異世界の餓狼系男子

みくもっち

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69 極寒の悪夢

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 しばらく深淵でシエラと話した。
 とりとめのない会話だったが、シエラはいつもの調子を取り戻していて安心した。

「さあ、溢忌。みんなの所に戻ろう。あの魔王ジュニアの小蜘蛛も全部片付いてるだろうし。凱旋だ」

「ああ、頼むっスよ。ここは静かすぎてかえって落ち着かないっス……おっと」

「どうした?」
 
 なにげに触れた道具袋の中に何か入っている。ぐにぃ、とした感触に俺は顔をしかめた。

「こいつは……俺の分身の仕業っスね。魔王が完全に消える前に素材を剥ぎ取ってたみたいっス。キモいっスけど、せっかくなんで……」

 俺はステータスウインドウを開き、神器練精アーティファクトを選択。
──願望の力を高め、作り出したのは小振りな盾。

 初期装備のモノは荒木に破壊されてしまったので、どうせなら強力な素材から作ったほうがいい。
 盾の表面には天使が翼を広げたような紋章が描かれている。俺はこの盾を熾天の盾と名付けた。

「おかしなヤツだな。もう戦いは終わったのに。今さらそんなモン作るなんてさ」

「いつかまた現れるんスよね、魔王。次はどんな姿でどんな力を持ってるか分かんないっしょ? その時にために備えておくっス」

「うん……次はまたお前が倒してくれよ。魔王相手に無傷だなんて、お前がはじめてなんだからな」

 俺とシエラが光に包まれる。ここへ来た時のように身体が点滅し──。



 ビュオオォ、と雪をはらんだ強風が顔を打つ。
 細い目をさらに細めながら何事かと周りを見渡す。
 深淵は真っ白な何も無い空間だったが、戻ってきた場所も同じような白に統一されている世界──。この肌を突き刺すような寒さ。数十分前にいた場所と同じとは思えない。

「シエラっ、戻ってくる場所、間違ってないっスか!? すごい寒いっス! 南極っスかね、ここは」

「バカ言うなっ! 同じ所じゃないとシエラ、戻れないのに南極なんて来れるわけない……おい、それなんだ」

 シエラが指さす。俺の数メートル先に氷で出来た長方形の柱……いや、棺桶の形に似ているか。
 地面に突き刺さったその中に──何かがいる。

「これはっ……」

《聖騎士》マックスだ。目を見開いた驚きの表情で氷の棺の中に閉じ込められている。

「なんで……なんでそんな事に……おい、溢忌、そいつは生きてるのか」
 
「分からないっス……一体、何が起きてるんスか? 魔王は倒して、敵はもういないはずじゃ……」

 ゴオオッ、と吹雪が強くなる。
 スキルで障壁シールドを出し、シエラの周りを覆った。
 
 さらに鷹の目ホークアイで注意深く辺りを見ると──同じような氷の棺がいくつもあることに気付く。 
 マックスと同じように地面に突き刺さっているものや、地面に転がっているもの──シエラと一緒にひとつずつ確認。

 ふたつ交差するような姿勢のものには、ヒューゴとネヴィアが。やはり時が止まったように固まった状態。

 地面にうつぶせになっている氷の棺を抱え起こす。中には──シトライゼ。もともと無表情だが、その目は何か訴えかけているようだ。

 さらにその奥。氷の棺には《鬼姫》千景。刀を振り下ろした状態で固まっている。

「そんな、千景まで……こんな、こんな真似が出来るのって、魔王ぐらいしかいないはず」

 シエラがヒザから崩れ落ちる。
 俺はその肩を揺さぶりながら声をかけた。

「シエラ、しっかりするっスよ! まだ無事な仲間もきっといるっス!」

 シエラは呆然としていたが、次第にガタガタと震えだした。
 
「シエラ、どうしたんスか!? まだ寒いんスか?」

「ちがう……ちがうんだ。これは……チートスキルだ。八つの禁忌のうちのひとつ……永久凍獄コキュートスだ」

「えっ、最後のチートスキルって事っスか? でも、一体誰が……」

──ゴオオウゥンッッ、と空から降ってくる轟音。
 ビリビリと身体に振動が伝わる。シエラとともに空を見上げた。

 あれほどの吹雪が一瞬で収まり、空には晴天。
 何かが飛んでいるのが見える。あれは……鳥なんかじゃない。

 鷹の目ホークアイで確認。
 ふたつの人影が高速で飛翔──戦っている。
 
 ボボボボボッ、と互いの飛び道具で派手な弾幕が張られる。
 そこから衝突。

 ひとりはカーラだ。相手の攻撃を指揮棒タクトで受けるが、その勢いを止められずにこちらに落下してくる。とんでもない速さで。

「まずいっ!」

 減速スローのスキルを発動。
 なんとか地面に激突する前にカーラは体勢を立て直すことができた。

「ありがとう、命拾いしたわ」

 カーラは礼もそこそこに、また飛び立とうとしている。

「ま、待つっスよ。なんスか、この状況は。一体誰と戦ってんスか」

「……落ち着いて聞いて。騙されたの。さっきの大蜘蛛はフェイクだった。真の魔王は他にいたの。ゲートの時間切れで逃げ切れた人もいるけど、間に合わなかった人は……見たでしょう。氷漬けにされてしまったわ。わたしの解呪ディスペルも通じない程、強力な状態異常……」

「俺の倒した魔王が偽物だったんスか……深淵まで行って念入りに倒したのに。じゃあ、本物の魔王ってのは……!」

 空からカーラを撃ち落とした謎の人物──いや、魔物か?
 鷹の目ホークアイで改めて確認し、俺は愕然とした。

 薄紫のハーフツインの髪は銀色に変化。背には氷で出来たような六枚の翼。
 右腕と一体化した氷雪剣アイスブランド。
 あれは……まさか……いや、間違いない。イルネージュだ。

 カーラが悲しげな、だがトドメを刺すような声で言った。

「そう、彼女が……いいえ、あの剣──凍獄魔剣アイスブランドこそが真の魔王。寄生されたイルネージュちゃんはもう……諦めたほうがいいわ」
 
 

 
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