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逃亡編
王女の初恋
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メト王女は兄の悪事をきっぱりと言った。オードの人間が聞いてないか心配してバリミアはドアを振り返る。そして声を潜めてバリミアは尋ねた。
「他国とは具体的に? 」
バリミアの声は少し震えていた。メト王女は目を伏せた。
「はっきりとは知りません。ミトスは最後まで明確な答えは教えてくれませんでした。兄は私がミトスを知っている事を知りません」
「ではなぜメト様はその、ミトスさんを存じ上げていらっしゃるのですか? 」
メト王女は吹き出すように笑った。
「あの人、まだスパイを始めた頃に兄の部屋と間違えて私の部屋に来たのです」
メト王女は本当に楽しそうに話した。
「私は不審者だと思いまして、すぐに人を呼ぼうとしましたがミトスに止められました。貴女の兄に雇われている。私が今騒ぐと兄が悪い立場になると。そしてもう二度と姿は現さないから今夜の事は夢として忘れてくれって去っていったの。けれどあの人ったら、バルコニーに忘れ物をしたの」
メト王女は立ち上がるとベッド脇のサイドテーブルに置かれた宝石箱を持つと戻ってきた。箱を開けると、そこから金色の太陽をモチーフにしたブローチを出した。
「これ。ミトスの母の形見だそう。本当にスパイとしてはおっちょこちょいでしょう? 大切なものだから次の日の夜ミトスはバルコニーにこれを捜しにきたの。待ち伏せていた私はミトスにこれを返した。そして代わりにまた私を訪ねてくるように約束させたの」
「なぜです? 」
バリミアが不思議そうに尋ねた。
「退屈していたからかしらね」
メト王女は愛おしそうに太陽のブローチを指で撫ぜた。
「彼は何度も私に会いに来てくれました。教えてくれたのはミトスという名前と、兄に使われているスパイだという事だけ。出会って一年過ぎた頃に初めて故郷の話をしてくれたのです。故郷には金の海がある。小麦畑ほど美しいものはこの世にないと思っているって」
シズはヘミモル村の墓地から見た小麦畑を思い出した。
「その時に彼は本当はスパイなんてしたくない事、故郷で小麦畑と共に暮らしたい事を知りました。その話をした後、ミトスは姿を見せなくなったのです。そして半年経った去年の六月ミトスはやっと私に会いに来てくれました。そして私にこの太陽のブローチをくれ、突然別れを告げられたのです。そこで初めて九十七期生の生き残りである事を教えてくれました。まあ私もアイドを使ってその事はずっと前から知っていましたけれど。そして、もうこの世界で生きられないと言われました」
「この世界? 」
バリミアが首を捻った。シズは何も言わなかった。
「はい。こことは違う世界に行くと。私はそれを信じました」
「なぜ? 」
バリミアは理解不能と言いたげだった。
「ミトスの言葉だったからです。それ以上の理由はありません。そして頼み事をされました」
メト王女は、シズをしっかりと見据えた。
「もし自分とそっくりな女が現れ、城と関わっていたならその子は大きな悪事に巻き込まれるから他国に逃がしてあげて欲しいと。インデッセ以外に」
「なぜ、インデッセ以外に? 」
シズが尋ねる。
「きちんとは分かりません。けどメヨ以外にと念を押されました。もしその事がミトスのスパイ活動と関係あるのなら、兄が調べている国は、」
「インデッセ」
バリミアが答えた。
「シズ、貴女はメヨで襲われたそうね。もしかしたらミトスの言っていた悪事と関係しているのではないかしら? 」
腕に十字の傷がある男。カルセドニー工場に銃を作らせたユオ・オーピメン。アルガーと同じ傷がある男。
「……かもしれません。けど、まだアベンチュレ人間が関わっている事も捨てきれません。私はスパイと同じ顔なので」
「それもそうね。まだどちらか分からない。けれどどちらにしても貴女はアベンチュレにはいられないって事ね」
メトは正しかった。現にこの船に乗って、シズの見張りの視線が消えた。
「シズ、貴女ミトスと会った事は? 」
「一度。一瞬だけですが」
「そう」
