5 / 49
悪役令嬢がスパイになるまで 3
しおりを挟む
*
――ヴェッケンシュタイン家の家庭事情は複雑だが、ある意味ではシンプルだ。
わたしは『わたし』の記憶を思い出して暫くして、ようやく自身の周りのことを正確に把握した。五歳児の知識では『やさしいおとうさま』『やさしいおにいさま』がそれぞれ判別がつくくらいだったから、家族のことを詳しく――そう、詳しく知るために色々動いた。
……しかしまあ、一皮剥けば、家族がわたしに優しいなんて事実は存在しなかった。
わたしの家族は優秀だが事なかれ主義の父当主、優秀だが、だからこそ少し驕傲なところがある四つ年上の兄の二人だ。母はわたしが五歳の時に、流行病で亡くなっている。
父は大した才能もなく、かつ横暴でワガママばかりな長女のことを早々に見限り、教育全般を家の召使いたちに押し付けた。兄はわたしを見下しており、面と向かって馬鹿にされることはないものの、なるべく関わりたくないといった様子だ。どちらもわたしが癇癪を起こすと面倒だから、会ったら適当に甘やかしてあやしていたというだけ。何も知らない子どもはそりゃ両親や兄の認識が『やさしいかぞく』になる訳である。
そういった放任によりすくすく育ったワガママ女王が悪役令嬢ユリア・ヴェッケンシュタインと、そういうことだった。家族が本当に優しいのなら、放任はせず根気よく諌めるだろう。
五歳なのに家族に見限られるほどのワガママっぷりって……。
頭痛がするが、それにしたって後は野となれ山となれもいいところではなかろうか。ユリアが悪役令嬢になったのは家族にも原因があるのでは。もっとわたしを世話しといてくれよ。
「あっ、あの、ユリアお嬢様。お茶が入りましたが……」
「ああ、入ってきて頂戴」
「かっ、かしこまりました!」
記憶を取り戻して初めて邂逅した侍女さん――リタさんという名前だった――がお茶を運んできてくれる。
あの時、怒っていないし解雇もしないと頑張って説明したのだが、生来小心者であるという彼女は、まだ少しわたしに怯えているようだった。まあそりゃそう。筋金入りのワガママがちょっとやそっとで治るとは誰も思うまい。
「ほっ、本日は西方から取り寄せた茶葉を使ったお茶となっております。あの、み、ミルクを少し垂らすと美味しいかと存じます。……あ! け、決して指図をしている訳ではなく、わたしはその」
「……あら、本当ね。おいしいわ」
「!」
言われた通りミルクを少し入れて飲むと、独特の風味と香りがまろやかになって美味しい。リタは顔を赤くして「あっ、ありがとうございます」と慌てて言った。そんなに慌てなくとも……。
まあ以前のわたしなら『なにそれ、指図?』『わたくしにむかって言うことを聞けというの?』とかなんとか言っていたかもしれないので、その反応も仕方ないだろう。
「……こちらこそ、いつもありがとう」
「えっ」
「今まで怖がらせてしまってごめんなさい。わたくし、おにいさまやおとうさまの気を引きたくて、ワガママばかり言って……」
嘘だ。……いや以前の『ユリア』としては、あながち嘘でもないが。『やさしく』してはもらっていても、父がこと更に兄に目をかけていることは無意識下で理解していたから、家族に構ってもらいたかった、という心情があったのは嘘ではない。
ただ、もう『わたし』の本来の性格的に、というか精神年齢的に、ワガママ女王ムーブはできない。ゆえにこれはとっとと『ワガママお嬢様』は卒業してしまうに限る、という判断をした上での言葉だった。
ゲームの進行的に、行動改善がどこまでの影響を齎すかは不透明なので、態度をよくすることに大した意味はないかもしれない。でも五歳児のワガママを続けるのは精神的にもキツイので、相応に振る舞いたかった。ごめんなリタ、結局反省が二の次みたいな感じになってて。
「そ、そんな! と、とんでもございません……!」
「いっぱいひどいことしたわ。熱があって、苦しくて、元気になってやっと気づいたの。ごめんなさい……」
「お嬢様……」
わざとらしく項垂れてみせると、リタは声を震わせた。……なんかこの子ちょっとチョロすぎて心配になるな。
