異界の相対者

文字の大きさ
213 / 241
平和編

私が悪人

しおりを挟む
「シズ様、この世の一番の武器って何かご存知? 」
「武器? 」
 神様、とは言わせたくないように思った。
「感情ですよ。カバンサ様もヨール王も、扱いきれない感情に振り回されているんです」
「ああ、私もそういうことあったな」
 シズはオードで過ごした時間を思い出す。
「そうですね。感情を扱いきれる方などそうそうおられないのかもしれません。人なのに人がわかりませんものね」
 もしかしたら祈っているのかもしれない。神を通して未来を祈っている。神じゃなくてもいいんだ。できるだけ無敵で大きいものであれば安心できるだけだ。ヨールは強い国を欲している。
「ベルは、他の国が憎いと思ったことはあるか? 」
「よくわかりませんね。なんとなくわかるのは、戦争が不利を押し付けるものであることぐらいでしょうか。それに過去に虐げられた分、現在優位に立てても、つり合いなんてとれません。生きている人間が違うのですから」
 ベルは優しい声で言った。
「終わりはないんです。それが人の国で、歴史です」


 午前中にドレスの直しが終わり、シズは窓の外の雪を見てぼうっと考えていた。それこそ未来のことを考えていた。自分が、自分の意思に負けて、過去の魂によって神を目覚めさせてしまったら。
「シズ様、ヨール王がいらっしゃいました」
 顔をやるとヨールが立っていた。ベルはそっと部屋を出て行く。シズは窓の外に目線を戻した。
「雪が珍しいか? 」
 そう尋ねてきながら、シズの向かいの椅子に座った。
「降るのが早いなと思っただけだ」
「インデッセは他の国よりも、雪が降る期間は長い」
 目の端に雪の髪がちらちら入る。
「王様って忙しいもんだと思っていたけど。暇なのか? 」
「あなたに会いたいので無理を言ってきているのです」
 鼻を鳴らした。ヨールの顔を見る。
「あんたさ、自分が悪いことをしようしている感情はあるわけ? 」
 感情にどれほどこの男が支配されているのか、シズは興味があった。ヨールは黙った。そしてヨールも窓の外を見た。
「この国を築いた多くの人間は、オードで仕事がなく、食べるものも眠る場所もなかった人々が、小さな船で命からがら海を渡り、この乾いた土地にきた。そして不毛の地を生きる土にした。新しい場所で生きることもオードは許してくれなかった。インデッセの生活を抑制した。これは非道な仕打ちとは言わないのか? そののちに起こったオードの大火ばかり語り継がれている。悪の極みの出来事として。オードの抑制がなければスピネもオードを火の海にはしなかったであろう。インデッセは悪か、シズ」
 ヨールは、シズの瞳に入り込むように見つめる。ヨールの髪は雪より白いとシズは思った。
「悪とはなんだ? 」
 悪とは。正と正は重ならない。ふと、カルセドニー工場の事件の時、ハクエンに言われたことをシズは、思い出した。けれどそんな話はヨールにしたくはなかった。ヨール達がしようとしていることは、シズ達にとって悪だからだ。
「悪かったよ。あんたと私じゃ、正しいもんがちがうってことだな」
 だからそう言って、シズは話を終わらせた。するとヨールは大口を開けて笑い声を上げた。
「君との会話は実におもしろい。我儘なような素直なような。想像以上に君は可愛らしいひとなのかもしれませんね」
「そりゃどうも。もう帰りなよ。私はあんたとの会話は楽しくない」
「それは力不足で申し訳ない。それでは風邪を引かないように」
 ヨールが去って行く。
シズは夕食になるまでずっと動かずに考えていた。兵隊がいないこの世界で、戦前に立つのはきっとヨンキョクだろう。カザン達だ。それはなんて嫌なことなのだろうと思った。それにやっと、この世界で生きていくこと受け入れたのに、自分が自分でなくなって、ダイアスを目覚めさせるのことは、シズは許せない。それに船の中で実は少しだけ自分の未来に着いて考えていた。この一件がすべて終わった後の事を。自分が選ぶであろうもののことを。正は人それぞれ。正と正は重ならない。戦争は、シズの未来の敵だ。自分の選択がやむを得ないことだとは思わない。だから正だとも思わない。私が私でなくなる前に悪人なろう。シズはそう決めた。
「シズ様? 」
 ベルが心配そうに声をかけてきた。シズはベルに微笑んだ。
「ベル、結婚式は出るよ、私。祭りは嫌いじゃないからな」
 ダイアスを殺そう。私が殺そう。シズはそう決めた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

むしゃくしゃしてやった、後悔はしていないがやばいとは思っている

F.conoe
ファンタジー
婚約者をないがしろにしていい気になってる王子の国とかまじ終わってるよねー

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

処理中です...