葵の戦神八姫~アンカルネ・イストワール~

みくもっち

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第2章 壊れていく世界

13 S級魔族

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「もらったぁっ!」

 みさきのデッドエンドチェーンソーがマルグリットに届き、すれ違うようにして着地。
 みさきはさらに一撃を加えんと振り返るが、ドシャアッ、と斜めに斬られた上半身がずり落ちたのはみさきのほうだった。
 
「な……にィッ!」

 マルグリットの槍の形状が変化している。
 穂先が十字なのは変わらないが、刃の部分が炎が波打つような形。
 
「十字聖槍マルグリット、開放レベル2【フランベルジュ】。お前の邪悪な攻撃は通用しない」

「クソッ、こんなのボクの再生力で──」

「ムダだ、神の炎の前にいかなる闇の力も無意味」

 みさきの上半身と下半身の傷口がゴウッ、と燃えだした。
 
 ギャアアア、と炎に包まれながら転げまわるみさき。
 シノがあっ、と驚いている間に、残ったのは真っ黒に焼け焦げてかろうじて人の形だとわかる炭の塊だった。

「まずいですよ、あおいサン! とうとう殺してしまいまシタ」

 だが葵のほうは慌てていない。大丈夫、と飛び出そうとするシノを止めた。

「でも、あんなになったらいくら不死の戦姫せんきデモ。……あっ」

 シノが指をさす。
 真っ黒な炭の塊が動き、マルグリットに向けてしゃべりだしたのだ。

「クソガキ……力を使い過ぎてなけりゃ、ボクが負けることなんてなかったのに。手足バラバラにして内臓ブチまけて、脊髄ごと頭ひっこ抜いてやったのに。今回は勝ちを譲ってやるけど、次は……必ずそうしてやるから。覚えといてよ、お姫様」
 
 マルグリットは無言で槍の石突きで地面を叩く。
 バンッ、と炭の塊は砕け散り、今度こそみさきは完全に沈黙した。
 ふう、とマルグリットは息を吐きながら悲しげにつぶやく。

「またお前の魂を救うには至らなかったようだ……まだまだ未熟。次に会うときには我が信仰の力で必ず……」


 📖 📖 📖

 
「どーいうつもりだ? 魔結界まで出しておいてあとは見てるだけなんてよ。A級魔族までやられてんだぜ。いくらマスターの命令だからってよ……おい、聞いてんのか、フォゼラム」

 いつもの学校を見下ろせるビルの上。
 ヤギ角の青年フォゼラムへ詰め寄るのは4本の腕を持つ筋骨たくましい巨漢。

「聞いているとも、シャバ。無論わたしとてこのままで済ますつもりはない。根絶やしにはしないとはいえ、これ以上人間どもを調子づかせるわけにはいかんからな」

「おほっ! だったら俺様が一発ブチかまして──」 

「早まるな、シャバ。行くのはわたしだけだ。しかも幽体の姿でな。これも主の命令だ」

「っっんだよ、そりゃあ! 幽体てマジかよ……つまんねーーっ!」

「幽体とはいえS級魔族の力を思い知らせるのには十分だろう。シャバ、お前もそろそろ本来の持ち場へ戻れ」

「……ヘイヘイ。マスターの命令じゃ仕方ねーよな。でもよ、こんなチンタラしてんのも結局遊んでんじゃねーのかー? マスター自身よォ」

「あの方の考えは我らなどには想像もつかぬところにある。下手な詮索はよせ」

 わかってんよ、とシャバは落胆したようにため息をついたあと跳躍。姿を消した。
 視界の端でシャバが完全にいないことを確認してからフォゼラムはつぶやいた。

「仕掛けるのは今夜……それまではゆっくり休んでおくがいい、佐賀野葵さがのあおい。選ばれし創作者よ」


 📖 📖 📖


 暗くなり、それぞれの教室では探索で得たランタンの灯りをつける。
 夜では各教室男女ごとに分かれて過ごしている。

 女性陣のほうは瑞希がうまくまとめているようで、不安や不満の声はいまのところ出ていない。
 葵と文芸部部長、立山がいる男性陣教室のほうでは重苦しい雰囲気に包まれていた。 
 普段は仕切り屋の立山が饒舌なのだが、シノとの言い争い以降、ほとんど黙りこくっている。葵と目も合わせようとしなかった。

 葵はもともと人見知りする性質だし、魔導書【アンカルネ・イストワール】のせいで気味悪がられているのも知っている。生存者たちとは積極的に話そうとはしなかった。

 立山が懐中電灯を手に立ち上がり、無言で教室から出ていこうとしている。
 
「立山さん、どこへ」

「トイレだよ……」

 葵の問いにボソッと機嫌悪そうに答えた立山。教室の中に再び沈黙が訪れる。

 夜の学校とは不気味なものだ。
 本来なら誰かについてきてもらいたいのだが、そんなこと言えるわけがないとビクビクしながら立山は廊下を歩く。

 トイレは突き当たりの左側。早足で急いでいたが、立山は急停止する。

 懐中電灯が照らす先──誰かいる。
 生存者ではない。見たことがない人物。いや、その貴族ふうの格好に頭部の山羊角。人間ばなれした美しい顔立ちに雰囲気。
 懐中電灯を落としたが、その人物のまわりはぼわんと光って姿は見えたままだ。

 立山は失禁しながらへたりこむ。恐怖のあまり声も出ない。
 山羊角の青年、フォゼラムは憐れむように見下ろしながら言った。

「キミは……佐賀野葵ではないな。創作者特有の創造力を感じたのでもしやと思ったのだが。魔導書を発動させるほどのものではない」

 フォゼラムが手をかざすと、立山の額からキラキラとした淡い光が出てきて宙を漂う。
 あ、ああ、あ、と立山は涙を流しながら白目をむく。

 淡い光はそのままフォゼラムの手の平に吸収されていくがグッと拳を握り、それを中断した。

「この創造力に混じった様々な感情……フム、これは別の利用方法がありそうだ。おもしろいな、人間というのは──」

 ゴアッ、と廊下の先を火球が飛ぶ。
 フォゼラムにまともに命中。ひいっ、と正気に戻った立山が四つん這いの姿勢で逃げていく。

 パチパチと火の粉を払いながらフォゼラムは微笑む。

「……来たな」

 懐中電灯を手に走ってくるのは葵とシノ。
 葵は走りながら魔導書に精神を集中。

「アンカルネ・イストワール、発動」
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