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第1部 剣聖 羽鳴由佳
6 消失
しおりを挟む「二人とも、今度は逃がさない──」
セプティミアが息を吸い込む動作。その小さな口が開き──。
「まずいっ」
とっさに耳をふさいだが、身体全体がヴンッと震え、一瞬意識が飛んだ。
セプティミアの高音シャウト。以前の威力の比ではない。わたしと志求磨は大きく飛び退いて距離をとった。
「どう? 屋内だとキクでしょ、わたしの声。アンタたちは近づけもしない。近づいてもこの声で動けなくなって、サイラスに貫かれるだけ。ねぇ、サイラス」
「はい、セプティミアさま。粗末な彼らの能力では我らに勝つ術は皆無かと」
なめるなよ──わたしは腰を落とし、柄に手をかける。以前戦ったときには習得していなかった技がある。
「シッ!」
──抜刀。斬撃がうなりをあげ、セプティミアに向かって
飛ぶ。サイラスのガードも間に合わない。しかし──。
バンッ、と弾ける音がした。太刀風と声の衝撃波のぶつかりあったものだ。セプティミアは傷ひとつ負っていない。
「おもしろい技だけど、わたしには通用しないわ。さあ、こんどはこっちの番よ、サイラス」
サイラスが近づいてくる。わたしと志求磨は後退するしかない。だがいつか壁に追いつめられる。入り口の大きな扉には鍵がかけられているだろう。
「おい、志求磨。おまえ何か必殺技とかないのか? まだ素手の格闘術しか見てないぞ」
「……あるにはあるけどさぁ、溜めがいるんだよ、だいぶ。ほら、由佳の刀折ったときみたいに。あれの超強力版」
「……仕方ない。わたしがあいつら二人相手にするから、早く溜めろ」
わたしは抜刀したまま、間合いを詰める。サイラスがハルバートを突きだしてきた。避けながら、そのがら空きの脇に斬撃を──叩き込むわけにはいかなかった。
セプティミアのシャウト。全身を音の衝撃が貫く。
「ぐっ……!」
身体が硬直。サイラスがその機を逃さずに強烈な打ち下ろし。わたしは避ける間もなく、それをまともに受け止める。
「ぬうぅぅあああっ!」
練気。気の流れすべてを防御に集中。ハルバートを刀で受けたが、石床を踏み砕き、膝まで埋まった。
「あら、すんごい馬鹿力。でもこれには耐えれる?」
セプティミアがマイクを持ち直し、衣装をひるがえす。また声による衝撃波か。いや、ホールの四方からスピーカーもないのにズンズンズンとBGMが響いてくる。
──歌。その小さな身体からは想像できない声量で、バリバリのロックを歌いだした。たしかこれは、対象者の攻撃力をアップさせる技だ。
「むぅんっ!」
サイラスが下からすくいあげるような一撃。移動できないわたしは受けるしかない。
刀身を盾にし、練気を強める──なんとか受けきったが、身体が宙に浮いた。そこへサイラスのショルダータックル。吹っ飛んだわたしは床を転がる。
「《剣聖》……ここまでのようね。さあ聴きなさい。わたしの一番好きな歌。あなたには鎮魂歌になるでしょうけど」
今度は軽快なポップス。たしかボカロの曲だ。これは対象者にステータス異常を引き起こす技。たちまちわたしの身体に攻撃力低下、防御力低下、鈍足、毒、盲目、etc……状態異常が起きた。
ヤバい、これマジで死ぬ。志求磨まだかと叫ぼうとしたが声が出ない。沈黙の異常も加わっている。目が見えないが、サイラスがトドメを刺そうとしているだろう。
「いやあぁぁぁっ、サイラスッ!」
突然の叫び。セプティミアのものだ。歌が中断され、わたしの状態異常が解除される。いったい、なにが──。
糸の切れた人形のようにサイラスが膝をついていた。その身体はシュウシュウと白い煙を出し、しぼみはじめている。その前には志求磨。全身が白銀の光で覆われている。
ああ、なるほど。これは白銀の鎧を着た騎士に見えなくもない。ともかく、技の発動には間に合ったわけだ。
「いったい、これは……」
煙がおさまり、そこに転がっていたのは2次元キャラの等身大抱きマクラだった。顔はそう、サイラスそのものだ。
「これが執事サイラスの正体。セプティミアの異常な願望が生み出し、周りに人間として認識された存在。俺の解放の力で元に戻った」
「許せない……動けるようになって、喋りだすまですごく時間がかかったのに……絶対に許せない!」
セプティミアが声の衝撃波を飛ばす。だが、志求磨は簡単に弾き飛ばした。
「ああ~、今の状態の俺には通じないよ。でも時間がないから」
ヒュッ、と白銀の光が動いたと思ったらセプティミアに密着していた。その拳は深々とみぞおちに突き刺さっている。
「う……あ……」
倒れこむセプティミア。身体からさっきのサイラスと同じ煙が出はじめる。白銀色に変化した瞳で志求磨は冷たく見下ろす。
「消失対象者だ。分かってんだろ」
「……殺しなさいよ。消失されるくらいなら死んだほうがマシよ」
「バカ言ってんじゃねえ! 今まで好き勝手やって、死んで終わりって、そんなんで済むかよっ!」
おちゃらけた感じからいきなり怒りたしたので驚いた。あれ、なんか少しカッコいいとか思っているかも。
セプティミアの全身が煙に包まれ、それが収まる頃には志求磨の白銀の光も消えていた。
あの《サディスティックディーヴァ》の姿はどこにもなかった。そこにはスーツを着た30代ぐらいの地味な女が座りこんでいた。女は震えながら哀願するように志求磨を見上げる。
「イヤだ、元の世界になんて戻りたくない。怖い、怖いよ、会社になんか行きたくない。あの世界は残酷で、孤独で、わたしは無力で──」
志求磨はスッ、とひざまづくと女の首に腕をまわし、ぐっと抱きしめた。
そのまま締め落としてトドメを刺すのか、と思ったが、どうやら違うらしい。こわばった表情の女が少し落ち着いたような気がした。
──女の姿はいつの間にか消えていた。
「これが……消失」
わたしのつぶやきに志求磨は何も答えず、振り向きもしなかった。ただ、今までたしかに存在していた女に触れていた自分の手をじっと見つめていた。
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