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本心を教えて
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「アストルム・ディウィヌム……イグニス……」
呪文を唱えながら月の石を小鍋に入れる。グツグツと沸騰している鉄の鍋からは、金色の煙が溢れ出ている。
「どう、今度は上手くいったでしょう?」
「うーん、七十点ぐらいかなぁ。呪文の発音が時々おかしかったから、魔力が暴発したかも」
「これのどこが七十点なのよ? だいいち、貴方は魔法を使う時に呪文は唱えないわよね?」
「呪文は安定して魔法を使うための保険だよ。そのうち要らなくなるから安心して」
メアリーが拗ねたように頬を膨らませる。メギスは、ほんの少し扉の方へ視線をチラつかせてからメアリーと目を合わせた。
「それで、物をコピーする魔法と鍋になんの関係があるのかしら?」
「氷や炎といった単純な物質は簡単に生成できるけど、本や書類をコピーしたり、新たに作るのは難しいんだよ。だから、まずは基礎から練習しないとね」
メギスは、そう言いながら小鍋を指さした。
魔法の練習を初めてから一週間、ほぼ毎日メギスは空き時間を見つけてメアリーのためにワンツーマン授業をしてくれた。
忙しいはずなのに、わざわざ空き時間を確保してターレンバラ家家まで来てくれることには、何度感謝の言葉を述べても足りないぐらいだ。
「そんな落ち込まないでよ。君はかなり上達が早い方だから、早くて、あと三日もあれば習得できるんじゃないかな?」
「嘘、そんなに早く?」
彼が基礎から学ばなければならないと聞いていたので、どんなに頑張っても数ヶ月ぐらいかかると思っていたが。
その場合、魔法ではなく別の方法で帳簿を入手する方法を考えなくてはいけなかったけどね。
助けを求めている子供を、いつまでも待たせるわけにはいかないから。
「君の才能と努力の賜物だよ」
「ありがとう、メギス。貴方最高の先生ね!」
メアリーが感謝の言葉を伝えると、メギスは微笑した。
「どういたしまして。頑張っている君を眺める時間が減ることは残念だけどねぇ」
「私の姿なんか見てどうするのよ……」
メアリーは口を尖らせながら作業に戻る。心做しか彼女の表示は朗らかであった。
***
魔法の特訓を初めて一週間。
ついにメアリーは、簡単なものならコピーできるようになった。
羽根ペンぐらいなら全く同じものを作れるが、まだ複雑な模様の花瓶などはコピーが難しい。
試しに廊下にある胡蝶蘭柄の花瓶をコピーしようとしたら、なぜか皿が出現した。
「よし、今日はここまでにしようか」
机の上に並ぶ大量の皿の前で、メギスがメアリーに告げる。
「今日もありがとうメギス」
疲れ果てて背伸びをするメアリーを、メギスが微笑ましそうな目で見ていた。
「黙ったまま、ずっと私をジロジロと見てきてどうしたのよ?」
「いや、少しばかりつまらないことを考えていてね」
「なに、言ってみなさい」
「もし君の計画が失敗してしまった時は、僕と二人で人間の国から逃亡するのも悪くないかなぁ、と思って」
「私の計画って……お義母様……」
メアリーが途中まで言葉を紡ぐと、メギスが口元に人差し指を立てた。
彼の意図を察して話題を変える。
「それだと貴方の人生まで台無しになっちやうでしょ?」
「そうかなぁ?」
「貴方にだって色々とあるじゃない。魔道士としてのキャリアとか」
「それもそうだね」
クスクスと笑うメギス。
メアリーは不服そうな目で彼を見た。
「そうだ。どうせだしシェフとキッチンメイドに茶菓子でも作らせましょうか?」
「いいや、この後用事があるから気持ちだけ貰っておくよ」
「そう、分かったわ」
メアリーは客間の扉を開けて、メギスを見送る。
「いつもありがとう。どうして、私のためにここまでしてくれるのか分からないけど、心の底から感謝しているわ」
「理由なら前説明しただろ?」
「そうだけど……私の前ではヒーローで居たいとか言っていたけど、それだけだと釈然としないから」
「もっと具体的な理由をご所望か……そうだね、強いて言うなら君を一人にしておくと不安だからかなぁ」
「頼りなくて悪かったわね」
メアリーが不貞腐れたように頬を膨らませると、メギスは手を振りながらメアリー客間から出た。
そのまま階段を降り、エントランスホールへ向かった。
「隠れていないでさっさと出てこいりここまで来れば義娘に会話は聞かれないだろう。大きな声で騒げば話は別だが」
メギス独り言のように呟くと、玄関前から一人の女が姿を現す。
先ほどまで居なかったはずの女性。
メギスが瞬きをした、ほんの一瞬で姿を表した。
「まぁ、気づいていたのね?」
フィネラである。
「僕がメアリーお嬢様と話している間、ずっと廊下で盗み聞きしていただろ?」
「さすが、トリスメギストス。勘が鋭いわね。ビックリしちゃたわ」
「悪いけど僕はトリスメギストスではないよ」
「あらまぁ、随分と容姿が似ているから間違えたわ」
「それにしても君、よく『夜の魔女』が亡くなった妖精戦争の時代に活躍した魔道士の名前なんて知っているね?」
「もちろん、知っているわ。忘れるわけないもの」
「へぇー」
メギスは嘲笑うかのように目尻を緩めた。
「だったら人間は嫌いだよね?」
「いいえ、大好きよ」
「じゃあ、どうして全員殺したのさ?」
フィネラは小さく笑った。
