葵の戦神八姫~アンカルネ・イストワール~

みくもっち

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第1章 留学生

6 雛形結

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 さっきの黒いバケモノ。左手に瑞希みずきの胴をわしづかみにしている。
 瑞希はそんな状況でバケモノを叩いたり、ガシガシと蹴りを入れている。

 さすがは瑞希、と感心している場合ではない。
 黒い塊の上部にあるふたつの赤い点がグリグリと移動。
 モモモ、と盛り上がって頭部を形成し、さっきと同じような大口が開いた。

「瑞希っ!」

 無我夢中でバケモノに体当たり。だが逆にこっちがふっとばされてしまった。
 しかしバケモノの注意はあおいのほうへと向いた。
  
 もう片方の手を伸ばしてくる。葵は立ち上がってかわそうとしたが、右足をつかまれそうになる。

「葵サンッ!」
 
 シノの叫びとともに飛んできたのは炎の塊。
 バケモノの肩と足に命中し、ふらついたバケモノは壁に激突。
 
 その隙に瑞希は拘束から脱出。葵のもとに駆け寄る。

「葵、大丈夫? なんなのあのバケモノは」

「俺よりも瑞希はケガしてないのか? いや、マズイ。こんどはシノが」

 バケモノはシノのほうに向かって歩きだしている。さっきのダメージはほとんどないようだ。

「マホウ……? コノセカイ、マドウシイナイハズ」

 しゃべった。バケモノが。聞き取りにくいが、たしかにしゃべった。人間の言葉で。

「くっ……! やっぱりわたしの魔法じゃ通用しナイ。葵サン、はやくその本の力を解放するのデス。このままじゃ、みんな殺されてしマウ」

 後ずさりながら、シノは両手を前に突き出す。
 ボオオッ、とバスケットボールぐらいの火球が両手の前に現れ、バケモノに向かって飛んでいく。

 ゴウンッ、とバケモノの正面にぶつかり、爆煙と焦げた臭い。
 だが多少のけぞった程度でバケモノはすぐにシノへと接近。そのいびつな形の黒い手を振り上げた。

「!……オマエハ──!?」

 シノを目の前にしてバケモノの動きが止まった。原因はわからないがいまのうちに。
 葵は集中しながら本の表紙に手をかざす。ボウッ、と表紙の魔法陣が光を放つ。

 無意識のうちに声に出していた。

「アンカルネ・イストワール発動」

 魔法陣の光が回転しながら上昇する。
 光の中にはひとりの少女。
 長い黒髪、巫女姿。つかに鈴を付けた太刀を胸に抱き、目を閉じたまま出現──。

 葵と瑞希があっけに取られている中、少女はふわりと着地。葵のほうを向いて太刀を横に置き、美しい動作で正座。スッ、と手をついて頭を低く下げる。

雛形結ひながたゆい、主の召喚に応じて参上つかまつりました。なんなりと下知をお与え下さい」 

「なに、なんなのこの子? 本の中から飛び出してきた……!?」

 瑞希が葵の服をひっぱりながら聞いてくる。  
 一番驚いているのは葵自身だった。この同い年ぐらいの少女。はじめて会うが、よく知っている人物。

 葵が本に書いた小説【葵の戦神八姫】。その登場人物のひとり。葵がイメージしたとおりの姿だ。
 雛形結。神楽を舞い、神託を人々に伝える巫女とは違う。
 神の命を受け、人に害をなす妖や怪異を斬る鬼斬りの巫女。禍津払極神明流まがつはらいきょくしんめいりゅうの使い手だ。

「こんなことが……これがこの本の力なのか」
 
「葵様、下知をたまわりとうございます」

「下知……命令ってことか。あっ、シノを助けてくれ! あのバケモノを倒すんだ!」

御意ぎょい

 雛形結は太刀を持ちながら立ち上がり、ズラア、と鞘から抜いた。

 神刀──鬼屠破斬魔ノ華叉丸おにほふりはざまのかしゃまる
 刃長二尺七寸の業物わざもの。長さも重さも普通ならこんな女の子に扱えるものではないと思うだろう。

「待って! そんな刀あったって、あんなバケモノにかなうはずないじゃない」

 瑞希が止めようとするが、結はクスリと笑って鞘を渡す。

「お優しいのですね。ご心配なく。これを預かっててください。すぐに終わらせますので」

 結は一直線にバケモノのもとへ走る。幸い、まだバケモノの動きは止まっている。

「葵、どうしよう。このままじゃあの子まで……」

 心配する瑞希に葵は大丈夫、と声をかける。

 あの雛形結が本当に小説の中の強さと同じなら、あのバケモノに対抗できる。ダメージを与え、倒せないまでも全員が逃げられるくらいは善戦できる。

 異様な気配に気づいたのか、バケモノが振り返る。
 結と目が合い、吼えながらつかみかかろうと黒い巨体が動いた。

 結の下からの斬り上げ。鈴のが鳴り、白妙しろたえのような美しい斬閃が描かれる。
 ボタボタッと床に落ちたのは──バケモノの両腕だった。

「キラレ……タッ? ニンゲンニッ!?」 

「なんという禍々まがまがしい魂か。そのけがれ、清めて差し上げます」

 太刀を軽々振り上げる。柄に付いた鈴がシャアァン、と大きく鳴る。正面からの唐竹割り。

 バケモノは真っ二つに裂け、絶叫とともに黒い煙となって消滅した。
 
「ウソだろ、一瞬で……」

 葵はポカンと口を開けていた。隣の瑞希も信じられない、とつぶやいている。

 結はシノとともにこちらへ戻ってきた。そして瑞希に預けていた鞘を受け取り、納刀する。

「葵様、おケガはありませんか? 気分が優れぬとか、お身体の異常はありませんか!?」

 葵に近づくなり、ベタベタと身体を触りだす結。いや、俺は大丈夫だよと葵が言うのも聞かず、どこから出してきたのかその場に蒲団ふとんを敷いた。

「ささ、念のため、ここに横になって休みましょう。もちろんわたくしが隣で温めてあげますゆえ……」

 いそいそと蒲団の中に入る結に、瑞希がおい待て、とツッコむ。

「あんた、この状況でなに考えてるの!? まずは周りにいる負傷者を助けることが先決でしょ!」
 
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