異世界の剣聖女子 外伝集

みくもっち

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6 《アサシン》アルマ・イルハム

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 あたしのお母さんが病気で死んだとき、お父さんは泣かなかった。

 あたしはすごく泣いたのに。キレイで、長い髪で、いつもいい匂いで、優しくて……。
 大好きなお母さん……お父さんは好きじゃなかったのかな?
 
  でも、しばらくしたら新しいお母さんが家に来た。
 お父さんは新しいお母さんが来て嬉しいみたい。
 お父さんが嬉しそうなのはいいけど、前のお母さんの事をもう忘れちゃったのかな。
 そう思うと、また悲しくなる……。

 新しいお母さんは、若くて、料理も上手で、かわいくて、とても優しかった──お父さんの前では。

 新しいお母さんは、お父さんの見てない所であたしを怒鳴ったり、叩いたりした。
 何をそんなに怒っているのだろう。あたしは家のお手伝いとか、頑張ったのに。
 仲良くなろうと思ったのに。

 あたしは思いきって聞いてみた。どうしてあたしをぶつの? と。

 新しいお母さんは、テレビのリモコンを投げつけながら言った。
 あたしの声がキライだって。とにかく喋るなって、言われた。

 あたしは喋らなくなった。
 お父さんが話しかけてきても話さなかった。
 喋ったら、またぶたれるから。

 お父さんも話しかけなくなった。

 しばらくすると、新しいお母さんはお父さんがいる前でもあたしを怒鳴ったり、叩くようになった。喋ってないのに。

 お父さんは何も言わない。さみしそうな目であたしを見ていただけだ。
 なんだかかわいそうだと思った。

 ふたりは外でご飯を食べることが多くなった。
 あたしにはご飯がない。
 お腹が空いて冷蔵庫のハムとかウインナーをそのまま食べた。



 小学校にはちゃんと行ってたけど、すぐにいじめがはじまった。
 なんでだろう?
 服が汚れてるとか、クサイとか言われる。
 なんで? あたし、ちゃんとお風呂入ってるし、洗濯もしてる。
 洗濯機は使うと怒られるから、夜中にお風呂場で手で洗ってるから、ちゃんと洗えてないかもしれないけど。

 ノートも買えないから、前のお母さんに買ってもらった落書き帳を使ってる。
 えんぴつも捨てられていた、すごく短いやつ。

 給食費というのを払ってないって、先生がみんなの前で言ったからかな。
 あと、学校に持ってこないといけないものを、全然出してないって。
 ダメなおウチ、と言われた。

 帰るときに靴がなかった。
 探しまわって、飼育小屋近くのドブの中から見つけた。
 暗くなりかけてたけど、小屋のウサギをなでなでしてから帰った。



 あたしには宝物がある。
 前のお母さんが誕生日に買ってくれたキレイな絵本。

 毎日、読んでいる。
 砂漠で活躍する女盗賊の話。
 盗賊だけど、貧しい人や弱い人を助ける、カッコいい女性。あたしも、こういう人になりたい。

 帰ってから読めば、イヤなことがあっても大丈夫。
 お母さんの事を思い出すから。あの優しい声を。

 その日、いつものように机の引き出しの奥から絵本を出そうとして──ない。

 どこかにしまい忘れたかな? ちがう引き出しや、本棚を調べたけど……見当たらない。

 部屋中探したけど、見つからなかった。
 イヤだけど、リビングにいる新しいお母さんに聞くしかない。お父さんはまだ帰ってきてない。

 あたしがリビングに入ると、新しいお母さんはすごくイヤな顔をした。なんの用って。

 絵本を──喋ろうとして、声が出ない。口がパクパク開くだけだ。
 何よ、はっきり言いなさいよ、と怒鳴られた。

 身体がビクッと震えて、やっと本、とだけ言えた。
 新しいお母さんは、ああ、あれね、と笑って──捨てた、と言った。

 死んだ女が残したモノ、気持ち悪い、とも言った。

 あたしは自分でもビックリしたけど……新しいお母さんに掴みかかっていた。

 だけど、このガキっ、て何度もぶたれて、髪を掴まれて引きずられた。
 ベランダに乱暴に放り出されて、柵に頭をぶつけた。

 鍵をされて、カーテンも閉められた。 
 寒い。いまは冬──雪が降り始めていた。
 あたしは肌着のままだ。ガチガチ震えながらうずくまる。

 お母さん、本当のお母さん……会いたい。どうしてあたしを置いていったの? このまま死んだら、お母さんに会えるかな……。
 もう、こんな世界はイヤだ。お母さんのところに行きたい……。
 
 強く願った。身体が急に軽くなった気がした。え、えっ、えっ?

 周りの景色が真っ暗に。そこから──落ちていった。




 目が覚めたとき、辺りは見渡す限り砂の海。まるであの絵本に出てくる砂漠みたいだった。

 あれ、あたしの身体、なんかヘン……なんか手足が長くなってる。

「まさか視察中に、こちらに飛ばされたばかりの願望者デザイアに会うとはね」

 女の人の声。
 見上げると、砂丘の上にラクダに乗った人。フードを脱いで顔を見せた。

 頭の中に、ダダダダ、と文字が打ち込まれた。
《神算司書》ミリアム・エーベンハルト。
 前髪が斜めにカットされたセミロングの髪形。真面目そうな黒縁メガネ。

「あなたは……《アサシン》アルマ・イルハムね。ようこそ、異世界シエラ=イデアルへ」

 あたしは喋ろうとしたけど、やっぱり声が出ない。あぁ、とかうぅ、とかだけだ。

「ショックで話せないのかしら?  まあ、ゆっくり慣れるといいわ。アルマ、わたくしについてきなさい」

  夢だろうか──いや、夢でもいい。あの世界から少しでも逃げることが出来れば。

 あたしは、手の中にある砂をぎゅうっ、と強く握った。
 



  
 
 
 
 
 
 
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