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神様一柱旅
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神様が一柱、道を歩いている。
その姿はやや細身の男性で、この辺りでよく見られる薄い茶髪と焦茶の瞳。
先の丸い耳、尻尾や羽の見られない様子から、今回は人族の姿であるらしい。
年頃や服装は、初めに会う相手が一番違和感を抱かない状態で固定するつもりのようだ。現状はカゲロウのように揺らいでいる。
森を迂回するように緩やかに曲がる道の先、一頭の馬が引く荷馬車が現れた。
街と町とを繋ぐこの道はそれほど距離が無く、人通りも多いために手綱をひく農夫もほとんど警戒をしていなかった。
人影が一つ見える。荷物も少なく歩いているようだから旅人だろうか?
農夫がそんな事を考えていると、先ほどより近づいたせいか、人影の足元で旅人がよく羽織っているマントの裾がひらりとするのが見えた。
やはり旅人か。向こうの街には大きな聖堂があるから礼拝しに来たのかもしれないな。
半刻ほど前に出てきた街のことを思い、旅人の目的は何だろうかと考えた。
農夫の住んでいる町から森を挟んで反対側にある、この辺りでは一番大きな街。
七年前に高名な司(つかさ)が立ち寄った事で一躍有名になり、今でも熱心な信徒が多く訪れている。
息子に代を譲った隠居が巡礼でもしているのだろうか?
だいぶんと距離が縮まった事で、すでに人影ではなくマントを羽織った旅人の姿が見えていた。
歳を刻んだ顔立ちから四十代と思われる男だ。首元には編み込んだ革紐。
「こんにちは」
「やあ、こんにちは」
互いに軽く頭を下げてすれ違う。
思った通りの人物だった。
農夫は推測が的中したことに僅かに口端を上げて、町への道をゆっくりと馬に歩かせた。
◆
四十代の旅神となった神様は、夕方の少し前に街へと到着した。
荷物の少なさから、一番近い森向こうの町からやってきたのだろう。番兵はそう判断した。よく街を訪れる信徒たちと同じような服装だ。
神様から怪しいところを見つけられなかった番兵は、首元の革紐を目にとめると声をかけた。
「こんにちは、巡礼かい?」
教会である程度の寄付と引き換えに授けられるお守りを、巡礼者はよく首から下げている。
「ええ、ここの聖堂に」
神様からの応えに、番兵は思った通りだと笑みを浮かべた。今日だけでも何人目だろうか? そんな自分の街を誇らしく感じる。
「そうか! 聖堂は街の西側にあるぞ。でも今日はもうすぐ閉まるからな、急ぎでないなら宿で一泊して明日ゆっくりお参りするといい」
そうして街中へと招き入れる中、番兵は「しまった!」と大きな声を上げた。
首をかしげる神様へと、申し訳なさそうに手を差し出す。
「すまねぇな、旅人さん。門料銀貨一枚だ」
◆
門を通り街へと入った神様は西側に向かい、聖堂の前まで来ると翌日の昼へと移動した。
聖堂は石造りの建物で、街の人や神様と似たような姿の巡礼者が熱心に祈りをささげている。
少年は熱心に神様へと願い事をしている。
『母さんの病気がよくなりますように。どうか、神様、お願いします』
半刻後、少年が家へと帰ると母親の顔色がいつもより良くなっていることに気が付いた。
それからは母親本人でさえあきらめていた病状が改善へと向かい、家族はみな聖堂へと足蹴く通う熱心な信徒となった。
街を出る前に聖堂へと寄った行商人は、いつも通りに願う。
『今回も無事に帰ってこれますように』
翌日。
街道を少し外れたところで、横転して半壊した馬車と、食べ残しが見つかった。
滅多に起きない魔物の襲撃に人々はおびえ、領主の派遣した軍が発見した魔物の集落は、大きくなる前につぶされた。
幼い少女は無邪気に願う。
『おにいちゃんとまたいっしょにあそびたいです』
父親に連れられ聖堂を出ると、母親が兄を抱えて聖堂へと駆け込んできた。
導師へと詰め寄る母には、父と少女の姿は見えていない様子。
「導師様! 導師様! 突然に足が、この子の足が!!」
喜びか、恐怖か。母の声に含まれる感情がどちらなのかはわからなかったが、兄の足が元通りに生えそろっているのを見て少女は喜んだ。
街は混乱の渦に包まれた。
いたって健康だったものが突然倒れたかと思えば、死期の近かったものが元気に起き上がり、路上で落ちていた財布をめぐっての争いが頻発した。
悪い噂のあった店の悪事が唐突に明るみに出たその日のうちに、やはりそんな事実は無かったと放免され、翌日にはその店の経営者が自宅のベッドで冷たくなっていた。
葬儀中に突然息を吹き返す者が続出し、治療院は原因不明の病により倒れた者であふれかえった。
街中には幸福と不幸が満ちていた。
聖堂でまた一人が、疲れ果てたように願う。
『元通りの穏やかな日常が戻ってきますように』
その男は気づかなかった。
気づいても、気にも留めなかっただろう。
入ってきたときには聖堂の端に腰かけていた旅人の姿が、いつの間にか消えていた。
◆
ここは世界の上の方。
帰ってきた神様はゆらゆらしている。
動きに合わせてマントが揺れる。
旅人がよく身に着けている、どこにでもあるような革のマントだ。
……気に入ったらしい。
その姿はやや細身の男性で、この辺りでよく見られる薄い茶髪と焦茶の瞳。
先の丸い耳、尻尾や羽の見られない様子から、今回は人族の姿であるらしい。
年頃や服装は、初めに会う相手が一番違和感を抱かない状態で固定するつもりのようだ。現状はカゲロウのように揺らいでいる。
森を迂回するように緩やかに曲がる道の先、一頭の馬が引く荷馬車が現れた。
街と町とを繋ぐこの道はそれほど距離が無く、人通りも多いために手綱をひく農夫もほとんど警戒をしていなかった。
人影が一つ見える。荷物も少なく歩いているようだから旅人だろうか?
