異世界の餓狼系男子

みくもっち

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61 イルネージュの秘密

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 時が動きだし、イルネージュの斬撃が鼻先をかすめる。

 シエラがうおっ、溢忌! と声をあげる。十字架を取り上げたことで正気を取り戻したようだが……やれやれ、のんきなものだ。

「なんか記憶が曖昧だし、指先に生温かい感触……シエラ、すごく不愉快。ってゆーか、イルネージュが暴れてんぞっ!」

「ふたりとも、敵の術にかけられて操られてたんスよ。シエラは元に戻したんスけど」
 
 イルネージュの攻撃をかわしながら説明する。シエラの機嫌は直らず、こちらに噛みつきそうな顔だ。

「じゃあ、さっさとイルネージュも元に戻せよっ!」

「いや、十字架っスよ。胸に提げてるヤツを奪い取ればいいんスけど、イルネージュはどこに持ってるのか……おかしいっスね。教会で見たときはたしかに……あっ」

 あのときはふたりとも黒い修道服を着ていた。首に提げていた十字架もよく目立っていたのだが、今はいつもの格好だ。
 となると、イルネージュの十字架は……。

 俺はゴクン、と生唾を飲む。
 あの胸の谷間に埋もれて見えなくなっているに違いない。
 だから紐だけは見えているのだ。あれを奪い取るには──。

「溢忌ぃ。いや、エロリゲス・ムッツリーニ男爵よ。お前の考えている事は手に取るようにわかるぞ。イルネージュの胸の谷間に顔をうずめてみたいのであろう。まったく男という生き物は……」

「いや、うずめる必要はないっスよ。ただ、十字架を奪い取るのに手を突っ込まなきゃいけないってだけっスよ。背後から紐を強引に引っ張ったらケガしそうっス」

「おお、イヤらしい。これはポリスメンに通報しなきゃいけないな。この変態め、乙女の胸をもんでほぐして、ぼよよん、ぼよよんしたいなどと……いいか、溢忌。お胸というのはデカければいいというものではなくてな、シエラのように慎ましくて可愛らしいサイズもあると認識しなければならないのだ」

「ちょっと何言っているか分かんないっスけど……うぉっ」

 イルネージュの鋭い刺突。胸に受けてよろめく。
 重い一撃……先ほどよりダメージがある。洗脳された状態だから無意識に筋力がアップしているとかいう理屈だろうか。
 いや、それよりそろそろ覚悟を決めなければならない。

「ふん、そんな事言って、ドサクサにまぎれてあの胸の辺りを破いてお胸をご開帳させるつもりだろう。シエラ、知ってるモン。そんな格ゲーがあったの」

「いや、そりゃ勢いで破れるかもしれないっスけど……一瞬で目をつむりながら奪い取るっスよ。それなら問題ないっス」

 スキル、超加速アクセルを発動。
 イルネージュの胸の辺りに狙いを定めて腕を伸ばした。目は閉じているが、大丈夫。ガシッ、と固い十字架の感触が手の中に──。

 スパァン、と勢いよく奪い取った。
 手の中で十字架を握り潰し、捨てる。
 もう安心だ。これでイルネージュも正気に戻ったはず……。

「キャアアアァァッッ!」

 悲鳴。イルネージュのものだ。何事かと目を開けると、そこにはなんと──全裸で立ち尽くすイルネージュの姿が。
 すぐにパシィンッ、とシエラのハリセンではたかれる。

「ついにやりやがったなぁ、このド変態がぁ。超加速アクセルであんな真似したら服がビリビリに破けてしまうに決まってるだろ!」

「い、いや、わざとじゃないスよ。それになんか変スよ。イルネージュの身体……」

「ふええ、見ないでくださいぃ~」

 イルネージュはうずくまる。その胸や腰の辺りに光というかモヤのようなものが漂い、肝心の部分が見えない。

「ふむ、お前にもイルネージュの秘密を教える時がきたようだな」
 
 シエラは冷静だ。どこからともなく持ってきたシーツをイルネージュにかけてやり、語りだす。

「覚えているだろう。イルネージュのおパンツ履いてない疑惑を……これはだな、彼女の能力なのだよ。本人も無意識に身に付けている、極めてめずらしい能力なのだ」

「能力って……願望者デザイアのってことっスか」

「うむ。ほら、アニメとかでよくあるだろ。物理的に見えなきゃおかしい部分が超常的な力でぼやかされたり暗くなったり……イルネージュにはそういったエロ対策能力が備わっているのだ」

「そ、そうだったんスか。じゃあ、以前シエラがスカートをめくりあげたときも……」

「そうだ。今思い出しても恐ろしい……。真っ黒な暗黒空間が広がっておったのだよ、溢忌君。まさに童貞生殺し……美少女萌え殺しともいえる能力。そしていまだに真相は謎というわけだ。彼女の履いてない疑惑は」

「はあ……なんか複雑っスけど……これでイルネージュも元に戻ったから良しとするっスよ」



 その後、落ち着いたイルネージュにこれまでのいきさつを説明。
 服は願望の力ですぐに修復し、イルネージュはモジモジしながら頭を下げる。

「ご、ごめんなさい、溢忌さん。敵に操られて攻撃しただなんて……わたし、いつも溢忌さんの足を引っ張ってばかりで……」

「いや、とにかく無事で良かったっス。あ、そういえばあっちに仲間が倒れてたんスよ。一緒に来てほしいっス」

 シトライゼの事を思い出した。あのまま放っておくわけにもいかないので、三人でそこまで戻ることにした。
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