強すぎる悪役令嬢イルゼ〜処刑ルートは絶対回避する!〜

みくもっち

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16 ジギスムント

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 翌日。
 予想通り相手側から打って出る事はなかった。
 兵数ではまだこちらを上回っているはずだが、よほど昨日の敗戦がこたえたらしい。

 わたし達は陣をジリジリと前進。
 砦を攻めるための歩兵部隊を近づける。

 が、いきなり矢の届くような距離までは進まない。

 まずは昨日のうちに集め、加工しておいた木材や植物等の資材を利用して投石機を建造。

 組み立てて固定するだけだったので時間はそれほどかからなかった。
 これらの作業の指示は全てフリッツが行なった。

 本来この投石機、テコの原理で石の塊を飛ばし、城壁を破壊するのが目的なのだが。
 この辺りは資材となる木材や植物が少なく、小振りなものしか出来なかった。
 攻撃する石もあまり大きすぎるものは飛ばせない。

 城壁を壊すのには威力は不十分に思えた。
 だが、最初から投石機をアテにしていたわけじゃない。

 

 造られた三基の投石機がうなりを上げて石を飛ばす。

 塁壁上に見事着弾して石は砕けた。
 やはり塁壁自体を破壊する程の威力は無いが、目的はそれで果たせる。

 複数の兵が固まって砦の門へと突っ込んでいく。
 兵達が押している車輪付きの荷台には丸太が載せられている。
 破城槌だ。あれで砦の門を打ち破る。

 そんなものが近づけば累壁の上から矢や投石で狙い撃ちにされるが、それをさせないための役割が投石機だった。

 投石機の援護のおかげで妨害もなく、破城槌が門に打ち込まれていく。
 
 頑丈な門の扉に亀裂が入っていく。
 何十回と打ち込んだ後、ついに砦の門が破壊された。

 わたしやフリッツ、兵は徒歩にて突入を開始。
 砦内から押し返そうと敵兵が殺到してくる。

 門の周りで激しい戦闘。組み込んだ正規兵の動きは悪いが、ここは引くわけにはいかない。
 
「行くぞっ、必ず突破しろ!」
 
 兵を叱咤しつつ、先頭で切り込んでいく。
 踏み込みながら一閃。正面の三人まとめて斬り倒す。

 さらに踏み込み、刺突。突いた相手を蹴り飛ばし、今度は下から斬り上げる。

 斬った相手が宙に浮きながら真っ二つになる。
 
 味方のアンスバッハ兵も健闘。徐々に押し込んでいる。こちらの勢いが上だ。

「いいぞ、もう一息!」

 わたしが叫ぶ。
 門周辺の攻防。ここはわたし達が制した。

 ドッ、と一気にアンスバッハと正規兵がなだれ込む。

 砦の中。まだ多くの敵兵がいる。迅速に制圧するには敵の総大将を討つのが一番だ。

「フリッツ、兵の指揮を頼む! わたしは指揮官を探す!」
「お一人でですか⁉ また無茶をされる」
「こういうのはひとりでやるほうが向いている」

 砦内の兵の指揮はフリッツに一任。
 そのほうがわたしが自由に動ける。

 敵兵を倒しながら階段を駆け上った。

 二階にもすでに味方の兵が突入していた。
 だがここでは敵に押されている。床に倒れているのも味方のほうが多い。

 二階の各所で戦っている味方の加勢をしながら敵指揮官を探す。

 奥の通路。わたしの目の前で兵ふたりが壁に叩きつけられた。
 ズルズルと倒れ込むふたりの甲冑は無残にひしゃげている。確認するまでもなく即死だ。

 ふたりが飛んできた先。
 棍棒を両手に持った角兜に髭モジャの巨漢が悠然とこちらに歩いてくる。

 男の周りにすでに何人もの味方が倒れていた。
 
「貴様……」

 怒りが湧き上がる。コイツが指揮官。砦を守る総大将か。

「赤豹か、来い。俺の名はジギスムント」

 上下に棍棒を構え、ジギスムントが歩く速度を上げる。
 わたしもズンズンと普通に歩いて近づく。

 そして間合い──。

 ボッ、と繰り出された右の棍棒。
 横にかわしながら斬り上げ。これは左の棍棒でガードされた。

 ギギッ、ギッ、と力の押し合い。
 コイツ、強い。単純な腕力ではあちらが上かも。あっちは左手一本。こっちは両手を使って押し切れない。

「ぬんっ」

 業を煮やしてまた右の棍棒。
 後ろに跳んでかわす。床に棍棒がめり込んだ。
 あんなのをまともに喰らえば骨が砕けるのは間違いない。

 雄叫びをあげながらジギスムントが突っ込んできた。
 左の棍棒を薙いでくる。
 
 しゃがんでかわす。頭上で寒気がするような一撃が通り過ぎる。
 ヒザをつきながら刺突。これは身をひねってかわされた。
 見た目に反してスピードもある。

 思わぬ強敵にわたしは焦るどころか嬉しくなった。
 
 今度はこっちから仕掛ける。
 上段からの打ち込み。ガードされた。そして反撃の棍棒。

 下からくるが、これは足で踏みつけるように押さえる。振り抜く前だったので容易だった。