その笑いには、暖かな光も、優しい感情もこもっておらず――ただ刃の如く冷たくて鋭い”何か”が眠っている。
「貴方が知る必要はないわ」
呪文を唱えながら月の石を小鍋に入れる。グツグツと沸騰している鉄の鍋からは、金色の煙が溢れ出ている。
「どう、今度は上手くいったでしょう?」
「うーん、七十点ぐらいかなぁ。呪文の発音が時々おかしかったから、魔力が暴発したかも」
「これのどこが七十点なのよ? だいいち、貴方は魔法を使う時に呪文は唱えないわよね?」
「呪文は安定して魔法を使うための保険だよ。そのうち要らなくなるから安心して」
メアリーが拗ねたように頬を膨らませる。メギスは、ほんの少し扉の方へ視線をチラつかせてからメアリーと目を合わせた。
「それで、物をコピーする魔法と鍋になんの関係があるのかしら?」
「氷や炎といった単純な物質は簡単に生成できるけど、本や書類をコピーしたり、新たに作るのは難しいんだよ。だから、まずは基礎から練習しないとね」
メギスは、そう言いながら小鍋を指さした。
魔法の練習を初めてから一週間、ほぼ毎日メギスは空き時間を見つけてメアリーのためにワンツーマン授業をしてくれた。
忙しいはずなのに、わざわざ空き時間を確保してターレンバラ家家まで来てくれることには、何度感謝の言葉を述べても足りないぐらいだ。
「そんな落ち込まないでよ。君はかなり上達が早い方だから、早くて、あと三日もあれば習得できるんじゃないかな?」
「嘘、そんなに早く?」
彼が基礎から学ばなければならないと聞いていたので、どんなに頑張っても数ヶ月ぐらいかかると思っていたが。
その場合、魔法ではなく別の方法で帳簿を入手する方法を考えなくてはいけなかったけどね。
助けを求めている子供を、いつまでも待たせるわけにはいかないから。
「君の才能と努力の賜物だよ」
「ありがとう、メギス。貴方最高の先生ね!」
メアリーが感謝の言葉を伝えると、メギスは微笑した。
「どういたしまして。頑張っている君を眺める時間が減ることは残念だけどねぇ」
「私の姿なんか見てどうするのよ……」
メアリーは口を尖らせながら作業に戻る。心做しか彼女の表示は朗らかであった。
***
魔法の特訓を初めて一週間。
ついにメアリーは、簡単なものならコピーできるようになった。
羽根ペンぐらいなら全く同じものを作れるが、まだ複雑な模様の花瓶などはコピーが難しい。
試しに廊下にある胡蝶蘭柄の花瓶をコピーしようとしたら、なぜか皿が出現した。
「よし、今日はここまでにしようか」
机の上に並ぶ大量の皿の前で、メギスがメアリーに告げる。
「今日もありがとうメギス」
疲れ果てて背伸びをするメアリーを、メギスが微笑ましそうな目で見ていた。
「黙ったまま、ずっと私をジロジロと見てきてどうしたのよ?」
「いや、少しばかりつまらないことを考えていてね」
「なに、言ってみなさい」
「もし君の計画が失敗してしまった時は、僕と二人で人間の国から逃亡するのも悪くないかなぁ、と思って」
「私の計画って……お義母様……」
メアリーが途中まで言葉を紡ぐと、メギスが口元に人差し指を立てた。
彼の意図を察して話題を変える。
「それだと貴方の人生まで台無しになっちやうでしょ?」
「そうかなぁ?」
「貴方にだって色々とあるじゃない。魔道士としてのキャリアとか」
「それもそうだね」
クスクスと笑うメギス。
メアリーは不服そうな目で彼を見た。
「そうだ。どうせだしシェフとキッチンメイドに茶菓子でも作らせましょうか?」
「いいや、この後用事があるから気持ちだけ貰っておくよ」
「そう、分かったわ」
メアリーは客間の扉を開けて、メギスを見送る。
「いつもありがとう。どうして、私のためにここまでしてくれるのか分からないけど、心の底から感謝しているわ」
「理由なら前説明しただろ?」
「そうだけど……私の前ではヒーローで居たいとか言っていたけど、それだけだと釈然としないから」
「もっと具体的な理由をご所望か……そうだね、強いて言うなら君を一人にしておくと不安だからかなぁ」
「頼りなくて悪かったわね」
メアリーが不貞腐れたように頬を膨らませると、メギスは手を振りながらメアリー客間から出た。
そのまま階段を降り、エントランスホールへ向かった。
「隠れていないでさっさと出てこいりここまで来れば義娘に会話は聞かれないだろう。大きな声で騒げば話は別だが」
メギス独り言のように呟くと、玄関前から一人の女が姿を現す。
先ほどまで居なかったはずの女性。
メギスが瞬きをした、ほんの一瞬で姿を表した。
「まぁ、気づいていたのね?」
フィネラである。
「僕がメアリーお嬢様と話している間、ずっと廊下で盗み聞きしていただろ?」
「さすが、トリスメギストス。勘が鋭いわね。ビックリしちゃたわ」
「悪いけど僕はトリスメギストスではないよ」
「あらまぁ、随分と容姿が似ているから間違えたわ」
「それにしても君、よく『夜の魔女』が亡くなった妖精戦争の時代に活躍した魔道士の名前なんて知っているね?」
「もちろん、知っているわ。忘れるわけないもの」
「へぇー」
メギスは嘲笑うかのように目尻を緩めた。
「だったら人間は嫌いだよね?」
「いいえ、大好きよ」
「じゃあ、どうして全員殺したのさ?」
フィネラは小さく笑った。
その笑いには、暖かな光も、優しい感情もこもっておらず――ただ刃の如く冷たくて鋭い”何か”が眠っている。
「貴方が知る必要はないわ」
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