悪役令嬢はスパイに向いてない

雨音

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終章 上

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 冴えわたる青い空。白い雲。

 一年生も終了し、学生お待ちかねのドキドキなサマーホリデーである。

 そして、そんな素晴らしい夏の日に――お馴染み零課のアジト、もちろん空なんかまったく見えない地下室のソファに、彼はぐでんと腰掛けていた。

「どうしてこうなった……」

 黒いソファに、まるで溶けているかのような体勢で座っている彼――クルトは、つい昨日、王宮にて立太子をされたばかりの、この国の若き太陽であった。





「はァ……もう、なんで俺が王太子なんかに……」

「クルトそれもう何回も聞いたよ」

 第一王子暗殺失敗によりクーデターが未遂に終わり、ヴェルキアナの犯罪組織『アビス』と繋がっていた貴族が軒並み大逆で逮捕されてから数か月。

 ようやく情勢が落ち着いたということで、王族及び、ウルリッヒ公爵家解体により三つに減った公爵家の当主立会いの下、クルトは正式に王太子位となった。

 しかしクルトはやはり、本音では王子になりたいとはさっぱり思っていなかったらしく、こうやって零課のアジトを訪れるたびに愚痴を言っている。どうしてこうなったって、そりゃ王命なんだからしょうがないじゃないか。

「というか王太子なら、長年王族やってたエルンスト殿下がやればいいだろ! それをあの人、さっさと王位継承権を放棄して逃げて……!」

「えーまあでも、あの後不仲説が完全否定されたとはいえ、『国王と王弟の対立構造』って割と浸透してたし。クーデター関係者一斉逮捕のあとにエルンスト殿下が即位するのは、どっちみちイメージ的に難しかったと思うよ」

「うるさいそんなことわかってるよ!」

 わかってるなら言うなよと思いつつも、まあ気持ちもわからないでもないな、というのがわたしの本音だ。だって、もしわたしがクルトだったなら、やっぱり絶対王太子の座なんて絶対に御免である。

 ちなみに、エルンスト殿下が主張されていたとされる『属国になるべき』云々はやはり勝手に捏造された意見だったらしいのだが、事が終わっても、意見は王弟派貴族による捏造ではなく本当に考えていたことなのではないか――と思っている貴族はまだ一定数いた。王弟エルンストの王位継承権放棄は、今回の件をおとがめなしで乗り切った彼に不信感を抱く貴族へのパフォーマンスでもあったようである。

 ――さて、あの後、ハインツ殿下は正式に廃嫡を言い渡され、臣籍降下されたのち地方に送られた。廃嫡を言い渡されたのはレオナルドも同様で、彼も王立学園をやめて地方貴族の養子になったらしい。そうなるとホルンベルガー侯爵家とは当然家格が釣り合わないため、ハンナとの婚約はレオナルド側の過失百という扱いで破棄された。

 彼を好いていたハンナには悪いが、さんざん傷つけられた彼女を見ていたわたしとしては万々歳である。ハンナにはもっと素敵な人がいるはずだ。実際に、良縁と思われる話がいくつか彼女のもとに届いているという話だ。

「というかクルト君、なぜ茶髪のままにしているんだい? 君の地毛は銀色なのだろう?」

「いや、もう完全にこの色で慣れてしまったので。王宮以外は染めていようかなと」

 髪をつまんでみせるクルトに、え~見たい~とごねるレイモンドさん。この国の王族のみに見られる見事な銀の髪を研究したくてたまらないのだそうだ。放置しておくと、王族になりすましもできる染粉を作りたい、などと言い出しそうで怖い。

 ひとしきりごねて満足したのか、レイモンドさんがクルトの隣に座って「でもさ」と彼の頬をちょんとついた。「王太子になっていいこともあったのだろう?」

「うるさいですよ」

 悪そうな笑みを浮かべ、わたしとクルトを見比べるレイモンドさんに、クルトがすかさずそう返す。え~照れてるのかい? とニマニマ笑いながら再び頬をつつこうとするレイモンドさんの手を、クルトが振り払おうとしたところで、

「ただいま帰りました……あら」

 肩より少し短いく切った、ミルクティーブラウンの髪を揺らした少女が、零課のノックとともにアジトの中に入ってきた。

 身軽な服装にフーデッドケープを纏ったその少女が、ふとこちらを見て薔薇色の目を見開く。そしてぱっと顔を輝かせると、こちらに飛びついてきた。

「ユリア様! お久しぶりです!」

「うおっと。……お帰りなさい、シャルロット」

 抱き着いてきた少女――シャルロットを危なげなく受け止めると、彼女は「はい!」と応えて花が綻ぶように笑った。うん、今日も最強にかわいい。





 ――ちなみに、だが。

 デトレス・ヴァーグナーはもちろんのこと、シャルロット・マグダリアは揃って大逆罪で非公開処刑になった……ということになっている。

 もちろんデトレスは処刑されたのだが――シャルロットは公的には死んだことになったものの、実際には零課預かりのスパイとなった。そういう工作をするための、非公開処刑だったのである。

 シャルロットはデトレスに拾われ、ウルリッヒ公爵家の伝手で無理矢理マグダリア家の娘とされるまで、『アビス』で訓練を積んでいた。そのためか、零課での地獄の訓練も軽々という感じで乗り越えてしまい、今やクルトと並ぶエース扱いだ。しかも『治癒』の異能を持つので危険な任務も何のそのときた。とんでもねえバケモンスパイが生まれてしまったものである。

「……おい、シャルロット。いきなりユリアに飛びつくな」

 苦々しい顔でシャルロットを咎めるクルト。

 ……あと、何故だかよくわからないが、わたしはシャルロットにかなり懐かれている。どうやら彼女は自分を助けた『ユリウス』にずっとあこがれを持っていたらしいから、そのせいだろうか。うーん、わたしはユリウスじゃなくてユリアなんだけどな。

 首を捻っていると、不意にシャルロットの薔薇色の瞳から、スッと光が消えた。「……ああ、いたのか、全然気が付かなかったよ。ごきげんよう、王太子殿下」

「急に態度を変えるな。二重人格かお前は」

「おや、気分を害してしまったなら申し訳ない。わたしは幼少期の影響で王侯貴族が嫌いでね」

 フンと鼻を鳴らしたシャルロットが、まったく申し訳ないと思っていなさそうな声で言う。「そもそも特権階級の連中がスラムの整備をしていたら、ロッティは死ななかったんだからな」

「み、耳が痛い……」

 王侯貴族の一員であるわたしが罪悪感で胸を押さえると、あわてたようにシャルロットが「やだ、ごめんなさい!」と声を上げた。

「どうかお気になさらないでください、ユリア様。わたし、そんなつもりで言ったんじゃないんです!」

「二重人格か?」

 重ねて問うたクルトが、深く長く溜息をつく。

 その後ろで爆笑するレイモンドさん。そっぽを向くシャルロット。

 いよいよ収拾がつかなくなってきたなァ、と遠い目になったところで、クルトがわたしの腰に抱き着くシャルロットを睨みつけて言った。




「――ほら。
いい加減人の婚約者・・・・・から離れろ」
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