メト王女は再び太陽のブローチを撫ぜた。
「……王女はミトスの事をどう思っていたのですか? 」
その仕草で、シズはだいたい分かった。メト王女は優しく悲しく微笑んだ。
「心を寄せておりました。凄くずるい人だったのですけどね」
メト王女の部屋を後にして、隣に用意されたメイド用の部屋で、シズははずっと海を眺めていた。ミトスも全てを置いてこの世界を去ったのだ。シズと違って生きる術を準備されていない世界で。もしかしたら、ミトスは死んでいるかもしれないとシズは思った。ミトスが求めていた運命の答えがインデッセにあるのだとしたら、シズは今その答えから一番離れた所に向かっている。背を向ける事を許されている。その事にシズは罪悪感がない。ミトスの答えが、シズの答えではないからだ。
「シズ」
バリミアがノックもせずに部屋に入って来た。
「朝食べてなかったでしょ? ちょっと早いけどお昼持ってきた。私のお手製よ」
「え、バリミアが作ったのか? 」
テーブルに置かれたそれを見て、シズは口を閉じた。
「厨房借りて作ったの。ジャモンのレシピは分かりやすいわね」
そこにはオヤコドンがあった。
「なんで……? 」
「ジャモンに頼まれたの。きっとろくにご飯たべていないだろうからシズにこれを作ってやれって。はいこれレシピ本」
シズはバリミアからノートを受け取る。開いて見れば、オヤコドンの他にフーメンやパン色んなレシピが丁寧に書かれていた。
「シズってガサツなわりに器用だからそれくらい作れるようになるわよ」
ノートを閉じる。スプーンを持って、オヤコドンをすくい取り口に運ぶ。美味しい。凄く美味しい。けれどやっぱり親子丼ではない。ジャモンオリジナルのオヤコドンだ。それなのに、オヤコドンでさえ、シズは懐かしい味に感じた。それが戻れない事を噛み締めさせた。あの日初めてジャモンのオヤコドンを食べた時のように、シズはたまらなく淋しかった。気が付けばしゃくりあげていた。シズはずっと泣いてばかりだ。何もしていないのに泣いてばかりだ。
「ゆっくり食べて。そしたらまた仕事よ」
バリミアはそれだけ言って部屋を出た。この情けない淋しさはいつまで続くのだろう。どこまで逃げれば私の運命は終わる事ができるのだろうか。それがシズは分からなかった。
「他国とは具体的に? 」
バリミアの声は少し震えていた。メト王女は目を伏せた。
「はっきりとは知りません。ミトスは最後まで明確な答えは教えてくれませんでした。兄は私がミトスを知っている事を知りません」
「ではなぜメト様はその、ミトスさんを存じ上げていらっしゃるのですか? 」
メト王女は吹き出すように笑った。
「あの人、まだスパイを始めた頃に兄の部屋と間違えて私の部屋に来たのです」
メト王女は本当に楽しそうに話した。
「私は不審者だと思いまして、すぐに人を呼ぼうとしましたがミトスに止められました。貴女の兄に雇われている。私が今騒ぐと兄が悪い立場になると。そしてもう二度と姿は現さないから今夜の事は夢として忘れてくれって去っていったの。けれどあの人ったら、バルコニーに忘れ物をしたの」
メト王女は立ち上がるとベッド脇のサイドテーブルに置かれた宝石箱を持つと戻ってきた。箱を開けると、そこから金色の太陽をモチーフにしたブローチを出した。
「これ。ミトスの母の形見だそう。本当にスパイとしてはおっちょこちょいでしょう? 大切なものだから次の日の夜ミトスはバルコニーにこれを捜しにきたの。待ち伏せていた私はミトスにこれを返した。そして代わりにまた私を訪ねてくるように約束させたの」
「なぜです? 」
バリミアが不思議そうに尋ねた。
「退屈していたからかしらね」
メト王女は愛おしそうに太陽のブローチを指で撫ぜた。
「彼は何度も私に会いに来てくれました。教えてくれたのはミトスという名前と、兄に使われているスパイだという事だけ。出会って一年過ぎた頃に初めて故郷の話をしてくれたのです。故郷には金の海がある。小麦畑ほど美しいものはこの世にないと思っているって」
シズはヘミモル村の墓地から見た小麦畑を思い出した。
