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#006

宮之阪のメモ帳

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 ……つくづく俺の強烈な記憶を刺激するような事ばかり言いやがるやつだな、まったく。しかし、俺の口角は煽られて不謹慎にも少しばかりつり上がっていた。

「……ふっ。馬鹿かよ……」

 鼻でひとつ笑ってそんなことを呟いた。誠に勝手ながら、どうやらこれが俺のエンジン再始動の合図だったようだ。

 あぁ、その通りだと思うぜ、宮之阪もユウキもいなくなったこの世界で誰が救世主をするんだろうな。

 自意識過剰も甚だしいところだが、俺しかいないだろうが。今さら、「なんで俺が」なんて野暮な事は考える余地もない。

 ついでに、言わなくたって分かっているさ、俺一人じゃ何も出来ない事は。だから使えるもんは何でも使わせてもらう。必要なのは情報、そして戦力だ。戦力についてはJDさんに連絡を取ろう。あの人以上に頼りになる人物を俺は知らん。

 情報については宮之阪のメモがこれ以上ない宝庫だろう。吊るされていた宮之阪の偽物はメモ帳を持っていなかったので、おそらくここで眠っているユウキが持っているはずなのだが。

「……俺が死んだらあの世でいくらでも叱られてやるから」

 俺はユウキが着ていた制服についている全てのポケットを探った。しかし、こいつが持っているはずのメモ帳がどこにもなかった。女スパイの如く胸の谷間とかに忍ばせていたりするのかと悪気、改めて良気百パーセントでまさぐってみたがなかった。ユウキを殺したやつが去り際にこいつからくすねたに違いない。……のだが。

 ………………………………………………………………………………………………………。

 何だこの違和感は。

 何かがおかしい。

 俺は自信がある教科のテストを解き終わった後のような掴みどころのない感情に再び苛まれていた。この前と違うところと言えば、何か残り一ピースが足りていないみたいな感覚ではなく、キッチリとハマったピースが本当にそこであっているのか?といったような感覚だ。他にこいつがハマる場所があったんじゃないか?はたまた、こいつとそっくりな形のピースがもう一つあったとか、な。

 そもそもの話、なぜこいつはいたんだ。殺されてしまった理由は分かる。つまるところこいつがK殺しの「学校の悪魔」であるとバレてしまっていたからだ。となると、あの吊るされていた宮之阪も偽物ではなく本物であるという妹(偽)の話も分かるのだが、それは今は置いておくとして。

 犯人はなぜこいつを殺すだけではなく、わざわざ吊るす必要があったんだ?吊るすということは、つまりは犯人もまたユウキの死体も「学校の悪魔」の仕業であると思わせたかったからだろう。そうなると男子トイレで自殺死体が見つかった時と同じ犯人、とどのつまり河内森キョウコである可能性がかなり高いのだが、しかし、河内森キョウコははたしてあのユウキよりも強いのだろうか。

 教室で一見した限り身長も一七○近いユウキよりも二十センチは低かったし、華奢というよりはどちらかと言えば病弱かと思うくらいに細かったように思える。とはいえ、河内森キョウコの死体が見つかったという騒ぎが未だない以上、ユウキは河内森キョウコに殺されてしまったと考えるのが妥当だろう。

 ……本当にそうか?いや、考えたところで分からん。今はとりあえずそういう想定をして色々と準備するのが先だ。やはり、俺と河内森キョウコとのタイマンはどうにもこうにも避けられそうにないだろうからな。

……とばかり思っていたのだが、俺の心配は杞憂に終わって、

『—————河内森キョウコは既に死んでいます』

 これは生徒会室で死んでしまっていたユウキについて警察に連絡したのち散々事情聴取をされた後、親の迎えの車で安全に帰った自宅で俺が電話越しにJDさんに聞かされた話だ。

『彼女の自宅の河川敷でね。酷い裂傷だった。おそらく死因は出血多量によるものだと思う。……ごめんなさい、やっぱりあなた達を巻き込むべきじゃなかった。全部私の責任です。私が一般人のあなた達に甘えたばっかりに……。宮之阪カエデと星ヶ丘ユウキの事、辛い想いをさせてしまっただけだったわね』

 それからJDさんは良く通る声を出来るだけ潜めるようにして改めて『……ごめんなさい』と言った。

『でも、もう大丈夫。あなたの事は私が必ず護ります。学校にいるインポスターの事も私達がどうにかするわ。あなた達が命を懸けて作ってくれたリストを頼りにね。あなたはもう何もしなくていい。何もしなくていいの』

 『これで全部解決だから』とJDさんは俺にこの件についてこれ以上関わらせまいと念を押すように言うと、涙声を隠すように早口にじゃあねと言い残して妹(偽)の件についての話もしたかった俺の意志諸共一方的に切ってしまった。まぁ、俺がこれ以上何かを言うのは野暮というものだろう

 こうして、ラスボス的存在であったところの河内森キョウコはいつの間にか誰かによって殺されていたことによってこの奇妙な事件はいともあっさりと静かに幕を下ろした。

 だが、どういうわけかそれから数日経っても俺の胸の突っかかりはどうにもこうにも消えてはくれなかった。確かに偽妹の件が解決していないのもあるのだが、これはあれか?悲劇の主人公を気取っていた俺の知らないところで事件がいつの間にか解決してしまっていたからか?

「確かお前は俺が抗うのを辞めたら親父とお袋を殺しちまうと言ったよな。じゃあ、学校中の偽者を全員ぶちのめしちまった日にはその一方的な契約はどうなるんだ?」

 その時点で学校を救っちまえているわけだから俺の戦う理由はもうないのだが。

 俺はソファーに深く腰かけ、コップに少し残っている冷めたコーヒーを口に流し込み、同じく隣で座りながらブラックコーヒーを優雅に口元に運ぶ妹(偽)に問いかけた。

「そこから先、お前が俺に日本そして地球のために戦えと言うのなら契約通りやはり俺は家族を殺させない為に何かしら行動を起こそうと思うのだが、妹よ。今回の一連の事件を見て分かる通り俺みたいな小物が何かしようがしまいがお前が望むような展開にはならないと思うぞ?」

 自分で言ってて悲しいがな。でも、本当にそのとおりだと思うぜ。今回の事件に至ってはユウキと宮之阪の二人があってこそ、鉄仮面のお前がくすりと笑うようなバチバチぶつかり合う展開になっただけで、今の俺にはせいぜいJDさん達をけしかけることくらいしか出来ないからな。

 んでもって、そこからは俺が何もしなくとも事件はお前にとっての面白い方向へと勝手に進んでいくだろうさ。

「……確かにそうですね。あなたが私の事を暴露しない代わりに、あなたを含めた家族を殺さないというだけの契約になります」

 そう言った妹はソファーから立ち上がってコップに熱いコーヒーを継ぎ足し一口啜ると、息を吐くように「では」と前置き、

「お願いしたいことがあるのですがよろしいでしょうか」

 すごく下手に出ているように聴こえるがこれはれっきとした脅迫だ。手伝わなければ両親を殺すと言っているのと相違ない。

 素直に聞き入れる他ないので俺は「なんだ」と尋ねた。無茶を言うのは構わないが、せめて俺が出来ることにしてくれよ?

 偽妹は少し躊躇うような間を開けてから、コーヒーから俺に視線を移して言った。

「事情が変わりました。すぐにでも手に入れて欲しいのです。世界の均衡を保つために―――宮之阪カエデのメモ帳を」
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