葵の戦神八姫~アンカルネ・イストワール~

みくもっち

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第2章 壊れていく世界

2 創造力

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 学校で生き残っているのは、あおい、シノ、瑞希みずき。そして文芸部部長の立山たてやま。この4人だけだった。

 夕方を過ぎ、辺りはどんどん暗くなっていく。停電しているのか、体育館の電気は点かない。

 瑞希とシノが緊急用の懐中電灯やロウソクも運んできていた。とりあえずこれで真っ暗闇の中で過ごすことは避けられた。

「でも、ずっとこのままってわけにはいかない。街にだって生き残りがいるかもしれないし」

 葵は瑞希に話しかけたが、瑞希はうん、と小さくうなずいただけだった。
 生徒たちが目の前で死んだこと、街どころか国、世界中にこの異変が広がっているかもしれないという事実に、ショックを受けているようだった。

 シノだけはそのとおりデス、と力強く返事をした。

「葵サンが【アンカルネ・イストワール】を使いこなせるようになれば、十分に魔族グリデモウスの軍団に対抗できマス。最終的にヤツらがマスターあがめる存在を倒すことができれば、この世界を救うことができるでショウ」

 シノの言葉に、いままで黙っていた立山がふらりと立ち上がった。

「魔族のマスター……魔王みたいなものか。魔法といい、バケモノといい、まるでweb小説の世界だな。僕らはチート能力のひとつも持ち合わせちゃいないが……その、佐賀野さがの君の本だけは別だ。書いた小説の人物を具現化することができるんだろう? だったら、書籍化作家である僕がそれを持つべきじゃないのかな?」

 立山がそう言いながら葵に近づく。
 葵は本を持つ手に力を入れながらも、それもそうだなと考えた。

 web小説サイト【小説家は餓狼がろう】でも【ウドゥンアップ】でもまったく人気がない。
 なぜ自分がこの本の持ち主になったのか。なぜシノは自分を選んだのか。

 どうせなら立山のような書籍化作家、いや、もっと有名なプロの作家に書いてもらったほうがいいはずだ。

 葵の目はシノに向けられた。
 シノは以前言ったように運命だからデス、と答えた。

「その【アンカルネ・イストワール】を発現させるのに重要なのは創造力。独創性、オリジナルを生み出す感性なのデス。葵サンにはそれがアル。わたしはその強い創造力に惹かれて葵サンを見つけることがでキタ。人間の創造力こそが魔族に対抗できる武器なのデス」

「なっ……! それじゃ、まるで僕に創造力がないような言い方じゃないか! 僕は【小説家は餓狼】のランキング上位に何度も載ったことがあるんだぞっ!」

「たしかにあなたは流行をうまく取り入れてるし、分析も得意。話の流れも読者が好むような展開。投稿頻度も公開時間も最もベストな状態を研究してイル。まるで機械のように精密デス。たしかに人気は出るでショウ。読者の目にもとまりやすいでショウ。でもそれは……いままでの人気作品を模倣したもの、どこかで見たような内容なのデス。オリジナリティには欠けていマス」

「そんな……この僕の【Sランク冒険者パーティーから追放された外れスキルの持ち主が辺境でスローライフを送っているうちに隠しダンジョン見つけて無限レベルアップして無双最強、いつの間にかハーレム作っちゃいました】を否定するっていうのか? 分析や研究はランキングに載るのは必須だというのに……」

「否定ではありまセン。あなたではこの本を使えないというだけのことデス。あきらめてくだサイ」
    
「僕のほうが絶対おもしろいのに……僕の小説のキャラクターのほうが絶対強いはずだ。僕は書籍化作家なんだぞ。それなのに……」

 立山はブツブツ言いながら体育館の隅に行ってうずくまってしまった。

 葵はもうひとつの疑問をシノにぶつけてみる。

「その、シノのいた世界はあの魔物たちに滅ぼされてしまったんだろ? その前にその本でヤツらを倒せなかったのか?」

「わたしのいた世界【オーグルリオン】では娯楽のための書物は人を堕落させると禁じられていたのデス。あるのは学問書や実用書ばかり。わたしの魔導士だった祖父はいろんな物語をわたしに聞かせてくれましタガ……オリジナルの物語を書ける人なんていませんでシタ」

 シノは悲しそうな目で葵の持っている本を見つめる。

 シノの祖父……この本の元々の持ち主。魔導士だというのなら、この本を作ったのもその祖父なのだろうか。

「オーグルリオンでは長く平和な時代が続いていたので、魔法の力は衰退していまシタ。それどころか魔導士そのものが迫害の対象になっていたのデス。魔族に対抗できるのは魔法か魔導具だけだというのに……あ、先程見たとおり、わたしが扱える初歩の魔法ではヤツらを倒せまセン。葵サン、あなただけがこの世界の希望なのデス」

「そんないきなりスケールがでかすぎるだろ。世界の救世主みたいなこと言われても……。とにかく、明日になったらもう一度この本から戦姫を喚び出すよ。可能なら街を探索して、生き残りを探してみる」


 📖 📖 📖


 葵たちの学校を見下ろせるビルの屋上にふたつの影があった。
 ひとりは長身で白い肌。知性的で端正な顔。中世ファンタジーに出てくる貴族のような格好をしている青年。だが人間ではない。額から伸びるヤギのような2本の角がそれを物語っていた。

 もうひとりは柵の上に腰かけ、足をプラプラさせている。
 こちらは学者ふうのローブに羽根付き帽子、メガネ。やはり人間ではなく、ネコのようなヒゲ、シッポを持つ10歳ぐらいの少年だった。

「テネスリード、まだ見ているのか。お前の担当する地域は南アメリカ方面だろう」

 ヤギ角青年がネコ少年に話しかける。
 テネスリードと呼ばれた少年はだって~、と頬をふくらませた。

「退屈なんだもん、フォゼラム。この世界の人間って無力も無力、僕らにキズひとつ入れられないじゃん。魔法も使えないっていうし、もうザコザコ。だから仲間の反応がひとつ消えたってのが気になってさあ」

 フォゼラムと呼ばれた青年はたしなめるように言った。

「とはいえ勝手なマネは許されんぞ、テネスリード。監視対象ではあるが、あの建物にいる人間に対してはこの地域にいるB級、C級魔族だけで対応しろとの命令だ。命令無視はいくら寵愛を受けているキサマでも処分されるぞ」

「わかってるよ~。でもわかんないな~。あんなチャチな結界、僕なら一発でブチ破れるのに。僕らの使命って、この世界の人間を皆殺しにするんじゃないの?」

「オーグルリオンのように根絶やしにすれば、我らの糧である創造力が得られなくなるだろう。ある程度の人間は生かしておくつもりなのだ。あの方の真意は誰にも分からぬがな」

「だね~。まあいっか。とりあえず命令があるまでは担当地域で人間どもを殺しまくっておくか。いくらでもいるもんね、この世界の人間」

 テネスリードは大きく伸びをしたあと、ビルから飛び降りて姿を消した。

 ひとり残ったフォゼラムは再び学校のほうへ目を向ける。

「魔法も使えぬ脆弱な人間が魔族を倒す。たとえ1体とはいえ、たしかに気になるがな……この先、生き残ることができたならいつかまみえることもできよう」
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