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悪役令嬢が××××××××× 10
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感情という感情を全てこそぎ落としたらこんな表情になるのではないかと思うほどに、不気味な無表情。
そして、問う声はひどく冷たかった。
声質は全く同じであるはずなのに、別人が話しているのかと思うほどに、凍てついた声音だった。
「天使だとか、優しいだとか。……ハッ、滑稽だな。何が悪女だ、よほど彼女の方が優しいだろうに、本当に馬鹿な男だよお前は」
「シャル、ロット……?」
「何が守ってやりたい、だ――」
ぎら、と。
月明かりの下、金属質の光が閃いた。
「ロッティを殺したのはお前らだろうが」
「は……ッ、」
ハインツは息を詰めた。目の前の少女の豹変に怖気付いたのもあるが、そうではない。気づいてしまったのだ。
彼女が手にしているのがナイフであり、彼女はその刃先をこちらに向けているということに。
「なァ王子様、お前スラムを知ってるか?」
いったい、何が起こっているのだ。
彼女は恐ろしいほど淡々とした声音でハインツに話しかけながら、一歩一歩、ハインツに近づいてくる。その手にナイフを構えながら。
「飢えは? 渇きは? 明日も知れぬ暮らしをしている子どもが、どれほどいるか知ってるか? ……女だということが知られると攫われて売られてしまうから、男として生きるしかないガキがいることを知ってるか?」
「シャ、シャルロット……シャルロット、いきなりどうしてしまったんだ、ナイフを下ろせ!」
「子どもは攫われたら売られるんだよ。売られた先でどんな目に遭うか、わかるか? ボロ雑巾になるまでこき使われるだけならまだいい方だ。酷ければとても言葉にできないことをされることもあるし、嬲り殺しにされることもある。……わたしの、ロッティのように」
シャルロットと、目が合う。
見事な薔薇色をしているはずのその目は、くろぐろと渦巻く闇に包まれ、元の色が見えなかった。ハインツの背中を冷や汗が伝う。
彼女は能面のような無表情で、歌うように言った。
「わたしには――『俺』には、スラムで本当に姉妹のように育った親友がいてね。彼女も、シャルロットという名前だった。だから『俺』は彼女をロッティと、彼女は『俺』をシャルと呼んでた。……姉のように慕ってたよ」
ハインツが一歩、後ずさる。
シャルロットが一歩、近づく。
「けど『俺』たちは人攫いに攫われた。別々の闇オークション会場に送られ、それぞれ売られそうになった。けど、『俺』は助かった。その場にいたユリウスって子どもに逃がしてもらえたから。……けど、ロッティは戻ってこなかった。だからずっと彼女を探して、探して、探して、探して――その先で、あの方に拾われた」
ハインツはハ、ハ、と短く息を繰り返す。
ラストダンスは終わったのに、まるで死神とステップを踏んでいるようだった。
どうして、どうして、どうして。何が、どうなってる。頭の中が疑問符で溢れ、何も考えられない。
「あの方は言った。君の親友がどうなったか知っている、と。どうなったんだと『俺』は聞いた。
そして、あの方は答えた。『君の親友は、第一王子派の貴族に買われ、嬲り殺しにされた』」
ぎらぎらと、ナイフが銀色に輝く。
くろぐろと、少女の瞳の中で闇が渦巻く。
「だから、『わたし』は決意した。ロッティを殺したやつらは全員殺す。彼女を理由に使いたくないから、誰かを殺すことを復讐とは呼ばないことにしたが……それでも必ず一人残らず地獄へ送ってやる、と。
そのためには、この国の貴族ごと消し去ってしまえば早い。わたしはあの方の手で密かにマグダリア男爵家の庶子としてかの家の養女になった。あとはもう、この国の貴族社会の懐に入り込むだけだった」
……ああ、そうか。
ようやくわかった。無表情などではない。
彼女はずっと仮面の下で、憎しみを滾らせていたのだ。
瞳の中のくろぐろとした何かは、憎悪だ。並々ならぬ憎悪だ。
ハインツと、そして、その下に貴族たちへの。
「本当に馬鹿な男だよ。手前を殺すために近づいた女に惚れて、あの人との婚約を捨てた。ベラベラと警備の情報まであの方に話してくれて助かったよ、おかげで人を避けてここまで来れた」
「シャルロット、待ってくれ、説明を」
「……まあ何にせよ、お前のような愚かな男に、あの人は釣り合わないか。わたしがお前に近づいていたことをわかった上で、わたしに手を差し伸べるような人だ」
ふう、とシャルロットが吐息と共に目を伏せた。
「……初めはあの方の命令通り、あの人に全て擦り付けるつもりでいた。だから近しい人間を使って現場に残すための私物を盗ませ、嫌がらせをしているという噂を流させ、状況証拠をでっち上げようとした。……が、やっぱり、やめだ。
お前を殺す罪はわたし自身が背負う」
ハインツの喉の奥で、ヒュ、と短く空気の音がする。
「私を、殺す……?」
「そうだ」シャルロットが、目を細めた。「お前は今からわたしが殺す」
冥土の土産はもう十分持ったろう?
