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悪役令嬢が××××××××× 4
しおりを挟む血のように、あるいは深紅の薔薇のように濃い、赤。セクシーでありながら決して下品に思わせない露出度。精緻な黒いレースやリボンがところどころにあしらわれているのが大人の女性らしさを演出している。スカート部分の裾には光を反射する細かな宝石が縫い付けられており、足を進める度にきらきらと輝く。
一級の仕立て屋の作り上げたドレスは、まさに一級品だった。
化粧はしっかり、しかし厚化粧にならないように。白い肌に映える、自分の瞳の色と同じ赤いルージュを引けば、顔色がぱっと明るくなったことが自分でもわかった。
「ユリア様、終わりました」
「ありがとう」
身支度をしてくれたメイドに礼を言うと、わたしは鏡に映った自分をまじまじと見つめる。
「とてもよくお似合いですわ」
メイドが僅かに頬を上気させて、そう言った。
自分で言うのもなんだが、黒い瞳と赤い瞳を持ったわたしには、真っ赤なドレスは確かによく似合っていた。
黒と赤。『メサイア・イン・アビス』における悪役令嬢ユリア・ヴェッケンシュタインを象徴する二色。血と闇の色を身に纏い、しかしそれでもゾッとするほど美しく立っている、鏡の中の『ユリア・ヴェッケンシュタイン』は、さながら御伽噺に登場する悪の魔女のようだった。
(悪の魔女か。まあ、自分ながら言い得て妙だな。なぜならわたしは、悪役令嬢。悪役令嬢、ユリア・ヴェッケンシュタインだから)
今のわたしは最高に美しいヴィランズ・レディだ。
だから大丈夫。わたしはただ、悪役令嬢らしく肩で風を切って、しかし優雅に振る舞えばいいのだ。
「お待たせいたしましたわ、お兄様」
「構わない。……ああ、よく似合ってるじゃないか、ユリア。あのお前が、随分と立派なレディになったものだ」
わたしの支度が終わるのを待っていてくれた兄に声を掛けると、兄はこちらを認めるなり、目を細めてそう褒めてくれた。兄とはいえ美男子に正面から褒められ、なんだかこそばゆかったが、わたしはなんとか「光栄ですわ」と返した。
「お兄様も素敵ですわよ」
「私がハインツ殿下の代わりとしてエスコートすることで、お前が恥じることないようにしなければならないからな。もっとも、あの殿下の様子ではそこまで気を張る必要もなかったかもしれないが」
「あらまあお兄様ったら」
場所が場所なら不敬罪になりそうなことを言った兄は、「さあ」とこちらに向かって手を伸ばした。「……お手を、レディ」
「ええ」
わたしは兄の手に手を重ね、一歩踏み出す。
――さあ。創立記念パーティーの始まりである。
*
創立記念パーティーの会場である専用のサルーンに辿り着くと、高い天井から吊り下げられた豪奢なシャンデリアの下で、着飾った学生たちがひしめき合っていた。シャンデリアの灯は神秘的に煌めいており、社交場に相応しい空気を演出している。
聞こえてくるのは緩やかなバイオリンの音だ。軽く周囲に目を走らせると、サルーン内の低いステージの横で、白いドレスを纏った女が弾いている。既視感があるということは、彼女は貴族のパーティーや王宮の舞踏会に足を運ぶこともある、プロのバイオリニストなのだろう。
しかし、わたしは知っている――彼女が憲兵総局情報部より送り込まれた、ハインツ殿下護衛のためのスパイであるということを。
表向きの職業『バイオリニスト』の立場を最大限利用して、彼女はここに立っているのだ。
……わたしは、昨夜にしたクルトとの最後の打ち合わせの内容を思い出す。
『――最終確認だ』
少し前に暗号文となってわたしたちの下に届いた、創立記念パーティー当日の警備情報。
そこに記されているのは、騎士服を纏った護衛と分かりやすい近衛や、学生に扮した若い憲兵、あのバイオリニストのように外部から招かれたスタッフとしてパーティーに来たスパイ――あらゆる『味方』たちの顔、技術、そしてパーティー中の動きだ。