農夫がそんな事を考えていると、先ほどより近づいたせいか、人影の足元で旅人がよく羽織っているマントの裾がひらりとするのが見えた。
やはり旅人か。向こうの街には大きな聖堂があるから礼拝しに来たのかもしれないな。
半刻ほど前に出てきた街のことを思い、旅人の目的は何だろうかと考えた。
農夫の住んでいる町から森を挟んで反対側にある、この辺りでは一番大きな街。
七年前に高名な司(つかさ)が立ち寄った事で一躍有名になり、今でも熱心な信徒が多く訪れている。
息子に代を譲った隠居が巡礼でもしているのだろうか?
だいぶんと距離が縮まった事で、すでに人影ではなくマントを羽織った旅人の姿が見えていた。
歳を刻んだ顔立ちから四十代と思われる男だ。首元には編み込んだ革紐。
「こんにちは」
「やあ、こんにちは」
互いに軽く頭を下げてすれ違う。
思った通りの人物だった。
農夫は推測が的中したことに僅かに口端を上げて、町への道をゆっくりと馬に歩かせた。
◆
四十代の旅神となった神様は、夕方の少し前に街へと到着した。
荷物の少なさから、一番近い森向こうの町からやってきたのだろう。番兵はそう判断した。よく街を訪れる信徒たちと同じような服装だ。
神様から怪しいところを見つけられなかった番兵は、首元の革紐を目にとめると声をかけた。
「こんにちは、巡礼かい?」
教会である程度の寄付と引き換えに授けられるお守りを、巡礼者はよく首から下げている。
「ええ、ここの聖堂に」
神様からの応えに、番兵は思った通りだと笑みを浮かべた。今日だけでも何人目だろうか? そんな自分の街を誇らしく感じる。
「そうか! 聖堂は街の西側にあるぞ。でも今日はもうすぐ閉まるからな、急ぎでないなら宿で一泊して明日ゆっくりお参りするといい」
そうして街中へと招き入れる中、番兵は「しまった!」と大きな声を上げた。
首をかしげる神様へと、申し訳なさそうに手を差し出す。
「すまねぇな、旅人さん。門料銀貨一枚だ」
◆
門を通り街へと入った神様は西側に向かい、聖堂の前まで来ると翌日の昼へと移動した。
聖堂は石造りの建物で、街の人や神様と似たような姿の巡礼者が熱心に祈りをささげている。
少年は熱心に神様へと願い事をしている。
『母さんの病気がよくなりますように。どうか、神様、お願いします』
半刻後、少年が家へと帰ると母親の顔色がいつもより良くなっていることに気が付いた。
それからは母親本人でさえあきらめていた病状が改善へと向かい、家族はみな聖堂へと足蹴く通う熱心な信徒となった。
街を出る前に聖堂へと寄った行商人は、いつも通りに願う。
『今回も無事に帰ってこれますように』
翌日。
街道を少し外れたところで、横転して半壊した馬車と、食べ残しが見つかった。
滅多に起きない魔物の襲撃に人々はおびえ、領主の派遣した軍が発見した魔物の集落は、大きくなる前につぶされた。
幼い少女は無邪気に願う。
『おにいちゃんとまたいっしょにあそびたいです』
父親に連れられ聖堂を出ると、母親が兄を抱えて聖堂へと駆け込んできた。
導師へと詰め寄る母には、父と少女の姿は見えていない様子。
「導師様! 導師様! 突然に足が、この子の足が!!」
喜びか、恐怖か。母の声に含まれる感情がどちらなのかはわからなかったが、兄の足が元通りに生えそろっているのを見て少女は喜んだ。
街は混乱の渦に包まれた。
いたって健康だったものが突然倒れたかと思えば、死期の近かったものが元気に起き上がり、路上で落ちていた財布をめぐっての争いが頻発した。
悪い噂のあった店の悪事が唐突に明るみに出たその日のうちに、やはりそんな事実は無かったと放免され、翌日にはその店の経営者が自宅のベッドで冷たくなっていた。
葬儀中に突然息を吹き返す者が続出し、治療院は原因不明の病により倒れた者であふれかえった。
街中には幸福と不幸が満ちていた。
聖堂でまた一人が、疲れ果てたように願う。
『元通りの穏やかな日常が戻ってきますように』
その男は気づかなかった。
気づいても、気にも留めなかっただろう。
入ってきたときには聖堂の端に腰かけていた旅人の姿が、いつの間にか消えていた。
◆
ここは世界の上の方。
帰ってきた神様はゆらゆらしている。
動きに合わせてマントが揺れる。
旅人がよく身に着けている、どこにでもあるような革のマントだ。
……気に入ったらしい。
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