異世界の餓狼系男子

みくもっち

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3 女神

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 目を開けると、そこは真っ白な空間。
 何もない。果ても見えない。
 ああ、ここは……あの世か。それともアレか、一日で一年分の修行が出来るという、伝説の場所……。

 いや、そんなわけない。
 もう一度よく周りを見渡す。おや、距離感は分からないが……彼方に黒い点が見える。

 五分ほど歩いて近づき、あっ、と声をあげた。

 典型的なヤンキー姿……荒木だ。
 呻きながら起き上がろうとしている。

 この異常事態だ。すぐに襲いかかってくることはないだろう……多分。
 どちらにしろ、こんな身を隠すところもない場所では逃げようもない。

 一定の距離を保ちつつ、様子を見る。
 荒木はリーゼント頭を振りながらこちらを見て、敵意と驚きの声をあげた。

「んだあ、テメエは? 妙チクリンな格好しやがって……」 
 
 妙チクリンて、俺の事だろうか。
 そういえば周りの異変に動転していて、自分がケガしてないかとか確認していなかった。

 あれ、俺……こんな服、着ていたっけ? 黒い衣装に胸当て、マント。左腕には小振りな盾。腰には剣を差している。 
 RPGに出てくるような……俺の好きな【小説家は餓狼】の主人公みたいな格好じゃないか。
 メガネもない。裸眼ではっきり見えている。
 
 顔……髪……触った感触がまるで違う……。俺、姿が変わっている……? ああ、身長や手足もすらりと伸びてる。間違いない。
 
「どこだあ、ここは? なんもねえ。おい、テメエ、どうなってんのか説明しやがれ」

 荒木がガンつけてくる。
 ここで俺の頭の中にダダダダ、と文字が浮かんできた。いや、浮かんだというより打ち込まれた感じの衝撃。なんだかイラッ、とする。

《男の中の男》荒木勝地男あらきがちお
 
 なんだ、コレは……。荒木も頭を抱えて唸った。

「んだあ、こりゃあ? 頭ん中に直接響きやがる……《餓狼系主人公》葉桜溢忌だあ? テメエの事か? テメーがあの、溢忌だってのか?」

 早足で駆け寄り、ガッ、と胸ぐらを掴まれた。荒木もイライラしているようだ。
 俺がうんうんと頷くと、荒木は舌打ちしながら手を離す。

「わけ分かんねえが、テメーが溢忌なのは間違いねえな。そのムカつく表情、態度……てか、なんつー格好してやがんだ。恥ずかしくねえのかよ」
 
「いや、これは……俺もわけ分かんないっスよ。たしか道路に飛び出して、そんでトラックに」

 そうだ。トラックに轢かれた。俺は死んだ。間違いない。それで……まさか、WEB小説の主人公みたいに転生したというのか。

 ということは……ここは異世界ということになる。まさか、そんなことが現実に起きるなんて。

「フフフ、チミたち。驚いているようだね」

 突然の女の声。周りを見るが、姿は見当たらない。
 急に辺りが薄暗くなった。
 パッ、とスポットライトが一点を照らす。
 そこに黒い穴が開き、ゴゥンゴゥンゴゥンと何かがせり上がってきた。

 この白い空間に映える赤い髪が目に飛び込んできた。
 その腰以上もある長い赤髪に、金色の瞳。シンプルな白のワンピース。はっ、と息を呑むような美少女が現れた。
 歳は中学二、三年生くらいか? 陶器のような白い手足──よく見れば裸足だ。両手には何故かマラカスが握られている。

 少女を見たとたん、また頭の中にダダダダ、と文字が打ち込まれた。
《女神》《原初の願望者デザイア》《世界の根源》シエラ=イデアル。

 シエラ……この少女の名か? この異世界の住人だろうか。
 
「ミュージック、スタートォッ!」

 いきなり赤髪の少女──シエラが叫ぶ。

 パッ、と周りの明るさが元に戻り、ズチャズチャズチャズチャ、とどこからともなくノリのいいラテン系の音楽が流れてくる。
 その音楽に合わせてシエラはマラカスを振り、歩きながら踊りだした。

「うっ、うっ、うっ、異世界っ! 来ちゃった、来ちゃった、ホントに~来ちゃった。憧れの異世界~。わたしは女神、カワイイ女神。万能な女神~っ」

 なんか歌いだした……。ヒドイ歌声に奇妙なダンス。歌詞も今作ったような感じだ。時々つっかえながら適当に歌っている。

「ここは願望が叶う世界、世界! 成りたい姿、使いたい能力、自分の望み通り~。願望の強さが己の強さ~。だけど万能じゃない~。こんなことあり得ないって気持ちが限界を生む~、これが法則っ! だけど悲しまないでえ~、あなたは特別! 超レアケースッ! 女神の祝福が受けられるのであった~あ」

 シエラは歌い、踊りながらこちらをチラッ、チラッ、と見ている。なんだ、どうしろと言うのだ。

 その後、つっかえつっかえしながらシエラは十分程も歌い、踊っただろうか。最後のほうはもう突っ立って、詩吟みたいになっていた。
 今は汗をかき、肩で息をしながらこちらを恨めしそうに見ている。

「おい、お前ら」

「な、なんスか」

「なんスか、じゃねーーよっ! ツッコめよ! 止めろよ! 自分でどこでヤメたらいいかわかんねーじゃん! 空気読めよ! あ、ここだっつータイミングあったじゃん! スルーしてんじゃねーよ、マジで!」

 なんかよく分からんが、すごく怒られた。隣の荒木も面食らっている。
 これが──俺と《女神》シエラ=イデアルの初めての出会いだった。
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