「ぬうっ」

 ジギスムントが力まかせに腕を上げる。
 うわっ、とわたしは身体ごと持ち上げられ、宙に浮く。

 そこへ突き出された棍棒。かろうじて剣でガード。一回転しながらわたしは後方へ。

 棍棒の追撃。わたしも剣を振り上げる。
 甲高い音が響く。わたしの剣が折れた。
 
 とっさに巨体へ飛びつく。密着すれば棍棒も役に立たない。

「離れろっ、赤豹!」

 ジギスムントが棍棒を捨て、わたしを引き剥がそうと手を伸ばす。
 それより速く剣の柄で顔面を殴打。蹴り飛ばして距離を取った。

 滝のように鼻血を出しながらジギスムントは尻もちをつく。

 だがまだやる気だ。笑みを浮かべながら棍棒を再び手に取った。

「イルゼ様っ!」

 その時、後ろから駆けつけてきたのはフリッツと複数の兵。
 わたしの心配をして追ってきたのか。

「ち、引き際だな。だが俺は負けたわけじゃない。兵たちを無駄に死なせんために退くのだ」

 ジギスムントがそう言い、棍棒で壁を破壊。なんとそこから飛び降りた。

 急いでそこから下を覗いて見る。
 結構な高さがあったはずだが、ジギスムントはピンピンしていた。

 もう馬にまたがり、退却の命令を出している。

「くそっ、逃がすか。追うぞフリッツ」

 と言ったものの、わたしの足がふらつく。
 棍棒をガードした時の威力を殺しきれてなかったらしい。今頃足にきている。

「追撃はやめておきましょう。今はここを完全に制圧するのが先です」

 フリッツに言われ、わたしはうなずく。
 とりあえずは勝ったのだ。北征における重要拠点を陥とした。
 兵も疲れている。追うべきではないと判断した。

 あのジギスムントとかいう男と決着がつけられなかったのは悔しいが。



 砦内で抵抗を続けていた敵兵も投降。
 大部分はジギスムントとともに退却をしたが、被害の数を見ても大勝と言っていい。

 ここを中継店として本国から前線への輸送もだいぶ楽になる。兵站のみならず、兵の増援も期待できる。

 砦内を片付けた後、兵達に休息を取らせる。
 わたしとフリッツは二階の会議室でルイス卿に今回の戦についての報告をした。

「激しい戦いでしたが、死傷者は最低限に抑えられたと思います。イルゼ様の迅速かつ果敢な攻めが功を奏した結果でした」

 フリッツの報告をルイス卿が難しい顔をしながら聞いている。
 勝ったのになんだか機嫌悪いな。あ、大きな手柄をわたしが立てたからかな。

「それは分かった。だが敵の追撃を断念したのには納得がいかんな。我輩の指示も仰がずに」

 ルイス卿が机をコツコツ指で叩きながら聞いてきた。

 ああ、それで怒ってんのかな。でもルイス卿はだいぶ後方にいて砦の攻めには参加していなかったから。

 まあそんな事ははっきり言うわけない。これについてもフリッツが代わりに説明した。

「退却したとはいえ、敵の戦力はまだまだ侮れないものでした。敵地での深追いは反撃や伏兵の危険があります。兵の疲労も相当ありましたし」

 ルイス卿はまだ不満げな顔だったが、一応はそれで納得した。

「……それで、これからの作戦は」
「あと二日はここで休息を取ります」
「二日とは短すぎやしないかね」
「敵が本格的に動き出す前に移動する必要があります。このデッサウ砦を逆に包囲されるような事態になれば冬の到来は避けられません」
「うむ。もしそうなれば北征どころではないと」
「はい。この二日では負傷者の治療が最優先。重症の者は後に本国へ移送します。装備の手入れや部隊の再編成、その他諸々の手配も僕が担当します。ルイス卿には別に頼みたい事が」
「何かね」
「本国への使者を。糧食と援軍の要請という件で」
「現状で不足しているのかね?」
「今すぐというわけではなく、これから必要になるでしょう。この砦の防備にも兵力がいりますし。これは王宮の信頼高いルイス卿が頼まれたほうが良いかと」

 フリッツのおべんちゃらにルイス卿は気を良くしたようだ。
 分かった、その件は任せておいてくれ、と快く了承した。

 会議室から出て、フリッツの口の上手さを褒める。

「人を乗せるのが得意だな、相変わらず」
「ああでも言わないとプライドが高いルイス卿が増援を頼みませんからね。王宮を納得させるのもルイス卿からのほうが良いというのは事実ですし」
「そうだな。わたしは王宮や諸侯からは嫌われているしな。戦の時には利用されるが」
「それにしてもルイゼ様。あのジギスムントを相手にしてよく無事で済みましたね」
「ここを守っていたデカブツの事か。たしかになかなかの強さだったが、有名なのか?」
「知らずに戦っていたのですか? 異民族平定で名を馳せたロストックの猛将ですよ。ここにいたのは想定外でしたが」

 そういや小説でもそんな名前が出てた気がする。
 あんな鬚モジャのむさい男なんて忘れていたけど。
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