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逃亡編
オード王都パズート
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「そこを出ると二階です。普通の階段で四階まで行ってください。案内板があるので道には迷わないでしょう。私はずっと眼鏡をかけていたので、あなたも船にいる間は眼鏡をかけておいてください」
「分かりました」
「部屋の鍵はジャケットのポケットに入っています。それでは行きますね」
「あ、あの」
シズは呼び止めた。
「お世話になりました」
アイドさんはおかしそうに微笑んだ。
「あなたもご武運を」
そう言って階段をメイド服で上っていくアイドはあまりにも軽やかだった。やはりただのメイドではないとシズは思った。
シズは恐る恐る廊下に出る。十時を過ぎているためか、人はいなかった。アイド言われた通りに四階に行き、案内板に沿って行けば408号室に辿り着いた。ジャケットのポケットを探り鍵を出す。部屋に入ると、メイドしてあてがわれた部屋の三分の一だった。一般客用だ。テーブルの上にトランクがある。開けるとパスポートがあった。見ると私の顔の横にミメ・ルーと名前が書かれていた。
「ミメ・ルー、ミメ・ルー、ミメ・ルー」
呪文のように、シズは新しい自分の名前を唱える。ふとなんでこんな訳の分からない事になっているんだとシズは思った。変に冷静になってしまった。
これは本当に、自分の現実なのか? そう思うのはまたここから逃げたいからなのか? 自分の中からじゃ、も自分が全く見えない。自分の存在も理由も原点もめちゃくちゃにされている気がする。この現実が運命(さだめ)というにはあまりにも混沌過ぎた。もう訳が分からないままの方がきっといい。冷静は夜の海に沈むといい。長く冷静になれば自分はきっともう、壊れてしまう。シズは横になった。
眠ったのか眠らなかったのか分からない。朝日を眩しく思い腕で光を遮ると、シズはミメ・ルーのパスポートを握りしめたままだった。すがっているみたいだった。パスポートをトランクに戻すと、封筒があった。シズが中を見ると、新しい住処への地図だった。下に、あまり綺麗ではありませんと丁寧に書かれていた。封筒はトランクに戻し、地図はジャケットのポケットにしまった。
朝食に人参のポタージュとハムタマゴのサンドイッチをシズは頬張った。部屋に戻って鏡の前で自分の顔を見ながら「私の名前はミメ・ルーです」と言った。 十月十七日の九時半頃船はシンマトの港に着いた。船を降りると振り返る。無意識にメト王女やバリミアの姿を捜したが見つかるわけもなく、ポケットからぐちゃぐちゃになった地図を広げ新しい住処に向かった。
「汚ねぇ!」
そのグレー色のアパートを見た、シズの第一印象はそれだった。オンボロだった。これはあまり綺麗ではありません、の注意書きが許されないオンボロだった。恐ろしい程汚いです書いてくれた方が親切だった。
シズの部屋は二階だった。202号室。なんの偶然か、キミドリアパートと同じだった。部屋を開けると、荷物があった。アベンチュレから先に送ってくれていたようだ。至れり尽くせりである。荷物の上にトランクを置くと、カーテンと窓を開けた。風が入り込む。ここから見えるパズートは白い街だった。建物も道も白い。なのにこの建物はこんなに薄汚れている。元々白だったのだろうか。街の景色に背を向けて味気ない部屋を見る。シズは荷解きする気分にもなれなかった。
「……出掛けるか」
窓を閉めると部屋を出た。アパートから店のある方を目指し歩く。どっかで何か飲もうとカフェでもないかときょろきょろしていると何かうめき声が聞こえた。
「金なんか持ってねぇよ」
情けない男の声だった。路地裏から聞こえる。
「だーかーらー、財布見せろって言ってんだろ?あるかないかは俺らが確認するからよ」
「俺らちょっと困ってんの。こんないい天気の日に酒が飲む金がない俺ら、可哀想だろう?」
