異界の相対者

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学校編

おとぎ話からの脱出

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「あ、あの」
 後ろからジャモンがシズに声をかけた。シズは顔を少しだけ動かして振り向いた。ジャモンは目線を泳がせた。
「私、ジャモン・サーペティンっていいます」
ジャモンはまた自己紹介した。
「シズ、さんでよろしいですか?」
 ジャモンは恐る恐る尋ねてきた。この男もカーネスやドッペルゲンガーと仲間かもしれない。そういう考えはシズにあった。けれど、シズにはなぜか男が自分と同士に見えた。不安がっている瞳。おどおどしい仕草。あきらかな戸惑い。それらにシズは共感を覚えた。だからジャモンの問いに素直に頷いた。ジャモンは安心したように微笑んだ。
「シズさん、お茶でも飲んで少しお話しましょう」
 ジャモンは玄関を閉めて、ジャモンの傍まで戻った。そしてふたりでキッチンを見た。とてもお茶なんて飲めそうなキッチンではなかった。
 目覚めた部屋でもシズは思ったがここは汚い。とても汚い。前に誰かが住んでいたんだろう。本もあったし。けれどある日突然いなくなったんじゃないだろうか。フォークやスプーン、食べカスがそのままのテーブル。流しの中もしかり。そして心なしか少し臭う。靴下の裏を見れば数歩程度しか歩いて(走ったか)いないのに黒くなっていた。
「はああああああっ」
 ため息の混ざった声をシズはあげて座り込んだ。
「なんでこんなことになったんだよ……」
 訳が分からない状況だが、カーネスにやられた痛み達に、シズはこれが夢でもおとぎ話でもないことを諭された。
「今日はカケルに親子丼奢って貰うはずだったのによ」
「オヤコドン?」
「知らねぇのか?親子丼」
 ジャモンの顔を見上げれば、彼は頷いた。
「汁に醤油とか砂糖とかで味付けたやつで鶏肉と玉ねぎを煮て、卵でとじて、御飯の上にのせるんだ」
「それは美味しそうだな」
「超うめぇよ」
 シズは目覚めた部屋のベッドの脇にシューズが見えた。シズのシューズだった。立ち上がるとベッドまでいき、靴下の裏を軽く払ってシューズを履いた。
「外にいくのかい?」
 シズは頷いた。
「私も行こう」
 ジャモンがそう言ったが私はいや、と断った。
「ひとりでいく」
 ジャモンは何か言いたげだったが遠慮したようでシズを引き止めなかった。
「帰れなくなったらヨンキョクに頼って。キミドリアパートのミズイロって言えば連れて帰ってきてくれるだろう」
 またでた「ヨンキョク」がシズは何か分からなかったが、分かったふりをした。シズは帰るつもりだった。ここではない。


 アパートを出て、シズはさっきまでいた二階の角部屋を見上げると人とぶつかった。
「ごめんなさい」
 シズにぶつかったブロンドヘアーのおばさんは丁寧に謝ってくれた。人の波に乗り、シズは歩いた。
 前や横を歩く人にシズの見知った顔はない。街の景色も見慣れない。読める店の看板は全て日本語ではなかった。建物の壁は目がチカチカするほどにカラフルに彩られていた。やはりシズはこの世界を知らない。
「私は日本人の十八歳です」
 このおかしな世界にのまれるが怖くてそんなまぬけなことを小さく、シズは呟いた。日本語を喋ったつもりだがどこか違った気がした。
 人の波の先は広場だった。そこは香ばしい匂いがあちこちから漂ってきた。ホットドッグらしきもの、サンドイッチぽいもの。それに麺類ものが多かった。お腹が減ったが。シズは無一文だった。シズはまた歩いた。
 少しすると大きなアーチ橋に着いた。橋の欄干に肘をついてシズは川を見下ろした。
 こんな考え本当に馬鹿みたいだが、ここは日本じゃなさそうだった。いや、日本なのかもしれない。けれどどっちにしろ、見知らぬ土地だった。シズは欄干に背中を預け体の向きを変えた。道行く人の服装はどこか古めかしかった。ジーンズを履いている人はいる。けれど女性のほとんどは膝丈か足首まであるスカートやワンピースをはいてた。シズのポリエステル製の黒いジャージはあきらかに浮いていた。黒いズボンに白シャツ、ボルドーのブレザーを着た兵隊ぽい男のふたり組があきらかにシズを見て怪訝な顔をしていた。ひとりがブレザーと同じボルドーの帽子についた黒いつばを掴み隣の男にこそこそと話しかけていた。警察か何かかもしれない。シズは身構えたが、ふたりは去っていった。
 そしてここが橋の上であることにシズは気がついた。シズがあのドッペルゲンガーに襲われたのも橋の上だった。あの橋とこの橋はかなり違う。けど高いところから落ちて元の世界に戻るっていうのはよくある話だ。シズは欄干に手を置いた。死ぬ気は全然ない。こんなおとぎ話みたいな世界だから生死とかの実感が薄い。けれどおとぎ話ではないことは理解しているシズは、ちょっとびびった。けどこのままなのは嫌だった。勢いをつけてシズは欄干に左足をかけた。どよめきが聞こえた。
「若いのや!何をしとる!」
 近くに白い髭を蓄えたおじいさんがシズの傍にきた。
「家に帰るんです」
「そんな嘘いくらわしがじじいでも通用せんで」
 本当のことなんだけど、とシズは思う。
「近道なんだ」
 今のシズはこれしか方法はない。右足もかけてバランスをとりながら欄干の上に立ち上がった。悲鳴が聞こえたが、シズはどうでもよかった。川を見下ろせば結構な高さだった。シズは両手を広げて風を感じた。恐怖はもうなかった。すっきりしていた。近くにいたおじいさんがシズを止めようと触れてきた。
「やめときな、じいさん」
シズが微笑めばおじいさんは手を引っ込めた。
「私はうちに帰るんだよ」
「祭りに浮かれすぎて頭がおかしくなったのか、貴様」
 よく通る男の声が響いた。思わず声の方を振り返った。そこにはドッペルゲンガーと全く同じ漆黒の軍服を着た男が不快極まりない顔をして立っていた。
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