上げられず血を噴き上げ、そのまま絶命する。
「怒りで物事を判別出来なくなったかい?」
村野コウイチはうっすらと血が滲む肩元を抑えながら、私に向かって挑発するようにそう言った。
確かに、今の私は冷静ではない。当初の計画から事態は大きくそれてしまっている。トイレの中も血塗れだ。状況を打開する策を今すぐ考えたいところだったが、もはやどうすることも出来そうになかった。
しかし、何があっても最悪の事態だけは避けなければならない。我々の存在が表沙汰になるような事だけは。
「……。」
であれば―――
「……『河内森キョウコ』はシリアルキラーだった」
河内森キョウコは元々人殺しを好む狂気的な女で、学校で突発的に発生したその衝動を抑えきれなくなった為に偶然近くにいた男子生徒二人を殺害した。そういうシナリオだ。それなら私が然るべき施設に収容されるだけで、ついでに口封じも出来る。
「……へ、へぇ?肉を切らせて骨を断つ、というわけか」
「……死ね」
私はカッターナイフを持ち直すと、村野コウイチへと刃先を向けてそう言った。手に込める力強くし、勢いよく突き刺す。
しかし、村野コウイチは自らの手が切れる事も恐れず私の手をカッターナイフごと受け止めると、痛みに耐え口元を歪めつつ私にこんなことを言った。
「……っ!よ、よく聞け化け物。取引しようじゃないか。僕に妙案がある」
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