異世界の餓狼系男子

みくもっち

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70 凍獄魔剣

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「諦めるって……どういう意味っスか。アレは……イルネージュは洗脳されているみたいな状態なだけっスよ。元に戻す方法がきっとあるはずっス」

「いいえ、アレはそんな生ぬるいものではないわ。あなたの鷹の目ホークアイでも解るはずよ。あの右腕の剣……すでにイルネージュちゃんの神経や脳を支配しているわ。彼女とあの剣を切り離してしまうことはつまり……」

「黙るっスよ……! それ以上、言ったら──」

「うっ、ううぅ~、イルネージュ……」

 シエラの呻き声。振り返ると、頭を抱えてうずくまっている。

「シエラッ、どうしたんスかっ!?」
 
 背中をさすりながら声をかける。
 シエラはそのまま静かになった。うずくまったまま、眠ってしまったようだ。

「力を使い過ぎた上に、精神的な負荷が大きい……休眠期に入ろうとしているわ。魔王を完全に倒すのには、彼女の力が必要なのに……!」

 親指の爪をカリっ、と噛みながらカーラが空を見上げた。

 イルネージュは浮遊したまま、動いていない。
 俺のほうを見ているが──その表情はなんの感情も表していない。いや、口の端が少し吊り上がったか?

「──来るわっ!」

 カーラの声。
 ボッ、とイルネージュが急降下。
 ギュオオオ、と近付くにつれ、周囲からパキッ、ピキッ、と音がする。大気が急速に冷やされている──。

神鳥ガルーダッッ!」

 カーラが叫び、指揮棒タクトを振る。
 その身体がカッ、と光り、飛んだ。

 イルネージュと空中で激突。
 またも大気と地面を震わす轟音、衝撃。身体に打ちつけられる熱と冷気。

「カーラッ、やめるっスよっ!」
 
 シエラは障壁シールドでとりあえずは無事だ。俺は飛翔レイヴンで飛ぶ。
 
 今度はイルネージュの翼が三枚もげ、キリキリと宙を舞う。
 カーラが指揮棒タクトの先端に願望の力を集中。巨大な火球が形成された。

「やめろって言ってるんス!」

 男の拳アイアンフィストを全力で打ち込む。
 火球は発射されたが、大きく逸れてイルネージュには命中しなかった。
 その隙にイルネージュはバキバキと氷の翼を再生させる。

「溢忌君。気持ちは分かるけど、ここで魔王を倒さないと取り返しのつかないことになるわ。あなたとわたしが力を合わせれば──」

「イルネージュには手出しさせないっスよ!」

「この──分からず屋っ!」

 カーラの紅い瞳が輝きを増す。
 指揮棒タクトの先が俺に向けられる。途端に、俺は飛ぶ力を失い落下。

「う、おおぉっ」

 慌ててステータスウインドウを開いて飛翔レイヴンを再発動させようとするが──無い!

「わたしの書き換えリライトのスキル。あなたの能力を一時的にいくつか封じたわ。少しおとなしくしていて」
 
 落下していく俺にグオオ、と近付いてくるイルネージュ。
 左手で首を掴まれた。右手のアイスブランドで俺の顔面を貫こうとしている。

「イルネージュッ、俺っスよ! 分からないんスかっ!?」
 
 まっすぐに目を見ながら呼びかけるが──翠から灰色に変化した瞳は獣のように敵意がむき出しだ。
 
 剣の切っ先が迫る──が、ゴゴゴッ、と衝撃音。イルネージュが苦悶の表情を見せ、俺から離れた。 
 カーラの攻撃だ。俺はイルネージュの名を叫びながら地面に激突。
 地中に埋まるほどの勢いだったが、ノーダメージで飛び出す。

 カーラとイルネージュはもつれるようにして地上へ。着地と同時にバッ、と離れる。

 イルネージュのアイスブランドがギィパアッ、と形状が変化。獣の口のような──そこから、ゴゴッ、ゴッ、と何かを発射。

 放物線を描きながら落ちてくるのは氷塊。回転しながら飛んでくる、いびつな形のそれは次第に大きくなり──。
 
「マジッ……スか」

 辺りが暗くなるほどの影に覆われる。もはや氷塊というより氷山だ。あんなものに潰されれば──。
 
火神アグニッッ!」

 ゴオッ、とカーラの身体から炎が発せられた。それは四本腕の炎の巨人となり、落ちてくる氷山を受け止め、投げ捨てる。
 次の氷山は拳で砕き、最後のは炎の槍で貫いた。

 凄まじい……イルネージュもカーラも。 
 数多くのチートスキルを得て自分は無敵だと思っていたのだが……。

「──! 逃げられたわ。いけない、すぐに追わなきゃ」

 イルネージュの姿は消えていた。カーラは片眼鏡モノクルの縁に指を当てて集中している。

「……まだ遠くには行ってない……溢忌君、協力する気がないなら、あなたはここで待ってて。わたしがケリをつける」

「……いや、ケリをつけるのは俺とっスよ。カーラ」
 
「溢忌君……本気で言っているの? 彼女に触れて確信したでしょう。アレはもう──」

「言ったっスよ。イルネージュには手出しさせないって」

「もう話してもムダなようね。それなら──」

 カーラが指揮棒タクトをヒュヒュッ、と振る。また何かの魔法か。
 身構えたが、俺の身体に別に異常はない。だがすぐに気付く。
 近くにいたはずのシエラの姿が見えない。

「シエラはもう、あなたの側に置いておくわけにはいかないわ。たった今、深淵に送ったの。あそこはあなたひとりの力では行けない場所……」

「シエラを……! なんでそんな事……」

「真の魔王を倒すには、最終的に彼女の力が必要。休眠期に入りつつあるけど、それまでに何かあるといけない。今のあなたからは──危険なモノを感じるわ。だから……」

「黙れよっ! アンタは……俺から何もかも奪うつもりなのかよっ! そんな真似、許さねえっ!」

──怒り。この世界にきてはじめての──いや、生まれてはじめてかもしれない。こんな、何かに対して感情が昂るのは──。
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