異世界の剣聖女子 外伝集

みくもっち

文字の大きさ
2 / 6

2 《サディスティックディーヴァ》セプティミア・ヨーク

しおりを挟む
「退屈だわ、サイラス」

 メイドにマニュキアを塗らせながら話しかける。わたしの理想──完璧な容姿を持つ執事サイラスは、古城の頂上にあるわたしの部屋の窓から外を眺めていた。

「はい、セプティミアさま」

 長身で端正な顔立ちのその男はこちらも見ずに淡々と答える。感情が欠如したような、その態度。もし他の者がわたしにそんなマネをすればただではすまない。この男だけは特別だ。

「外に何か見えるの?」

「……魔物たちが騒いでいます。森に侵入者がいるのかもしれません」

「ふーん」

 わたしの居城を囲む幻魔の森は下級魔物が多く生息している。わたしやサイラスを恐れて城には近づかないが、森に入る者には容赦なく襲いかかる。

 時折、願望者デザイアが森に迷いこむことがある。たいていは腕試し目的なのだが、わたし自身に用があって訪れた者もいる。
《解放の騎士》天塚志求磨あまつかしぐま。あいつは一ヶ月ほど前に現れ、わたしたちに戦いを挑んだ。結果的にはわたしたちが勝ったのだけれど……おかしな能力の使い手だった。こちらの願望の力が通じにくい。今までそんなヤツはいなかった。

「放っておいてもいいんだけど……そうね、退屈しのぎにはなるかも。サイラス、様子を見に行くわよ」

「はい、セプティミアさま」

 願望者デザイアに、いや、この世界自体に何か変化が起きている前兆かもしれない。自分とサイラス以外に興味がなかったのに……。

 そう思いながら城から出て、森の中へ入る。たちまち森の魔物たちがザザザザ、と木をつたって逃げていくのが見えた。
 一時期、それこそ退屈しのぎにサイラスに魔物を捕らえさせ、拷問したうえに殺すという遊びに興じていたときがあった。
 願望者デザイアの中でもわたしぐらいだろう。一目見て魔物が怯えて逃げ出すのは。
 
 サイラスを先頭にさらに森の中を進む。途中で魔物の死骸を多く見かけるようになった。まだ新しい。
 首を飛ばされたものや、胴が両断されたもの……どうやら刃物を使う願望者デザイアが暴れているらしい。

「いました、セプティミアさま」

 サイラスが指差す先──猿に似た魔物の死骸が無数に散らばる中にその少女はいた。
 頭の中にダダダダ、と文字が打ち込まれる。《剣聖》羽鳴由佳はなりゆか
 足元の死骸を蹴飛ばしながら刀を鞘に納めている。紺の着物を着ているが、中は制服のようだ。ストレートの黒髪に切れ長の碧眼。わたしを見ると、一言叫んだ。

「こどもだ!」

 たしかに見た目は十二才ぐらいのゴスロリ少女。しかし願望者デザイアなら見た目の年齢なんて関係ないし、この姿を見てピンとこないのか。有名なボーカロイドがモチーフになっている。

「あんた、ここはわたしの土地よ。願望者デザイアだからって好き勝手されると困るんだけど」

 サイラスとともに近付く。由佳とかいうサムライ女はまったく警戒していない。その様子にわたしは呆れた。
 まあいい、隙をついて一撃で仕留めてやる。いや、痛めつけて木に縛りつけ、魔物になぶり殺されるのを見るのもいい。

「……わたしの土地って、こんな魔物だらけの薄気味悪い所が? わたしだったらタダでもいらない」

──ほざいてろ。わたしはマイクスタンドを取り出し、高音のシャウト。ビリビリと音の衝撃が周囲に伝わる。
 ドサドサッ、と木から魔物たちが落ちてきた。由佳は耳をふさぎ、しゃがみ込んでいる。今だ。
 サイラスが突進。槍の先に斧が付いたような武器、ハルバートを振り下ろす。
 由佳はゴロッと転がってかわした。無様な避け方だが素早い。耳をふさいだまま立ち上がり、喚いた。
 
「いきなり攻撃するなんて……こどものくせに! しかも二人がかり! 卑怯!」

「なにヌルいこと言ってんのよ。わたしたち願望者デザイアは戦い合うのが本来の姿。本能を剥き出しにしてかかってきなさいよ」

 願望の力を集中。森の四方から、重低音の効いたロック調のBGMが響き出す。気分がいい──疾走するメロディーに乗せてわたしは歌いだす。

 わたしの歌で力が増強されたサイラス。ハルバートを一振りしただけで森の木が5、6本なぎ倒された。由佳は跳躍してかわしている。
 
「逃がさないで、サイラス」

 サイラスも跳んだ。高さは由佳に及ばないが、あのリーチの武器なら十分に届く。下から突き上げ、あの女を串刺しにすればいい。
 ところが由佳は木の一本を足場にして蹴り、こちらに突っ込んできた。ハルバートをすり抜けるようにかわし、サイラスに抜刀の一撃を加えた。
 
「サイラスッ!」

 地面に叩きつけられるサイラス。わたしはすぐに曲を変更。ノリのいい軽快なポップスを歌いだすと由佳が苦しみだした。

「な……に、これ。身体が重いし、苦し……この、女ジャ○アン……」

 複数の状態異常付与。この歌の効果だ。やがて声も出せなくなった由佳はフラフラ木にぶつかりながら逃げていく。

「逃がすわけないでしょう」

 サイラスはしばらく動けそうにない。わたしは単独で追おうとしたとき、木の上から一人の少年が飛び降りてきた。こいつは──。

「天塚……志求磨……!」

 一ヶ月前にわたしたちが手こずりながらも撃退した相手。なんで今、こんな所に。

退きなよ、セプティミア。それ以上追うなら次は俺が相手する」

「何、あんた? あいつを助けようっての? なんの為に」

「質問は受け付けないよ、消失ロスト対象者。俺も今回は見逃すからさ。さあ、帰んなよ」

 志求磨の身体が少しずつ白銀の光に覆われていく。腹立たしいが、ここは退いたほうがよさそうだ。

「ふん、わかったわよ。サイラスも心配だし。でもね、あの女に会ったら伝えといて。次戦うときは絶対に逃がさないって」

 わたしの言葉には答えず、志求磨は少し笑みを浮かべると木に飛び移り、あの女が去って行った方に消えていった。

 わたしはまだ動かないサイラスのもとへ向かい、願望の力でをはじめた。
 羽鳴由佳、天塚志求磨……面白いじゃない。わたしが他の願望者デザイアの名前を覚えるなんて。
 サイラスがぎこちなく動きはじめる。わたしはその身体に抱きつきながらフフフと笑った。

「また来るといいわね、あの二人。痛めつけがいがありそうだわ」





※ この話は本編より三ヶ月ほど前の出来事で、由佳とセプティミアが初めて出会った話になります。
 
 

 
 
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います

こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!=== ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。 でも別に最強なんて目指さない。 それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。 フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。 これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。

処理中です...