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外伝
6 妖狐玉響と将成
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「ぬぅんっ!」
正面のからかさ小僧を袈裟懸けに斬り落とす。
背後にいたもう一体を振り向きざま刺突で仕留める。
さらにもう一体──傘をバッと開きながら頭上から襲いかかってきたのを素手で一本足をつかみ、地面に叩きつける。
すでに何体斬ったのだろうか。
ざんばら髪に武者姿の男──将成は血走った目で辺りを見回す。
百名以上いた仲間の姿はもうない。生き残っているのは将成だけだった。
ギャアギャア喚きながら小鬼の群れが槍や刀を手に山の上から下りてくる。
「女狐の喚ぶ妖どもが。キリがない」
言いながら太刀を構え、小鬼の群れへ突っ込む。
どちらが鬼か分からぬほどの奮迅。
小鬼の半数を瞬く間に叩き斬り、残りの半数は逃げ出したので放っておいた。
📖 📖 📖
フッ、フッ、と肩で息をしながら険しい山道の斜面を登る。
仲間は全滅。矢は尽き、太刀の刃もところどころ欠けている。
だが将成は退くつもりはない。
この山の頂上にいる妖の王、玉響の居所をやっと突き止めたのだった。ここで逃がせば死んだ仲間たちが浮かばれない。何より──。
いや、と将成は首を横に振る。
今は余計な事を考えている場合ではない、と。
頂上に到着。
険峻な岩壁に囲まれた開けた場所。
中央には美しい庭園が広がっていた。その先には寝殿造の紅い宮殿。
突然の景観の変わりように驚きながら、将成は玉砂利を踏みしめ先へ進む。
あれほど多く湧いて出た妖の気配はない。
庭園の中央には広大な池。弓状の橋を渡りながら将成はふと目を下にやる。
橋の陰からスーッ、と一艘の舟が現れた。
舟の真ん中には朱柄傘の鮮やかな模様がくるくると回っている。
将成はうぬ、と唸りながら橋の欄干に身を乗り出す。
傘がすっ、と下ろされ、舟にいる人物と将成の目が合った。
長い銀髪、獣のような耳、切れ長の目。
鶸色の下地に藤の花が彩られた着物。
着物の裾がはだけ、白い妖艶な足が投げ出されている。
将成は吐き出すようにその者の名を呼んだ。
「妖狐……玉響!」
「久しいの、佐竹将成。ようここまでたどり着いたものよ。褒美に舟に同乗することを許そう。ほれ、遠慮せずに乗るがよい」
玉響の手招きに、将成は身を震わせるほど怒りを露にする。
「おのれ女狐が! そこを動くな!」
欄干に足をかけ、飛び降りる。
舟に飛び移ると同時に太刀を振り下ろした。
舞い上がる水飛沫。大きく揺れる舟。
朱柄傘が真っ二つになり、池へ落ちた。だが肝心の玉響の姿がない。
揺れで体勢を崩し、舟のへりを掴む将成。
「どこだっ! どこへ行った、玉響!」
「相も変わらず無粋で騒がしいの。刀を振り回しながら舟に乗るやつがあるか」
上からの声に、将成が見上げる。
玉響は橋の欄干に腰かけ、扇子をあおぎながら見下ろしている。先ほどの将成の位置とまったく逆になっていた。
「妖しげな術を……! 逃がさんぞ」
将成は躊躇することなく池へと飛び込む。
いったん岸まで行って、また橋を渡るつもりだった。
だが存外に深く、足がつかない。しかし将成は慌てなかった。
「なめるな、甲冑をつけたままの水練とてお手のものよ」
将成はバシャバシャと甲冑をつけたまま泳ぎ出す。
玉響はホホホと笑いながら扇子をあおぐ。
「ほ、器用なやつ」
もうすぐ岸にたどりつく、というところで将成はぐいっ、と足を引っ張られた。
「ぬうっ」
抗うことができず、そのまま沈みこむ。水中で見たのは二体の河童。
将成の両足を一体ずつが掴んでいる。
しばらくバシャバシャと水飛沫があがっていたが、次第にそれは小さくなり、ついにはさざ波ひとつ立たない静かな池面に。
玉響はパシン、と扇子を閉じて人差し指を口に当てる。
「ん~? さすがに死んだかの? だとしたらつまらんのう」
バシャアッ、と池の岸に一体の河童が打ち上げられた。首が無い状態で。
続いて上がってきたのは将成。小脇にもう一体の河童を抱えている。その河童の眼球と舌がでろんと飛び出ていた。
