異世界の剣聖女子 外伝集

みくもっち

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1《クレイジーガンマン》クレイグ・オルブライト

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「なめやがって、このくそアマが」

 砂塵が舞う中、さっきまで刀を振り回していた少女《剣聖》羽鳴由佳はなりゆかは地面に倒れ、動かない。
 立っているのは俺だ。俺の勝ちだ。だが、斬られた胸の傷は回転式多銃身機関銃ガトリングガンをぶっ放した反動で出血がひどくなっている。
 勝負はかなりきわどかった。最後にあの女、大技を出そうとしていたが無茶苦茶な掃討の跳弾に当たり、倒れた。狙ったわけではない。あの女の技が発動していれば負けていたかもしれない。
 意識があるうちに、あのクソサムライ女の頭を吹っ飛ばす。
 俺はコートの奥から短銃を取り出し、女に近づく。
 銃口を頭に狙い定め、ガチリと撃鉄を起こしたときだった。

 ガツッ、と右手に衝撃。短銃を落とした。俺はそれを拾わずに近くの岩陰に転がりこむ。遠方からの攻撃──なんだ、あの女に仲間がいたのか。右手首が赤く腫れている。石か何かを投げつけられたのか。クソッたれが。
 右手の腫れを願望の力で癒しながら、コートの奥からライフルを取り出し、構える。
 どこだ。身を隠せる岩場はいくらでもある。だが、俺の狙撃から逃れながら移動はできない。石を投げてきたということは、遠距離の攻撃がそれぐらいしかないということだ。戦うにしろ、逃げるにしろ、相手は動くしかない。

「出てきやがれ……ブッ殺してやる」

 引き金にペチペチ指を当てながら待つ。いや、待てよ。相手は俺の怪我のことを知っていて、持久戦に持ち込もうとしているのではないか。たしかにこの出血……戦いながらでは長くは持たない。

「それなら、こっちにも考えがあるぜ」

 ライフルの照準をあの女に向け、引き金を引く。女の傍らの石がビシッ、と弾かれた。
 一発目は脅しだ。出てこなければ次は撃ち抜く。
 案の定──岩場から影が飛び出した。パンッ、と乾いた音。命中だ。影の人物が転がり倒れる。

「バカ正直に飛び出しやがって。どんな野郎だ」

 用心しながら近付く。俺の頭の中にダダダダ、と名が打ち込まれた。《解放の騎士》天塚志求磨あまつかしぐま。なんだコイツの格好は。中学生ぐらいの少年で、休日の街にいそうな普段着。この転生世界では逆に目立つ。

「ふざけた格好しやがって。嫌なこと思い出させやがる」

 元の世界──家、親、学校、教師、教室、クラスメイト。すべてクソだ。もしこの姿で戻れるなら、皆殺してやりたい。
 この世界に来て、願望通りの容姿と力を手に入れた。欲しいものは奪い、気に入らない奴は殺す。最高の世界だ。イイ気分に浸っているのを邪魔するヤツは殺す。コイツも、さっきの女も。

「コイツで元の形が分からねえように何発もぶち込んでやる」

 ライフルを捨て、コートの背中からズッ、とショットガンを取り出す。
 これが俺の能力。あらゆる銃器をコートから引っ張り出せる。
 至近距離でこのふざけた格好のクソガキに喰らわせてやる。

「くらいな」

 バンッ、と散弾が発射され、志求磨は蜂の巣に──ならなかった。寝たままの姿勢で跳躍、そこから回転しながらの蹴り。俺はショットガンの銃身で防いだが、キズの痛みで呻きながら後ずさる。

「なんなんだ、テメェは。なんで俺のライフルで撃たれて動ける」

「俺ってさ、願望の力が通じにくいんだ。ほら」

 志求磨の手の中にはライフルの弾丸。それは白銀の光とともに砂のようにサラサラと消えていった。

「《クレイジーガンマン》クレイグ・オルブライト。消失ロスト対象者だ。覚悟するんだな」

 なんだ、消失ロスト? 何言ってやがる。ち、目がかすんできやがった。
 ショットガンを放つ。次こそは間違いなく命中した。いや、なんだ、このガキの身体が白銀色に輝いている。
 
「っのガキが! 寄るんじゃねぇよ!」

 もう一発放つ。散弾は白銀色の光に触れるとたちまち霧散してしまう。

「ぐあっ……!」

 腹に衝撃。志求磨の拳が俺の腹にめり込んでいた。いつの間にこれほど接近されていたのか。
 俺の身体からしゅうしゅうと白い煙が立ち昇る。
 なんだ、何をされた? 急速に願望の力が弱まっていく。

「どう……なってやがる。俺の身体に何しやがった」

消失ロストって言ったろ。願望の力を完全に失い、元の世界に戻るんだ」

「……ふざけんな! 誰が戻るかよ、あんな世界」

 だが、身体が次第に縮んでいく。身に付けていた黒いコート、ブーツ、レザーハット、全てが消えていく。

「冗談じゃねえぞ、冗談じゃ……」

 煙が完全に収まり、そこに残されたのは──目の前の志求磨と同じぐらいの歳。ブレザーの学生服を着た少年の姿だ。

「なんで俺が──なんでっ! 俺は戻らねぇぞ、絶対」

 志求磨につかみかかる。志求磨は悲しそうな目で俺を見ていた。やめろ、そんな目で見るな。俺を。
 ブンッ、と身体が浮遊感におそわれる。景色が暗転。前後左右も分からない闇からまばゆい光の中へ──。



 聞き慣れた、大嫌いなチャイムの音が鳴った。
 俺以外の人間にとっては楽しみな昼の休憩時間なんだろう。クソ教師が教室から出た後、クスクス笑い声が聞こえる。
 クラス全員が期待している。これから俺が何をされるか。いつものことだ。いつものクソな日常が戻ってきただけだ。
 三人の男子生徒がニヤつきながら近付いてくる。もう慣れた。慣れたが、これだけは言える。転生世界では何度も魔物や願望者デザイア相手に死にかけた。だが──この現実世界ほどクソだと思ったことはない。
 



 
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