だがまあ、ユリア(わたし)がリタをこき使い、その前の侍女を何人もやめさせていたことは事実なので――項垂れてみせたのはわざとだが――当然謝意はある。むしろ思い出すと申し訳なさすぎて泣きそうになるくらいにはある。
なので、彼女もわたしの本気の謝意を汲み取ってくれたのかもしれない。
「お……お嬢様は」
「なあに? リタ」
リタが何か言いたげに、もごもごと口を動かした。じっと続きを待っていると、「そのう」と躊躇いがちに口を開く。
「変わられ、ましたね。その、ここ最近いっそう素敵な公女様になられたと、思います」
「ありがとう」
ちったぁマシになったなということだろうか。
……まあ記憶を取り戻してからは横暴に振る舞うのをやめたのでな。いや、というか、普通にしてんだからマシにならなきゃまずいのよ。
とはいえ謝ることができたのは今日が初めて、そしてリタが一人目だったので、これから迷惑をかけた使用人たちには少しずつ謝っていきたい。
わたしがにこにこしていると、「あ、あの!」と不意にリタが声を上げた。
「わたし、お嬢様がよろしければ、坊っちゃまや旦那様とお話するきっかけを探してまいりますよ!」
「え?」
「あ……す、すみませんわたしなどが! お、烏滸がましいことを申しました、お忘れください!」
「リタ、落ち着いて」聞き返しただけでそんなペコペコせんでも……。そこまで目つき悪いかな、わたし。「わたくし、別に怒っていないわ。どういうことか、くわしく聞かせてくださらない?」
「は、はいっ!」
――ヴェッケンシュタイン家の家庭事情は複雑だが、ある意味ではシンプルだ。
わたしは『わたし』の記憶を思い出して暫くして、ようやく自身の周りのことを正確に把握した。五歳児の知識では『やさしいおとうさま』『やさしいおにいさま』がそれぞれ判別がつくくらいだったから、家族のことを詳しく――そう、詳しく知るために色々動いた。
……しかしまあ、一皮剥けば、家族がわたしに優しいなんて事実は存在しなかった。
わたしの家族は優秀だが事なかれ主義の父当主、優秀だが、だからこそ少し驕傲なところがある四つ年上の兄の二人だ。母はわたしが五歳の時に、流行病で亡くなっている。
父は大した才能もなく、かつ横暴でワガママばかりな長女のことを早々に見限り、教育全般を家の召使いたちに押し付けた。兄はわたしを見下しており、面と向かって馬鹿にされることはないものの、なるべく関わりたくないといった様子だ。どちらもわたしが癇癪を起こすと面倒だから、会ったら適当に甘やかしてあやしていたというだけ。何も知らない子どもはそりゃ両親や兄の認識が『やさしいかぞく』になる訳である。
そういった放任によりすくすく育ったワガママ女王が悪役令嬢ユリア・ヴェッケンシュタインと、そういうことだった。家族が本当に優しいのなら、放任はせず根気よく諌めるだろう。
五歳なのに家族に見限られるほどのワガママっぷりって……。
頭痛がするが、それにしたって後は野となれ山となれもいいところではなかろうか。ユリアが悪役令嬢になったのは家族にも原因があるのでは。もっとわたしを世話しといてくれよ。
「あっ、あの、ユリアお嬢様。お茶が入りましたが……」
「ああ、入ってきて頂戴」
「かっ、かしこまりました!」
記憶を取り戻して初めて邂逅した侍女さん――リタさんという名前だった――がお茶を運んできてくれる。
あの時、怒っていないし解雇もしないと頑張って説明したのだが、生来小心者であるという彼女は、まだ少しわたしに怯えているようだった。まあそりゃそう。筋金入りのワガママがちょっとやそっとで治るとは誰も思うまい。
「ほっ、本日は西方から取り寄せた茶葉を使ったお茶となっております。あの、み、ミルクを少し垂らすと美味しいかと存じます。……あ! け、決して指図をしている訳ではなく、わたしはその」
「……あら、本当ね。おいしいわ」
「!」
言われた通りミルクを少し入れて飲むと、独特の風味と香りがまろやかになって美味しい。リタは顔を赤くして「あっ、ありがとうございます」と慌てて言った。そんなに慌てなくとも……。