その河童を打ち捨て、将成は走り出す。玉響のいる橋のほうへと。
濡れた髪を振り乱し、口に入った水草を吐き出しながら迫るさまは悪鬼羅刹のようだった。
妖狐玉響までの間合いあと十歩というところで将成は止まった。
刃こぼれだらけの太刀を構えなおし、フゥーッ、と息を整える。
玉響は自身の首をぺしぺしと扇子で叩きながら聞いた。
「帝の勅命とはいえ、都からこのような辺鄙な山奥までよう来たものよ。そこまでしてこの首が欲しいのかえ?」
将成はじりじりと間合いを詰めながらそれに答える。
「その理由は貴様が一番知っているだろう。我が妻と子を殺し、よくもぬけぬけと……だが最も許せぬのは俺だ。己自身だ」
「ほう、妻と子を守れなかった非力な己を呪うか。だがそれも無理からぬこと。人の身ではいかに強かろうと限界がある。そしていずれは老い、寿命で死ぬ」
「違うっ、そんなことではない! 俺は──妻と子を……仲間を殺されてもなお、お前のことを憎しみきれない。それどころか美しいとすら思っている! そんな自分が許せないのだ」
将成は自身の感情に混乱していた。
憎悪の対象である妖の王。妻と子。そして仲間の敵。それは間違いない。
だがそれとは別にもう一度会いたいと思っていた。単なる憎しみからではない。この心の奥底にくすぶる感情は──将成は当の本人を目の前にして確信を得た。
「俺は……だから俺はお前を殺さねばおかしくなってしまう! 俺は俺でなくなってしまう!」
「ほう、それはそれは」
玉響は扇子をバッと開き、口元を隠す。
凄まじい形相で距離を詰め、太刀を振りかぶる将成。
雷光のごとき斬撃──しかし引き裂かれたのは玉響ではない。
将成の太刀、そして将成自身の身体が紙人形をちぎるようにズタズタにされていた。
何が起きたのかも分からぬまま将成は倒れ、覗きこむ玉響の顔を虚ろな目で見つめる。
「将成よ、人にしておくには惜しい逸材よな。特別に妾の力を分けてやろう」
玉響は自分の指先を噛み、そこから垂れる血を将成に飲ませる。
「これからはそうよな……大嶽丸と名乗るがよい。人ならざる身、鬼神として妾の影になるがよい」
正面のからかさ小僧を袈裟懸けに斬り落とす。
背後にいたもう一体を振り向きざま刺突で仕留める。
さらにもう一体──傘をバッと開きながら頭上から襲いかかってきたのを素手で一本足をつかみ、地面に叩きつける。
すでに何体斬ったのだろうか。
ざんばら髪に武者姿の男──将成は血走った目で辺りを見回す。
百名以上いた仲間の姿はもうない。生き残っているのは将成だけだった。
ギャアギャア喚きながら小鬼の群れが槍や刀を手に山の上から下りてくる。
「女狐の喚ぶ妖どもが。キリがない」
言いながら太刀を構え、小鬼の群れへ突っ込む。
どちらが鬼か分からぬほどの奮迅。
小鬼の半数を瞬く間に叩き斬り、残りの半数は逃げ出したので放っておいた。
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フッ、フッ、と肩で息をしながら険しい山道の斜面を登る。
仲間は全滅。矢は尽き、太刀の刃もところどころ欠けている。
だが将成は退くつもりはない。
この山の頂上にいる妖の王、玉響の居所をやっと突き止めたのだった。ここで逃がせば死んだ仲間たちが浮かばれない。何より──。
いや、と将成は首を横に振る。
今は余計な事を考えている場合ではない、と。
頂上に到着。
険峻な岩壁に囲まれた開けた場所。
中央には美しい庭園が広がっていた。その先には寝殿造の紅い宮殿。
突然の景観の変わりように驚きながら、将成は玉砂利を踏みしめ先へ進む。
あれほど多く湧いて出た妖の気配はない。
庭園の中央には広大な池。弓状の橋を渡りながら将成はふと目を下にやる。
橋の陰からスーッ、と一艘の舟が現れた。
舟の真ん中には朱柄傘の鮮やかな模様がくるくると回っている。
将成はうぬ、と唸りながら橋の欄干に身を乗り出す。
傘がすっ、と下ろされ、舟にいる人物と将成の目が合った。
長い銀髪、獣のような耳、切れ長の目。
鶸色の下地に藤の花が彩られた着物。