「その時に彼は本当はスパイなんてしたくない事、故郷で小麦畑と共に暮らしたい事を知りました。その話をした後、ミトスは姿を見せなくなったのです。そして半年経った去年の六月ミトスはやっと私に会いに来てくれました。そして私にこの太陽のブローチをくれ、突然別れを告げられたのです。そこで初めて九十七期生の生き残りである事を教えてくれました。まあ私もアイドを使ってその事はずっと前から知っていましたけれど。そして、もうこの世界で生きられないと言われました」
「この世界? 」
バリミアが首を捻った。シズは何も言わなかった。
「はい。こことは違う世界に行くと。私はそれを信じました」
「なぜ? 」
バリミアは理解不能と言いたげだった。
「ミトスの言葉だったからです。それ以上の理由はありません。そして頼み事をされました」
メト王女は、シズをしっかりと見据えた。
「もし自分とそっくりな女が現れ、城と関わっていたならその子は大きな悪事に巻き込まれるから他国に逃がしてあげて欲しいと。インデッセ以外に」
「なぜ、インデッセ以外に? 」
シズが尋ねる。
「きちんとは分かりません。けどメヨ以外にと念を押されました。もしその事がミトスのスパイ活動と関係あるのなら、兄が調べている国は、」
「インデッセ」
バリミアが答えた。
「シズ、貴女はメヨで襲われたそうね。もしかしたらミトスの言っていた悪事と関係しているのではないかしら? 」
腕に十字の傷がある男。カルセドニー工場に銃を作らせたユオ・オーピメン。アルガーと同じ傷がある男。
「……かもしれません。けど、まだアベンチュレ人間が関わっている事も捨てきれません。私はスパイと同じ顔なので」
「それもそうね。まだどちらか分からない。けれどどちらにしても貴女はアベンチュレにはいられないって事ね」
メトは正しかった。現にこの船に乗って、シズの見張りの視線が消えた。
「シズ、貴女ミトスと会った事は? 」
「一度。一瞬だけですが」
「そう」
メト王女は再び太陽のブローチを撫ぜた。
「……王女はミトスの事をどう思っていたのですか? 」
その仕草で、シズはだいたい分かった。メト王女は優しく悲しく微笑んだ。
「心を寄せておりました。凄くずるい人だったのですけどね」
メト王女の部屋を後にして、隣に用意されたメイド用の部屋で、シズははずっと海を眺めていた。ミトスも全てを置いてこの世界を去ったのだ。シズと違って生きる術を準備されていない世界で。もしかしたら、ミトスは死んでいるかもしれないとシズは思った。ミトスが求めていた運命の答えがインデッセにあるのだとしたら、シズは今その答えから一番離れた所に向かっている。背を向ける事を許されている。その事にシズは罪悪感がない。ミトスの答えが、シズの答えではないからだ。
「シズ」
バリミアがノックもせずに部屋に入って来た。
「朝食べてなかったでしょ? ちょっと早いけどお昼持ってきた。私のお手製よ」
「え、バリミアが作ったのか? 」
テーブルに置かれたそれを見て、シズは口を閉じた。
「厨房借りて作ったの。ジャモンのレシピは分かりやすいわね」
そこにはオヤコドンがあった。
「なんで……? 」
「ジャモンに頼まれたの。きっとろくにご飯たべていないだろうからシズにこれを作ってやれって。はいこれレシピ本」
シズはバリミアからノートを受け取る。開いて見れば、オヤコドンの他にフーメンやパン色んなレシピが丁寧に書かれていた。
「シズってガサツなわりに器用だからそれくらい作れるようになるわよ」
ノートを閉じる。スプーンを持って、オヤコドンをすくい取り口に運ぶ。美味しい。凄く美味しい。けれどやっぱり親子丼ではない。ジャモンオリジナルのオヤコドンだ。それなのに、オヤコドンでさえ、シズは懐かしい味に感じた。それが戻れない事を噛み締めさせた。あの日初めてジャモンのオヤコドンを食べた時のように、シズはたまらなく淋しかった。気が付けばしゃくりあげていた。シズはずっと泣いてばかりだ。何もしていないのに泣いてばかりだ。
「ゆっくり食べて。そしたらまた仕事よ」
バリミアはそれだけ言って部屋を出た。この情けない淋しさはいつまで続くのだろう。どこまで逃げれば私の運命は終わる事ができるのだろうか。それがシズは分からなかった。
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