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竜一の非日常
二話
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目を覚まして、背中に巨大な毛玉がいることにほっとする。体は明らかに軽くなっていた。
「ちょっといいかな?」
声をかけるとすぐに障子の向こうから声がする。
「はい」
「今日の新聞と、あと、適当に本持ってきてもらえる?」
いくらも経たないうちに新聞と三冊の本、昼食が運ばれてきた。もう昼だったのか。時計、いや、スマホが欲しいな。
ミルさんの腹を背もたれ代わりに、梅干しの加わったおかゆを食べ終えた。
ふむ、今日は永和7年10月8日の水曜日。一面には崩れた公園の写真がでかでかと掲載されている。
『都内公園崩壊、原因は流動化現象』
住民は避難済みで特に怪我人等はいなかったらしい……突然公園が崩れたのに、何で付近住民が避難済みなんだ?
そのあたりには特に触れておらず、流動化現象についての仕組みや詳細がつらつらと書かれていた。
特に必要と思われる情報もなく、新聞をたたみ直してポイッと横に投げる。
まぁ、一番の目的は本だったからな。ああやって頼めばぼくがよく読んでいるものや、好みそうなものを持ってきてくれるはずだ。
一冊目は『表と裏の交渉術』難しい漢字がたくさん並んでいる。内容は確かに楽しそうだけど、こんな本を読んでいたのか?
次は『妖魔伝記』昔話みたいなものか。
最後に『妖魔辞典1』2以降もあるのか!?
試しに『妖魔伝記』を開いてみたのだが、なぜかところどころに空欄があって読みづらい。
『妖魔辞典』には大き目の挿絵とともに、その妖魔の解説が書かれていた。
ファンタジーとかが好きな子だったのかな?
交渉術を読むみたいに、大人びたところもあったのかもしれない。
うわぁ、解説の所に「肉を割いて骨を取り出す」とか「鼻の穴から舌を入れて鼻水をすする」とか、気持ちの悪いことが書いてある。こんなものを好んで読んでいたのか……。
適当にページをめくっていくと、一番最後に作者の一言が書いてあった。
『この本を読んでいかがでしたか? 妖魔は人を食べるものだという皆様の常識が覆せたのなら幸いです。もちろん日頃見られる妖魔のほとんどは人を糧としており、この本をご覧になられた皆様にとっての脅威とは思われますが、それだけではなく、昔から人と共存関係にある妖魔もいることを心の隅にでも置いて頂けたら、そんな思いでこの『妖魔辞典』を書きあげた次第でございます』
なるほど、ゲームか何かに出てくる敵キャラクターをまとめた図鑑か。こんなものを買ってしまうくらいだから、よっぽどそのゲームが好きだったんだろうな。
でも作者さん、鼻水すするやつとか説明されても、読者は嫌いになるばかりだと思うよ。
ふと顔を上げて障子を見ると、今日はよい天気らしく暖かそうだった。縁側で読むか。
布団から出るとミルさんも立ち上がり、ぐぐぅっと伸びをする。そのまま頭をこすりつけてきて、ちょっとよろめいた。体の大きさ考えてくれよ。
その頭をぽんぽんとなでて、部屋の外に出ようと障子を開けた。
やっぱりいい天気……?
遠くは少しかすみがかってるな。太陽の光も少しぼやけ気味だ。まぁ、日差しが気持ちいいことには変わりが無い。
外に控えていたお手伝いさんが慌てていたけれど、「大丈夫だから」と縁側に腰を下ろした。隣にはミルさん。
『表と裏の交渉術』を半分ほど読み進めたところで、少し眠くなってきた。まだ本調子じゃないのだろう。
そういえば、一日経ったのに全く記憶が戻る気配が無いな。
一度ぼくの部屋に行くか、アルバムを持ってきてもらうか。
いや、アルバムは怪しまれるか。
「ちょっと部屋に行ってくる」
案内してもらえれば儲け物と、そばにいるお手伝いさんにそう言ったのだが、
「だめですよ、御当主様からも言われてるでしょう? さ、戻ってください」
うながされて素直にミルさんと部屋に戻る。判った事が増えた。
父はこの家の当主、で、ぼくはその息子、お坊ちゃんってわけだ。
それにしても、部屋があるのにそこに戻ってはいけないって、よっぽど散らかってるのか?