着物の裾がはだけ、白い妖艶な足が投げ出されている。
将成は吐き出すようにその者の名を呼んだ。
「妖狐……玉響!」
「久しいの、佐竹将成。ようここまでたどり着いたものよ。褒美に舟に同乗することを許そう。ほれ、遠慮せずに乗るがよい」
玉響の手招きに、将成は身を震わせるほど怒りを露にする。
「おのれ女狐が! そこを動くな!」
欄干に足をかけ、飛び降りる。
舟に飛び移ると同時に太刀を振り下ろした。
舞い上がる水飛沫。大きく揺れる舟。
朱柄傘が真っ二つになり、池へ落ちた。だが肝心の玉響の姿がない。
揺れで体勢を崩し、舟のへりを掴む将成。
「どこだっ! どこへ行った、玉響!」
「相も変わらず無粋で騒がしいの。刀を振り回しながら舟に乗るやつがあるか」
上からの声に、将成が見上げる。
玉響は橋の欄干に腰かけ、扇子をあおぎながら見下ろしている。先ほどの将成の位置とまったく逆になっていた。
「妖しげな術を……! 逃がさんぞ」
将成は躊躇することなく池へと飛び込む。
いったん岸まで行って、また橋を渡るつもりだった。
だが存外に深く、足がつかない。しかし将成は慌てなかった。
「なめるな、甲冑をつけたままの水練とてお手のものよ」
将成はバシャバシャと甲冑をつけたまま泳ぎ出す。
玉響はホホホと笑いながら扇子をあおぐ。
「ほ、器用なやつ」
もうすぐ岸にたどりつく、というところで将成はぐいっ、と足を引っ張られた。
「ぬうっ」
抗うことができず、そのまま沈みこむ。水中で見たのは二体の河童。
将成の両足を一体ずつが掴んでいる。
しばらくバシャバシャと水飛沫があがっていたが、次第にそれは小さくなり、ついにはさざ波ひとつ立たない静かな池面に。
玉響はパシン、と扇子を閉じて人差し指を口に当てる。
「ん~? さすがに死んだかの? だとしたらつまらんのう」
バシャアッ、と池の岸に一体の河童が打ち上げられた。首が無い状態で。
続いて上がってきたのは将成。小脇にもう一体の河童を抱えている。その河童の眼球と舌がでろんと飛び出ていた。
その河童を打ち捨て、将成は走り出す。玉響のいる橋のほうへと。
濡れた髪を振り乱し、口に入った水草を吐き出しながら迫るさまは悪鬼羅刹のようだった。
妖狐玉響までの間合いあと十歩というところで将成は止まった。
刃こぼれだらけの太刀を構えなおし、フゥーッ、と息を整える。
玉響は自身の首をぺしぺしと扇子で叩きながら聞いた。
「帝の勅命とはいえ、都からこのような辺鄙な山奥までよう来たものよ。そこまでしてこの首が欲しいのかえ?」
将成はじりじりと間合いを詰めながらそれに答える。
「その理由は貴様が一番知っているだろう。我が妻と子を殺し、よくもぬけぬけと……だが最も許せぬのは俺だ。己自身だ」
「ほう、妻と子を守れなかった非力な己を呪うか。だがそれも無理からぬこと。人の身ではいかに強かろうと限界がある。そしていずれは老い、寿命で死ぬ」
「違うっ、そんなことではない! 俺は──妻と子を……仲間を殺されてもなお、お前のことを憎しみきれない。それどころか美しいとすら思っている! そんな自分が許せないのだ」
将成は自身の感情に混乱していた。
憎悪の対象である妖の王。妻と子。そして仲間の敵。それは間違いない。
だがそれとは別にもう一度会いたいと思っていた。単なる憎しみからではない。この心の奥底にくすぶる感情は──将成は当の本人を目の前にして確信を得た。
「俺は……だから俺はお前を殺さねばおかしくなってしまう! 俺は俺でなくなってしまう!」
「ほう、それはそれは」
玉響は扇子をバッと開き、口元を隠す。
凄まじい形相で距離を詰め、太刀を振りかぶる将成。
雷光のごとき斬撃──しかし引き裂かれたのは玉響ではない。
将成の太刀、そして将成自身の身体が紙人形をちぎるようにズタズタにされていた。
何が起きたのかも分からぬまま将成は倒れ、覗きこむ玉響の顔を虚ろな目で見つめる。
「将成よ、人にしておくには惜しい逸材よな。特別に妾の力を分けてやろう」
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