まあ以前のわたしなら『なにそれ、指図?』『わたくしにむかって言うことを聞けというの?』とかなんとか言っていたかもしれないので、その反応も仕方ないだろう。
「……こちらこそ、いつもありがとう」
「えっ」
「今まで怖がらせてしまってごめんなさい。わたくし、おにいさまやおとうさまの気を引きたくて、ワガママばかり言って……」
嘘だ。……いや以前の『ユリア』としては、あながち嘘でもないが。『やさしく』してはもらっていても、父がこと更に兄に目をかけていることは無意識下で理解していたから、家族に構ってもらいたかった、という心情があったのは嘘ではない。
ただ、もう『わたし』の本来の性格的に、というか精神年齢的に、ワガママ女王ムーブはできない。ゆえにこれはとっとと『ワガママお嬢様』は卒業してしまうに限る、という判断をした上での言葉だった。
ゲームの進行的に、行動改善がどこまでの影響を齎すかは不透明なので、態度をよくすることに大した意味はないかもしれない。でも五歳児のワガママを続けるのは精神的にもキツイので、相応に振る舞いたかった。ごめんなリタ、結局反省が二の次みたいな感じになってて。
「そ、そんな! と、とんでもございません……!」
「いっぱいひどいことしたわ。熱があって、苦しくて、元気になってやっと気づいたの。ごめんなさい……」
「お嬢様……」
わざとらしく項垂れてみせると、リタは声を震わせた。……なんかこの子ちょっとチョロすぎて心配になるな。
だがまあ、ユリア(わたし)がリタをこき使い、その前の侍女を何人もやめさせていたことは事実なので――項垂れてみせたのはわざとだが――当然謝意はある。むしろ思い出すと申し訳なさすぎて泣きそうになるくらいにはある。
なので、彼女もわたしの本気の謝意を汲み取ってくれたのかもしれない。
「お……お嬢様は」
「なあに? リタ」
リタが何か言いたげに、もごもごと口を動かした。じっと続きを待っていると、「そのう」と躊躇いがちに口を開く。
「変わられ、ましたね。その、ここ最近いっそう素敵な公女様になられたと、思います」
「ありがとう」
ちったぁマシになったなということだろうか。
……まあ記憶を取り戻してからは横暴に振る舞うのをやめたのでな。いや、というか、普通にしてんだからマシにならなきゃまずいのよ。
とはいえ謝ることができたのは今日が初めて、そしてリタが一人目だったので、これから迷惑をかけた使用人たちには少しずつ謝っていきたい。
わたしがにこにこしていると、「あ、あの!」と不意にリタが声を上げた。
「わたし、お嬢様がよろしければ、坊っちゃまや旦那様とお話するきっかけを探してまいりますよ!」
「え?」
「あ……す、すみませんわたしなどが! お、烏滸がましいことを申しました、お忘れください!」
「リタ、落ち着いて」聞き返しただけでそんなペコペコせんでも……。そこまで目つき悪いかな、わたし。「わたくし、別に怒っていないわ。どういうことか、くわしく聞かせてくださらない?」
「は、はいっ!」
0
あなたにおすすめの小説
残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは六歳の誕生日までは天使のように可愛らしい子供だった。ところが突然、ロバのような顔になってしまう。残念な姿に成長した『残念姫』と呼ばれるアンジェリカ。友達は男爵家のウォルターただ一人。そんなある日、隣国から素敵な王子様が留学してきて……
虜囚の王女は言葉が通じぬ元敵国の騎士団長に嫁ぐ
あねもね
恋愛
グランテーレ国の第一王女、クリスタルは公に姿を見せないことで様々な噂が飛び交っていた。
その王女が和平のため、元敵国の騎士団長レイヴァンの元へ嫁ぐことになる。
敗戦国の宿命か、葬列かと見紛うくらいの重々しさの中、民に見守られながら到着した先は、言葉が通じない国だった。
言葉と文化、思いの違いで互いに戸惑いながらも交流を深めていく。
悪女として処刑されたはずが、処刑前に戻っていたので処刑を回避するために頑張ります!