ゲーム機とか漫画とかが散乱していたら嫌だな。
当然のように布団の上で横になったミルさんにもたれかかり、本へと挟んでいた指も抜いて横へと置いた。
ぽふんと、尻尾が腹の上に置かれる。
ぽふ、ぽふ。
子供のように寝かしつけられてるのに少し複雑な思いにかられたが、まあいいか。
そのままふわふわな腹へと沈んでいった。
---
長い髪を後ろでくくった作務衣姿の男が一人、妙な生き物の中で棒を振るっていた。
しましま模様をやけに凶悪にして、赤子ほどに巨大化させたハチのような虫の群れ。
黒と黄色に埋め尽くされた中、灰色が見え隠れしている。
取り囲まれながらも男の振るう棒の威力はすさまじく、一振りで辺りの虫をなぎ払うのだが一向に減る様子が見られない。
男のわずかな隙を狙って襲ってきた虫は、目の前で切り裂かれて散っていった。
「ありがと、ミルさん」
男がこちらを見て笑う。
そんなことを何度繰り返しただろうか。
襲ってくる虫の数も減り、ようやく空が白み始め、男が一瞬東の空を見たその時、地面が陥没した。
下には広い空洞と、ひしめく白い幼虫達。
ぼくの視界はめまぐるしく動き、降りる場所を探しているようだ。
「ぐぅっ!?」
男の声にあわてて振り返ると、手足の細い猿のような動物に襲われていた。
視界が下に向けられる隙を突いて、上から降ってきたのか?
落下する中、瓦礫を蹴って男を助けに向かうと、それはすぐに離れて姿を消した。
どこか見覚えが……いや、それよりもあの人は無事なのか?
「いって……」
首に傷を負ったようだが大事は無いようだ。
と、思ったのだが様子がおかしい。さっきよりも小さくなってないか?
あれは……ぼく?
大きくなってしまった服のせいで動きが制限されてしまい、押され気味になるぼくの姿をした男。
幼虫はハチほど脅威ではないのだが、ひたすら邪魔になる。
さらにハチは目標を変えたのか、生き残った半分が一斉にこちらに向かってきた。
「あぁ、くそっ! ミルさん!!」
男は焦った声を上げると、一枚の紙を取り出して、それをぼくに向かって投げつけた。
---
目を覚ましたのは夕方だった。
何か、すっごく現実的だったんだけど、今の夢。
夢の中でぼく、ミルさんって呼ばれてたよな?
ミルさんの見てた夢?
もしもあれが本当に起きた事なら、ちょっと色々考え直さないといけないんじゃないか?
それにしてもあの猿、どっかで見たような。記憶が無いのに覚えがあるってのも変な話だけど……。
あ、妖魔辞典!
一度見ただけなのによく覚えていたな。あった、これだ。
『トキアサリ。若返りの伝説のある温泉でまれに見かけることがある。生物、無生物問わずに時を食べるが、いまいちよく解っていない妖魔である』
他にもちょこちょこ書いてあるけれど、あんまり関係ないことだから無視。特に最後の『捕まえたら一攫千金間違いなし!』なんて何故書いた。本当に捕まえに行く人がいたら危ないでしょ!?
とにかく、今までのことは頭の隅に置いておいて、この本や、先ほどの夢が現実だとして考え直す必要が出てきた。
ぼくの名前は竜一。父と母がいる。
この家の当主の息子で、多分成人してる。
妖魔と戦うことができて、多分強い。
多勢に無勢でやられて、何とか助かった……のかな?
両親も心配するはずだ。
なぁおん
ミルさんが突然大きな声で鳴いた。寝ぼけたのかきょろきょろと辺りを見回してから、顔をなめられる。
ぞり、ぞり
「ちょっと、ミルさん。痛い」
うつ伏せになって避けようとするが、今度は首筋をなめられる。
「うひ、ちょい、ミルさん、余計痛いって!?」
仕返しだと乗りかかって頭をわしわしなでると、前足でぼくをのっしと押し倒して再びぞりぞり。くっ、負けてなるものか!!
「何をしているんだ、お前達は」
いつの間にやってきたのだろうか。開いた障子の向こうから、父の呆れた声がした。
布団の上で正座をし、隣にミルさんが座る。
目の前には、同じように正座をした父がいる。
「何か考えがあるんだろうとあえて聞かなかったが、さすがに今日で二日目だ。竜一、あの時何があったんだ?」
父は真剣な顔をしているのだが、あの時がどの時なのかさえさっぱりだ。
一人で考えていても埒が明かないし、そろそろ正直に言うべきか?