「おっさん、子どもにお小遣いちょうだいよー」
路地裏を覗くと、親父が若者三人に囲まれている。カツアゲらしかった。シズはその場で屈伸し、腕を回したり準備運動を軽くした。首を鳴らすと路地裏に足を踏み入れた。
「おじさん殴る元気あんならバイトでもしろよ」
親父を囲んだ男共が。シズを振り返る。
「なんだてめぇ?」
ああ、この感じ。このヤンキー口調の絡まれ方。シズには久しぶり過ぎる。懐かし過ぎた。
「なんかこいつニヤニヤしてるんですけどー。気持ち悪いんですけどー」
男共がゲラゲラ笑う。
「ごめんこういうの久しぶりで嬉しくてさ。ありがとうね」
シズは一人目の男の顔を蹴り飛ばす。男は壁に当たり、顔を押さえて呻いた。
「やっぱ久しぶりだと身体が上手く動かないな」
かけていた眼鏡を後ろに投げる。
「調子のんなよ! 」
二人目が拳を突き出してきたが、遅い。シズは楽々かわすと男の胸倉を掴み、鳩尾に膝蹴りを入れる。
「かはっ! 」
そのまま一人目の男の上に放り投げた。残り一人を見据える。男は腰を抜かし座り込んだ。
「あ、ちょっとタンマ! タンマ! 」
逃げ腰対応に舌打ちをした。
「今すぐ私にやられるか、友達連れて十秒以内にここから去って二度と私達に関わらないか、決めろ」
「去ります! 」
男は友達二人を引きずって路地裏から消えて行った。友達見捨てない分マシか。シズは蹲っているおじさんの肩を叩く。
「おっさん。もうあいつらどっか行ったぜ。大丈夫か? 」
黒髪の男はゆっくりと顔を上げた。そして声が恐怖で上手くでないのか何度も頷いた。
「立てるか? 」
おっさんは首を振った。そして口をパクパクしてなんとか声を出した。
「右足くじいた」
「お気の毒」
おっさんの右腕を肩に回す。
「え? 」
「歩けねぇんだろ? 家まで送るよ 」
おっさんは情けないぐらい泣きそうな顔をした。
「面目ねぇ……」
「別にいいよ。暇だから。家どっち?」
「近い。汚いグレーのアパートだ。本当に汚いからよく分かる」
「……そこならすぐに送っていけれそうだ」
シズはおっさんを立ち上がらせると来た道を戻っていった。
「分かりました」
「部屋の鍵はジャケットのポケットに入っています。それでは行きますね」
「あ、あの」
シズは呼び止めた。
「お世話になりました」
アイドさんはおかしそうに微笑んだ。
「あなたもご武運を」
そう言って階段をメイド服で上っていくアイドはあまりにも軽やかだった。やはりただのメイドではないとシズは思った。
シズは恐る恐る廊下に出る。十時を過ぎているためか、人はいなかった。アイド言われた通りに四階に行き、案内板に沿って行けば408号室に辿り着いた。ジャケットのポケットを探り鍵を出す。部屋に入ると、メイドしてあてがわれた部屋の三分の一だった。一般客用だ。テーブルの上にトランクがある。開けるとパスポートがあった。見ると私の顔の横にミメ・ルーと名前が書かれていた。
「ミメ・ルー、ミメ・ルー、ミメ・ルー」
呪文のように、シズは新しい自分の名前を唱える。ふとなんでこんな訳の分からない事になっているんだとシズは思った。変に冷静になってしまった。
これは本当に、自分の現実なのか? そう思うのはまたここから逃げたいからなのか? 自分の中からじゃ、も自分が全く見えない。自分の存在も理由も原点もめちゃくちゃにされている気がする。この現実が運命(さだめ)というにはあまりにも混沌過ぎた。もう訳が分からないままの方がきっといい。冷静は夜の海に沈むといい。長く冷静になれば自分はきっともう、壊れてしまう。シズは横になった。
眠ったのか眠らなかったのか分からない。朝日を眩しく思い腕で光を遮ると、シズはミメ・ルーのパスポートを握りしめたままだった。すがっているみたいだった。パスポートをトランクに戻すと、封筒があった。シズが中を見ると、新しい住処への地図だった。下に、あまり綺麗ではありませんと丁寧に書かれていた。封筒はトランクに戻し、地図はジャケットのポケットにしまった。
