異世界の餓狼系男子

みくもっち

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4 選ばれし勇者

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「テメー、何モンだ? ここは一体なんなんだよ、オイ」

 荒木が両手をポケットに突っ込み、アアン? と睨めあげるようにしてシエラに聞く。
 たいていの者はビビッてしまうものだが、この赤髪の少女はまったく怯む様子はない。

「あれ……アンタ、元の世界と全然姿が変わってないじゃん。名前も。《男の中の男》て、ざっくりしてるし、ああ、願望とか想像力が低いのかな? こりゃ後で苦労するな」

 そう言って今度は俺を見る。

「さて、溢忌は名前はまんまだけど、超レアケースだからね。特別にこの場所……深淵まで来れたんだから。こっちのフランスパンは巻き込まれただけ。あなたはね、選ばれたの。《勇者》としてシエラに」

「はあ、勇者っスか……」

「……反応薄っ! もっと喜んで欲しい。シエラ、もっと喜んで欲しい~っ!」

 ああああ、と絶叫しながら身悶えする少女。ちょっと……いや、かなりヤバイヤツなのかも。ヘンなクスリとかやってるんじゃないのか……。

「だからよ、ここはどこだっつってんだよ!」

 荒木がかなりイラついた様子で聞く。今にも手が出そうだ。俺はさりげなくふたりの間に割ってはいる。

「だから、さっき歌いながら説明したじゃん。初心者でも分かりやすいよーに。チュートリアル? ほら、ゲームにもあるヤツ」

 あんな無茶苦茶なチュートリアルはない……。
 シエラが仕方ないな、とまた歌い、踊りだしそうなのをやっとで止め、その場に座って最初から説明を受けた。

 ここは異世界というのは間違いないようだ。
 その異世界でも、この空間は深淵と呼ばれる特別な場所。

 この《女神》シエラ=イデアルは長い休眠期から目覚めたばかりらしい。
 目覚めたばかりの《女神》は、この異世界に来たばかりの転移者──その中の一人を勇者とし、祝福と称する力を与えることが出来るというのだ。

「どうして俺が選ばれたんスか?」

 こんな平凡な……いや、勉強もスポーツもダメ。自慢できる趣味や特技もない。明らかに平凡以下の自分に。

「偶然よ、偶然。アンタがこっちに来るタイミングとシエラが目覚めるのがドンピシャだったの。そんで、超レアケース。アンタ、あっちでは死んでるから。こっちに転移じゃなくて転生してるから」

 やはり自分は死んでいたのか。
 よく読む【小説家は餓狼】の主人公は転生するのは当たり前だが……この世界では生きたまま、つまり転移するのが普通なようだ。

「なんだあ? 俺も死んだってのかよ」

 荒木があぐらをかきながら前のめりに聞く。シエラは赤い髪をぶんぶんと横に振る。

「だから、アンタは巻き込まれただけだって。たまにあんのよ。転移者に余計なのがくっついてくんの。だから願望者デザイアとしてえらい中途半端なわけ」

 こちらに来た転移者は、総じて願望者デザイアと呼ばれ、元の世界での願望……成りたい者、憧れている者の姿となり、使いたい能力も行使できるというのだ。

「それ、スゴいっスね……」

 俺が感動していると、横から荒木が蹴りを入れてきた。

「バッカ、おめえ。死んでんだゾ。なんでそんな落ち着いてんだよ。俺は巻き込まれたんだろ? こんなとこから早く元の世界に帰してくれよ」

 俺を蹴りながらシエラにそう頼む。
 シエラは体育座りをしながら無言、無表情だ。

「まさかオメー……」

 荒木のこめかみに血管が浮き出る。

「《女神》のクセに、戻せないってんじゃねーだろーな?」

 聞くと、シエラは明らかに動揺して答える。

「ままま、まさか。シエラは《女神》よ。ただ、今は調子が出ないってゆーか、気が乗らないってゆーか。実はこっちに喚んだのは別の人で、シエラがやったみたいなにしたとか? そんな事では決して全然なきにしもあらず」

 ああ、これは……戻れないんだな。俺はそれで構わない。あんな世界に未練はない。家族には最後の別れぐらいはしたかったが……。

 荒木は納得がいかないだろう。鼻の穴が広がり、興奮している。マズイな、暴れ出す前兆だ。

「コイツ、使えねー。ダメな《女神》じゃねーか。駄女神だ。クソが、ブッ殺してやる」

 シエラに殴りかかろうとする。とっさに手を伸ばして荒木の右腕を掴んだ。するとベキバキと腐った枯れ木を握り潰したような感触。

「──っっでえええ! クソ、何をっ、何しやがった!」

 その場でのたうちまわる荒木。自分も何がなんだか分からない。
 シエラがああ、面倒と両手を上に向けた。

「この深淵からは出られるから。それでカンベンして~っ!」

 カッ、と眩い光に包まれる。
 一瞬の出来事だった。
 青い空、緑の草原──心地よい風が頬を撫でる。
 なだらかな丘の上では複数の牛がのんびりと草を食んでいる。目の前には川が流れていた。

「ここは……?」

 荒木はいない。《女神》シエラだけがドヤ顔で側に立っていた。

「フフ、美しい世界だろう。ここが異世界シエラ=イデアル。この可愛らしい《女神》とおんなじ名前。だってこの世界、シエラが造ったんだから」

 握っているマラカスをシャッ、シャッ、と振りだした。また踊りだす前に慌てて止め、荒木はどこに行ったのか聞いた。

「ん~、この世界のどこか。あの不完全な感じじゃ苦労するだろうけど……さて、勇者よ。カワイイ《女神》の導きによって魔王を倒す旅のはじまりであるぞ」
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