わずかに身構えて、口を開く。
「実は、言いにくいんだけど……記憶が無いんだ」
父の眉間にしわが寄った。
「そういう事なら余計に早く言うべきだったろう。いつから無いんだ? 家を出た時は?」
わずかな苛立ちのこもった声に、続けざまの質問。
ああ、これは記憶の一部が欠けている状態ととらえているんだろうな。
……この先が余計に言いにくい。
「あーっと、自分が誰なのか、から記憶に無い」
しっかり十数秒間、口を半開きにして父は固まった。
「今、何て?」
「とりあえず、名前は竜一で合ってるのか?」
「なぁお」
肯定の返事は、隣から来た。
「ちょっといいかな?」
声をかけるとすぐに障子の向こうから声がする。
「はい」
「今日の新聞と、あと、適当に本持ってきてもらえる?」
いくらも経たないうちに新聞と三冊の本、昼食が運ばれてきた。もう昼だったのか。時計、いや、スマホが欲しいな。
ミルさんの腹を背もたれ代わりに、梅干しの加わったおかゆを食べ終えた。
ふむ、今日は永和7年10月8日の水曜日。一面には崩れた公園の写真がでかでかと掲載されている。
『都内公園崩壊、原因は流動化現象』
住民は避難済みで特に怪我人等はいなかったらしい……突然公園が崩れたのに、何で付近住民が避難済みなんだ?
そのあたりには特に触れておらず、流動化現象についての仕組みや詳細がつらつらと書かれていた。
特に必要と思われる情報もなく、新聞をたたみ直してポイッと横に投げる。
まぁ、一番の目的は本だったからな。ああやって頼めばぼくがよく読んでいるものや、好みそうなものを持ってきてくれるはずだ。
一冊目は『表と裏の交渉術』難しい漢字がたくさん並んでいる。内容は確かに楽しそうだけど、こんな本を読んでいたのか?
次は『妖魔伝記』昔話みたいなものか。
最後に『妖魔辞典1』2以降もあるのか!?
試しに『妖魔伝記』を開いてみたのだが、なぜかところどころに空欄があって読みづらい。
『妖魔辞典』には大き目の挿絵とともに、その妖魔の解説が書かれていた。
ファンタジーとかが好きな子だったのかな?
交渉術を読むみたいに、大人びたところもあったのかもしれない。
うわぁ、解説の所に「肉を割いて骨を取り出す」とか「鼻の穴から舌を入れて鼻水をすする」とか、気持ちの悪いことが書いてある。こんなものを好んで読んでいたのか……。
適当にページをめくっていくと、一番最後に作者の一言が書いてあった。
『この本を読んでいかがでしたか? 妖魔は人を食べるものだという皆様の常識が覆せたのなら幸いです。もちろん日頃見られる妖魔のほとんどは人を糧としており、この本をご覧になられた皆様にとっての脅威とは思われますが、それだけではなく、昔から人と共存関係にある妖魔もいることを心の隅にでも置いて頂けたら、そんな思いでこの『妖魔辞典』を書きあげた次第でございます』
なるほど、ゲームか何かに出てくる敵キャラクターをまとめた図鑑か。こんなものを買ってしまうくらいだから、よっぽどそのゲームが好きだったんだろうな。
でも作者さん、鼻水すするやつとか説明されても、読者は嫌いになるばかりだと思うよ。
ふと顔を上げて障子を見ると、今日はよい天気らしく暖かそうだった。縁側で読むか。
布団から出るとミルさんも立ち上がり、ぐぐぅっと伸びをする。そのまま頭をこすりつけてきて、ちょっとよろめいた。体の大きさ考えてくれよ。
その頭をぽんぽんとなでて、部屋の外に出ようと障子を開けた。
やっぱりいい天気……?
遠くは少しかすみがかってるな。太陽の光も少しぼやけ気味だ。まぁ、日差しが気持ちいいことには変わりが無い。
外に控えていたお手伝いさんが慌てていたけれど、「大丈夫だから」と縁側に腰を下ろした。隣にはミルさん。
『表と裏の交渉術』を半分ほど読み進めたところで、少し眠くなってきた。まだ本調子じゃないのだろう。
そういえば、一日経ったのに全く記憶が戻る気配が無いな。
一度ぼくの部屋に行くか、アルバムを持ってきてもらうか。
いや、アルバムは怪しまれるか。
「ちょっと部屋に行ってくる」
案内してもらえれば儲け物と、そばにいるお手伝いさんにそう言ったのだが、
「だめですよ、御当主様からも言われてるでしょう? さ、戻ってください」
うながされて素直にミルさんと部屋に戻る。判った事が増えた。
父はこの家の当主、で、ぼくはその息子、お坊ちゃんってわけだ。
それにしても、部屋があるのにそこに戻ってはいけないって、よっぽど散らかってるのか?
