葵の戦神八姫~アンカルネ・イストワール~

みくもっち

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外伝

7 桐生カエデの怪奇譚

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 ド派手なピンクのツインテールとネクタイをなびかせバイクで疾走する少女。
 ミリタリーシャツ、ミニスカート。背にはギターケース。

 名を桐生きりゅうカエデ。高校1年生にして高名な退魔師。
 今回の依頼は解体、撤去の決まった廃遊園地内の怪異を調査し、鎮めること。

 数ヶ月前から解体工事が始まったのだが、作業がはじまったとたん、事故や作業員の体調不良が続出。
 業者を変えたり近くの神社からお祓いに来てもらったが、まったく効果がなかったという。

 依頼を持ってきたとある会社の役員に対し、桐生カエデは一本指をぴしっと立てた。

「んじゃ、まず前金で一千万」


 📖 📖 📖


「一千万は安すぎたね。三千万ぐらいにしときゃよかった」

 廃遊園地内に入って早々、まだ日も暮れてないのに怪異のオンパレード。
 今もバイクのうしろに大口開けた無数の悪霊が追いすがっている。

「はいはい、これ喰らっといて!」

 振り向きざま、ガスガンのグロック18Cをパパパパッ、と撃つ。
 実体のあやふやな悪霊群だったが、退魔処理の施された弾の効果によってボボボボッ、と消滅していく。
 
「まあ、こんなんで終わると思ってないけど」

 今度は正面。行く手をふさぐように黒い影が柱のように何本も突き出る。
 弾切れの銃を胸元へしまい、カエデはそのままバイクで突っ込む。

 黒い影のいる直前でブレーキターン。
 このバイク自体にも退魔処理のチューンアップ済み。
 ギュアアッ、と後輪が巻き起こした衝撃波で黒い影はまとめてなぎ倒され、うめき声をあげながら消えていった。

「さて、このへんでやってみるか」

 ドッドッドッ、とエンジンはかけたままでカエデはバイクから降りる。

 背負っていたギターケースを下ろし、その中から五鈷杵ごこしょや霊符を取り出す。

 廃遊園地の中心。ここで祓いの儀式を行う。
 バイクでむやみに走り回っていたわけではない。
 タイヤ痕で敷地内に広大な結界を描いていた。あとは発動させるのみ。これで怪異を引き起こす悪霊の類いは一掃されるはずだ。

「ノウボウ アキャシキャラバヤ オン アリキャ マリボリ ソワカ」

 カエデは自身の周りに霊符をバラまき、五鈷杵を振りながら真言を唱える。
 
 タイヤで刻んだ結界の紋様がボウッ、と浮かび上がる──が、途中でその光が消えた。ババババ、とカエデの周りを白い紙吹雪のようなものが舞う。

「やっぱ来たねー、怪異を引き起こした張本人が」

 カエデの周りを飛び交っているのは人の形に切り取った紙、形代かたしろ
 次第に包囲をせばめ、カエデを包み込もうとしているがカエデは五鈷杵に念を込めながら真言を唱える。

「ナウマク サンマンダ バザラダン カン」

 カッ、と赤く燃え上がった五鈷杵を投げつける。
 五鈷杵は空中で炸裂し、無数の形代を残らず焼き払った。

「おいー、アレ高かったんだから弁償しろよなー。百万円ぐらいかなー」

「いやいや、なんぼなんでもそれはボッタクリやろ。ていうか、ワイの形代も手間かかっとるんやで、作るの」

 カエデの言葉に反応、メリーゴーランドの陰からひとりの男が姿を現した。

 茶髪に着崩したブレザーの制服。首と腕にはシルバーアクセ。軽薄そうな長身の高校生男子で竹刀袋を肩にかけている。
 
「あんたの仕業ね。廃遊園地内に何個も呪物埋めたでしょ。へんなもんが寄ってくるからさ、さっさと掘り返して持って返んなよ」

 突然現れた男に驚きもせず、カエデはギターケースから金属バットを取り出す。表面には梵字がびっしりと書かれている。

「へえ、はじめから分かってたんかい。さすがは高野山の最終兵器。なんでもお見通しなんやな」

「そーでもないよ。あんたの目的が分かんないもん。なんでこんなことすんの」

「……まあ、ここを再開発されると都合が悪い連中もおるってことや。解体作業が中止になっとるから諦めたと思ってたんやが。まさかあんたに泣きつくとはなあ。式神どもがえらい騒ぐんで来てみたらこれや。ツイとらんなあ」

「ふーん、そういうことね。せっかくだけどさ、怪我する前に降参したらー? 下手すると死ぬよ。えーと……」

慶彰けいしょう由良慶彰ゆらけいしょうや。あんたが相手って分かっとれば逃げ出したくもなるわ。前金ぎょうさんもらっとるから無理やけど」
 
 ふたり同時に動いた。そして同時に唱える。

「臨 兵 闘 者 皆 陣 烈 在 前」

 慶彰が竹刀袋から取り出したのは日本刀。
 カエデの金属バットと衝突し、火花を散らす。

「はい、銃刀法違反ー、警察に突き出してやる」

「よう言うわ。あんたバイク無免許やろ。ガスガンも改造しとるし。そっちこそ捕まるわ」

「うるっさいなー、カエデはいいの。特別な退魔師だし、カワイイから」

「どういう理屈や!」

 激しい衝撃音。ふたりとも武器を取り落とした。

 武器を拾おうとはせず、ふたりは素早く印を結ぶ。

「ノウマク サンマンダ ボダナン インダラヤ ソワカ」

「雷虎招聘 滅砕破軍 急急如律令」

 カエデの両手から電撃が放たれたが、慶彰を守るようにして召喚された式神が盾となってそれを防ぐ。
 式神はバチバチと雷をまとった虎の姿をしていた。

「ハッハ、雷虎に電撃とは間抜けやなー! ダメージ与えるどころか活性化しとるで! しまいや!」

 慶彰は勝ち誇った声をあげ、式神に攻撃を命じる。
 だが雷虎はくるりと振り返り、慶彰に体当たり。
 慶彰はあばばば、と感電してその場に崩れ落ちた。

「な……なんでや……ワイの式神がなんで……」

 カエデは倒れている慶彰に近づき、雷虎の頭を撫でる。

「さっきの電撃はさー、攻撃にみせかけて相手の式神をはね返すための術だったんだよ。術師なら知ってんでしょ、式神返し。でもだいぶ手加減したからさ、感謝してよ」

「ハ、ハハ。かなわんなあ、ホント。噂通りの……いや、噂以上の強さや。でも意外にも白やったんやな……」

 慶彰の何気ない言葉に、カエデは顔を赤くしてミニスカートの裾を押さえる。

「こんのぉ~、どさくさにまぎれて……! 今回の仕事、余計な手間賃と迷惑料、のぞきの慰謝料を追加してあんたに請求してやる!」

「そ、そりゃあんまりやで。最後のは不可抗力、見たくて見たわけやない……あばばばっ!」

 慶彰が必死に訴えるが、容赦なく式神の電撃が浴びせられた。
 そのあとしばらく廃遊園地内に慶彰の悲鳴が響き渡っていた。
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