朝食に人参のポタージュとハムタマゴのサンドイッチをシズは頬張った。部屋に戻って鏡の前で自分の顔を見ながら「私の名前はミメ・ルーです」と言った。 十月十七日の九時半頃船はシンマトの港に着いた。船を降りると振り返る。無意識にメト王女やバリミアの姿を捜したが見つかるわけもなく、ポケットからぐちゃぐちゃになった地図を広げ新しい住処に向かった。
「汚ねぇ!」
そのグレー色のアパートを見た、シズの第一印象はそれだった。オンボロだった。これはあまり綺麗ではありません、の注意書きが許されないオンボロだった。恐ろしい程汚いです書いてくれた方が親切だった。
シズの部屋は二階だった。202号室。なんの偶然か、キミドリアパートと同じだった。部屋を開けると、荷物があった。アベンチュレから先に送ってくれていたようだ。至れり尽くせりである。荷物の上にトランクを置くと、カーテンと窓を開けた。風が入り込む。ここから見えるパズートは白い街だった。建物も道も白い。なのにこの建物はこんなに薄汚れている。元々白だったのだろうか。街の景色に背を向けて味気ない部屋を見る。シズは荷解きする気分にもなれなかった。
「……出掛けるか」
窓を閉めると部屋を出た。アパートから店のある方を目指し歩く。どっかで何か飲もうとカフェでもないかときょろきょろしていると何かうめき声が聞こえた。
「金なんか持ってねぇよ」
情けない男の声だった。路地裏から聞こえる。
「だーかーらー、財布見せろって言ってんだろ?あるかないかは俺らが確認するからよ」
「俺らちょっと困ってんの。こんないい天気の日に酒が飲む金がない俺ら、可哀想だろう?」
「おっさん、子どもにお小遣いちょうだいよー」
路地裏を覗くと、親父が若者三人に囲まれている。カツアゲらしかった。シズはその場で屈伸し、腕を回したり準備運動を軽くした。首を鳴らすと路地裏に足を踏み入れた。
「おじさん殴る元気あんならバイトでもしろよ」
親父を囲んだ男共が。シズを振り返る。
「なんだてめぇ?」
ああ、この感じ。このヤンキー口調の絡まれ方。シズには久しぶり過ぎる。懐かし過ぎた。
「なんかこいつニヤニヤしてるんですけどー。気持ち悪いんですけどー」
男共がゲラゲラ笑う。
「ごめんこういうの久しぶりで嬉しくてさ。ありがとうね」
シズは一人目の男の顔を蹴り飛ばす。男は壁に当たり、顔を押さえて呻いた。
「やっぱ久しぶりだと身体が上手く動かないな」
かけていた眼鏡を後ろに投げる。
「調子のんなよ! 」
二人目が拳を突き出してきたが、遅い。シズは楽々かわすと男の胸倉を掴み、鳩尾に膝蹴りを入れる。
「かはっ! 」
そのまま一人目の男の上に放り投げた。残り一人を見据える。男は腰を抜かし座り込んだ。
「あ、ちょっとタンマ! タンマ! 」
逃げ腰対応に舌打ちをした。
「今すぐ私にやられるか、友達連れて十秒以内にここから去って二度と私達に関わらないか、決めろ」
「去ります! 」
男は友達二人を引きずって路地裏から消えて行った。友達見捨てない分マシか。シズは蹲っているおじさんの肩を叩く。
「おっさん。もうあいつらどっか行ったぜ。大丈夫か? 」
黒髪の男はゆっくりと顔を上げた。そして声が恐怖で上手くでないのか何度も頷いた。
「立てるか? 」
おっさんは首を振った。そして口をパクパクしてなんとか声を出した。
「右足くじいた」
「お気の毒」
おっさんの右腕を肩に回す。
「え? 」
「歩けねぇんだろ? 家まで送るよ 」
おっさんは情けないぐらい泣きそうな顔をした。
「面目ねぇ……」
「別にいいよ。暇だから。家どっち?」
「近い。汚いグレーのアパートだ。本当に汚いからよく分かる」
「……そこならすぐに送っていけれそうだ」
シズはおっさんを立ち上がらせると来た道を戻っていった。
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