ゲーム機とか漫画とかが散乱していたら嫌だな。
当然のように布団の上で横になったミルさんにもたれかかり、本へと挟んでいた指も抜いて横へと置いた。
ぽふんと、尻尾が腹の上に置かれる。
ぽふ、ぽふ。
子供のように寝かしつけられてるのに少し複雑な思いにかられたが、まあいいか。
そのままふわふわな腹へと沈んでいった。
---
長い髪を後ろでくくった作務衣姿の男が一人、妙な生き物の中で棒を振るっていた。
しましま模様をやけに凶悪にして、赤子ほどに巨大化させたハチのような虫の群れ。
黒と黄色に埋め尽くされた中、灰色が見え隠れしている。
取り囲まれながらも男の振るう棒の威力はすさまじく、一振りで辺りの虫をなぎ払うのだが一向に減る様子が見られない。
男のわずかな隙を狙って襲ってきた虫は、目の前で切り裂かれて散っていった。
「ありがと、ミルさん」
男がこちらを見て笑う。
そんなことを何度繰り返しただろうか。
襲ってくる虫の数も減り、ようやく空が白み始め、男が一瞬東の空を見たその時、地面が陥没した。
下には広い空洞と、ひしめく白い幼虫達。
ぼくの視界はめまぐるしく動き、降りる場所を探しているようだ。
「ぐぅっ!?」
男の声にあわてて振り返ると、手足の細い猿のような動物に襲われていた。
視界が下に向けられる隙を突いて、上から降ってきたのか?
落下する中、瓦礫を蹴って男を助けに向かうと、それはすぐに離れて姿を消した。
どこか見覚えが……いや、それよりもあの人は無事なのか?
「いって……」
首に傷を負ったようだが大事は無いようだ。
と、思ったのだが様子がおかしい。さっきよりも小さくなってないか?
あれは……ぼく?
大きくなってしまった服のせいで動きが制限されてしまい、押され気味になるぼくの姿をした男。
幼虫はハチほど脅威ではないのだが、ひたすら邪魔になる。
さらにハチは目標を変えたのか、生き残った半分が一斉にこちらに向かってきた。
「あぁ、くそっ! ミルさん!!」
男は焦った声を上げると、一枚の紙を取り出して、それをぼくに向かって投げつけた。
---
目を覚ましたのは夕方だった。
何か、すっごく現実的だったんだけど、今の夢。
夢の中でぼく、ミルさんって呼ばれてたよな?
ミルさんの見てた夢?
もしもあれが本当に起きた事なら、ちょっと色々考え直さないといけないんじゃないか?
それにしてもあの猿、どっかで見たような。記憶が無いのに覚えがあるってのも変な話だけど……。
あ、妖魔辞典!
一度見ただけなのによく覚えていたな。あった、これだ。
『トキアサリ。若返りの伝説のある温泉でまれに見かけることがある。生物、無生物問わずに時を食べるが、いまいちよく解っていない妖魔である』
他にもちょこちょこ書いてあるけれど、あんまり関係ないことだから無視。特に最後の『捕まえたら一攫千金間違いなし!』なんて何故書いた。本当に捕まえに行く人がいたら危ないでしょ!?
とにかく、今までのことは頭の隅に置いておいて、この本や、先ほどの夢が現実だとして考え直す必要が出てきた。
ぼくの名前は竜一。父と母がいる。
この家の当主の息子で、多分成人してる。
妖魔と戦うことができて、多分強い。
多勢に無勢でやられて、何とか助かった……のかな?
両親も心配するはずだ。
なぁおん
ミルさんが突然大きな声で鳴いた。寝ぼけたのかきょろきょろと辺りを見回してから、顔をなめられる。
ぞり、ぞり
「ちょっと、ミルさん。痛い」
うつ伏せになって避けようとするが、今度は首筋をなめられる。
「うひ、ちょい、ミルさん、余計痛いって!?」
仕返しだと乗りかかって頭をわしわしなでると、前足でぼくをのっしと押し倒して再びぞりぞり。くっ、負けてなるものか!!
「何をしているんだ、お前達は」
いつの間にやってきたのだろうか。開いた障子の向こうから、父の呆れた声がした。
布団の上で正座をし、隣にミルさんが座る。
目の前には、同じように正座をした父がいる。
「何か考えがあるんだろうとあえて聞かなかったが、さすがに今日で二日目だ。竜一、あの時何があったんだ?」
父は真剣な顔をしているのだが、あの時がどの時なのかさえさっぱりだ。
一人で考えていても埒が明かないし、そろそろ正直に言うべきか?
わずかに身構えて、口を開く。
「実は、言いにくいんだけど……記憶が無いんだ」
父の眉間にしわが寄った。
「そういう事なら余計に早く言うべきだったろう。いつから無いんだ? 家を出た時は?」
わずかな苛立ちのこもった声に、続けざまの質問。
ああ、これは記憶の一部が欠けている状態ととらえているんだろうな。
……この先が余計に言いにくい。
「あーっと、自分が誰なのか、から記憶に無い」
しっかり十数秒間、口を半開きにして父は固まった。
「今、何て?」
「とりあえず、名前は竜一で合ってるのか?」
「なぁお」
肯定の返事は、隣から来た。
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