そう言い、彼女はナイフを構えて腰を引く。瞬間、ダン、と地を蹴った。
護身術を叩き込まれたハインツでも、見切れないほどの速度での肉薄。
――刺される。
そう思い、目を閉じたその瞬間、
「やめろ!」
バァンッ、という脳みそを揺らす轟音と共に。
視界が真っ白な光に包まれた。
そして、問う声はひどく冷たかった。
声質は全く同じであるはずなのに、別人が話しているのかと思うほどに、凍てついた声音だった。
「天使だとか、優しいだとか。……ハッ、滑稽だな。何が悪女だ、よほど彼女の方が優しいだろうに、本当に馬鹿な男だよお前は」
「シャル、ロット……?」
「何が守ってやりたい、だ――」
ぎら、と。
月明かりの下、金属質の光が閃いた。
「ロッティを殺したのはお前らだろうが」
「は……ッ、」
ハインツは息を詰めた。目の前の少女の豹変に怖気付いたのもあるが、そうではない。気づいてしまったのだ。
彼女が手にしているのがナイフであり、彼女はその刃先をこちらに向けているということに。
「なァ王子様、お前スラムを知ってるか?」
いったい、何が起こっているのだ。
彼女は恐ろしいほど淡々とした声音でハインツに話しかけながら、一歩一歩、ハインツに近づいてくる。その手にナイフを構えながら。
「飢えは? 渇きは? 明日も知れぬ暮らしをしている子どもが、どれほどいるか知ってるか? ……女だということが知られると攫われて売られてしまうから、男として生きるしかないガキがいることを知ってるか?」
「シャ、シャルロット……シャルロット、いきなりどうしてしまったんだ、ナイフを下ろせ!」
「子どもは攫われたら売られるんだよ。売られた先でどんな目に遭うか、わかるか? ボロ雑巾になるまでこき使われるだけならまだいい方だ。酷ければとても言葉にできないことをされることもあるし、嬲り殺しにされることもある。……わたしの、ロッティのように」
シャルロットと、目が合う。
見事な薔薇色をしているはずのその目は、くろぐろと渦巻く闇に包まれ、元の色が見えなかった。ハインツの背中を冷や汗が伝う。
彼女は能面のような無表情で、歌うように言った。
「わたしには――『俺』には、スラムで本当に姉妹のように育った親友がいてね。彼女も、シャルロットという名前だった。だから『俺』は彼女をロッティと、彼女は『俺』をシャルと呼んでた。……姉のように慕ってたよ」
ハインツが一歩、後ずさる。
シャルロットが一歩、近づく。
「けど『俺』たちは人攫いに攫われた。別々の闇オークション会場に送られ、それぞれ売られそうになった。けど、『俺』は助かった。その場にいたユリウスって子どもに逃がしてもらえたから。……けど、ロッティは戻ってこなかった。だからずっと彼女を探して、探して、探して、探して――その先で、あの方に拾われた」
ハインツはハ、ハ、と短く息を繰り返す。
ラストダンスは終わったのに、まるで死神とステップを踏んでいるようだった。
どうして、どうして、どうして。何が、どうなってる。頭の中が疑問符で溢れ、何も考えられない。
「あの方は言った。君の親友がどうなったか知っている、と。どうなったんだと『俺』は聞いた。
そして、あの方は答えた。『君の親友は、第一王子派の貴族に買われ、嬲り殺しにされた』」
ぎらぎらと、ナイフが銀色に輝く。
くろぐろと、少女の瞳の中で闇が渦巻く。
「だから、『わたし』は決意した。ロッティを殺したやつらは全員殺す。彼女を理由に使いたくないから、誰かを殺すことを復讐とは呼ばないことにしたが……それでも必ず一人残らず地獄へ送ってやる、と。
そのためには、この国の貴族ごと消し去ってしまえば早い。わたしはあの方の手で密かにマグダリア男爵家の庶子としてかの家の養女になった。あとはもう、この国の貴族社会の懐に入り込むだけだった」
……ああ、そうか。
ようやくわかった。無表情などではない。
彼女はずっと仮面の下で、憎しみを滾らせていたのだ。
瞳の中のくろぐろとした何かは、憎悪だ。並々ならぬ憎悪だ。
ハインツと、そして、その下に貴族たちへの。
「本当に馬鹿な男だよ。手前を殺すために近づいた女に惚れて、あの人との婚約を捨てた。ベラベラと警備の情報まであの方に話してくれて助かったよ、おかげで人を避けてここまで来れた」
「シャルロット、待ってくれ、説明を」
「……まあ何にせよ、お前のような愚かな男に、あの人は釣り合わないか。わたしがお前に近づいていたことをわかった上で、わたしに手を差し伸べるような人だ」
ふう、とシャルロットが吐息と共に目を伏せた。
「……初めはあの方の命令通り、あの人に全て擦り付けるつもりでいた。だから近しい人間を使って現場に残すための私物を盗ませ、嫌がらせをしているという噂を流させ、状況証拠をでっち上げようとした。……が、やっぱり、やめだ。
お前を殺す罪はわたし自身が背負う」
ハインツの喉の奥で、ヒュ、と短く空気の音がする。
「私を、殺す……?」
「そうだ」シャルロットが、目を細めた。「お前は今からわたしが殺す」
冥土の土産はもう十分持ったろう?
そう言い、彼女はナイフを構えて腰を引く。瞬間、ダン、と地を蹴った。
護身術を叩き込まれたハインツでも、見切れないほどの速度での肉薄。
――刺される。
そう思い、目を閉じたその瞬間、
「やめろ!」
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