『殿下の護衛に携わる人間は、お互いのことを把握している。だが、俺たちの存在は知らない。零課のスパイが数人、どこかにいるらしいということだけは知らされているようだが、それが俺たちだということは伏せられていると聞いた。まあないとは思うが、万が一情報がここにいるスパイネズミをはじめとした敵に漏れていた時のため、俺たちの存在だけは味方にも知られないようにしたんだと』
『なるほど……つまり、わたしたちには味方のフォローがないってことか。動きづらいね』
零課のスパイとして、特に大きな任務に赴く時は、情報部から人材が派遣され、彼らが密やかにわたしたちに協力してくれることが常だ。
しかし今回は違う。敵にも味方にも正体が割れていないわたしたちは、ある種最後の砦だと言える。誰の手も借りずに殿下を守らなければならない。
『前にも言ったが、創立記念パーティーは大きなイベントだ。明日がクーデターにとってのエックスデーになる可能性は高い。暗殺を企むなら、その場で犯行を実行しても人に紛れやすいからな。当然緊急事態が起きて、俺たちがどうにかしなければならなくなる事態も予測される。だが……』
『わたしが自由に動けなくなる可能性の方が高いよね』
ハインツ殿下の様子からして、最早断罪イベントからは逃れられまい。結局わたしもハンナに続いて、『君のエスコートはできない』と言われてしまった。……本来ならばショックを受けるべきところを『左様ですか』とあっさり答え、驚かれてしまったが、まあ些事だろう。
……問題は、どれほどの冤罪が並べ立てられるか、だ。
ゲームでの『ユリア』は、この断罪イベントをきっかけとして処刑された。この公爵令嬢は処刑されるほどにとんでもないことをしでかしたのだ、と公の場で殿下に糾弾されてしまったということだ。
たとえばあの石の件のように、何度もシャルロットに対して殺人未遂を繰り返した――とでも言われてしまえば、その場で捕縛され、一時的に学園の仮牢にでも閉じ込められてしまうやもしれない。
現代日本より刑罰が重い国とはいえ、証拠も残っていないような殺人未遂で公女が処刑されるのかどうかは甚だ疑問だが、まあ誰からも蛇蝎のごとく嫌われていたのなら、ないことはないのだろう。……何にせよ、捕縛されたら動けなくなる。縄抜けも拘束を外す訓練もされているので仮牢くらいすぐに抜け出せるが、殿下から目を離すことになってしまうのは変わらない。
『ごめんクルト、負担かけて』
『いいよ、お前の一大事だし。明日はずっと昔から予定してたユリアの試練の日だろ。この日のための相棒だ、俺がお前の分までなんとかするから。
……というかお前の尻拭いもサポートも慣れてるから、今更どうってことないしな』
『なんで最後の付け加えちゃうかな……』
せっかく覚えた感動が一瞬で吹き飛んでしまった。わたしが胡乱な目でクルトを見ると、彼はさっと目を逸らした。耳が微かに赤かった。
おや、と思う。今の憎まれ口はもしかして照れ隠しか?
『とにかく!』
むずむずとする口元を押さえているわたしに気がついたのか、クルトが誤魔化すように声を張り上げる。
『……ほぼ確定で起きるであろう断罪イベントで、お前はある程度注目される。注目される対象があれば俺や護衛が動きやすい。とはいえ、お前は捕縛されなかった場合は会場に留まるにしろ、外に出てネズミの協力者を探るにしろ、好きにすればいい。どちらを選ぼうと、零課のスパイとしては重要な仕事をこなすことになる。
だから、どちらか決めたら俺に合図をしろ。ただ捕縛され、仮牢に閉じ込められることになった場合は、こちらの指示を待て』
『了解、リーダー』
そうして打ち合わせは締められ、わたしは今日に臨んだのである。
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