ゆずこしょう
恋愛
「フランチェスカ。お前を処刑する。精々あの世で悔いるが良い。」
特に何かした記憶は無いのにいつの間にか悪女としてのレッテルを貼られ処刑されたフランチェスカ・アマレッティ侯爵令嬢(18)
最後に見た光景は自分の婚約者であったはずのオルテンシア・パネットーネ王太子(23)と親友だったはずのカルミア・パンナコッタ(19)が寄り添っている姿だった。
そしてカルミアの口が動く。
「サヨナラ。かわいそうなフランチェスカ。」
オルテンシア王太子に見えないように笑った顔はまさしく悪女のようだった。
「生まれ変わるなら、自由気ままな猫になりたいわ。」
この物語は猫になりたいと願ったフランチェスカが本当に猫になって戻ってきてしまった物語である。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
断罪後の気楽な隠居生活をぶち壊したのは誰です!〜ここが乙女ゲームの世界だったなんて聞いていない〜
白雲八鈴
恋愛
全ては勘違いから始まった。
私はこの国の王子の一人であるラートウィンクルム殿下の婚約者だった。だけどこれは政略的な婚約。私を大人たちが良いように使おうとして『白銀の聖女』なんて通り名まで与えられた。
けれど、所詮偽物。本物が現れた時に私は気付かされた。あれ?もしかしてこの世界は乙女ゲームの世界なのでは?
関わり合う事を避け、婚約者の王子様から「貴様との婚約は破棄だ!」というお言葉をいただきました。
竜の谷に追放された私が血だらけの鎧を拾い。未だに乙女ゲームの世界から抜け出せていないのではと内心モヤモヤと思いながら過ごして行くことから始まる物語。
『私の居場所を奪った聖女様、貴女は何がしたいの?国を滅ぼしたい?』
❋王都スタンピード編完結。次回投稿までかなりの時間が開くため、一旦閉じます。完結表記ですが、王都編が完結したと捉えてもらえればありがたいです。
*乙女ゲーム要素は少ないです。どちらかと言うとファンタジー要素の方が強いです。
*表現が不適切なところがあるかもしれませんが、その事に対して推奨しているわけではありません。物語としての表現です。不快であればそのまま閉じてください。
*いつもどおり程々に誤字脱字はあると思います。確認はしておりますが、どうしても漏れてしまっています。
*他のサイトでは別のタイトル名で投稿しております。小説家になろう様では異世界恋愛部門で日間8位となる評価をいただきました。
お前など家族ではない!と叩き出されましたが、家族になってくれという奇特な騎士に拾われました
蒼衣翼
恋愛
アイメリアは今年十五歳になる少女だ。
家族に虐げられて召使いのように働かされて育ったアイメリアは、ある日突然、父親であった存在に「お前など家族ではない!」と追い出されてしまう。
アイメリアは養子であり、家族とは血の繋がりはなかったのだ。
閉じ込められたまま外を知らずに育ったアイメリアは窮地に陥るが、救ってくれた騎士の身の回りの世話をする仕事を得る。
養父母と義姉が自らの企みによって窮地に陥り、落ちぶれていく一方で、アイメリアはその秘められた才能を開花させ、救い主の騎士と心を通わせ、自らの居場所を作っていくのだった。
※小説家になろうさま・カクヨムさまにも掲載しています。
婚約破棄されたスナギツネ令嬢、実は呪いで醜くなっていただけでした
宮之みやこ
恋愛
細すぎる一重の目に、小さすぎる瞳の三百眼。あまりの目つきの悪さに、リュシエルが婚約者のハージェス王子に付けられたあだ名は『スナギツネ令嬢』だった。
「一族は皆美形なのにどうして私だけ?」
辛く思いながらも自分にできる努力をしようと頑張る中、ある日ついに公の場で婚約解消を言い渡されてしまう。どうやら、ハージェス王子は弟のクロード王子の婚約者であるモルガナ侯爵令嬢と「真実の愛」とやらに目覚めてしまったらしい。
(この人たち、本当に頭がおかしいんじゃないのかしら!?)
【完結】前代未聞の婚約破棄~なぜあなたが言うの?~【長編】
暖夢 由
恋愛
「サリー・ナシェルカ伯爵令嬢、あなたの婚約は破棄いたします!」
高らかに宣言された婚約破棄の言葉。
ドルマン侯爵主催のガーデンパーティーの庭にその声は響き渡った。
でもその婚約破棄、どうしてあなたが言うのですか?
*********
以前投稿した小説を長編版にリメイクして投稿しております。
内容も少し変わっておりますので、お楽し頂ければ嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる